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11-2

 翌朝、フィルゼ班は狼月とレオルフ王国の境目──デリン渓谷を視界に捉える地点まで到達した。

 かの渓谷には石造りの立派な大橋が架けられ、その両端を挟むように市街地が展開している。互いの使節団は勿論、多くの行商人や旅人がこの橋を渡って二国間を行き来していた。

 現在は狼月内の混乱もあってレオルフとの交流は以前ほど活発ではないものの、国の玄関口として発展した街は今もなお豊かさを保っている。


「デリンの街には予想通り狼月軍が常駐しているようです。橋も封鎖されているみたいですね」


 付近の村で情報を集めてきた使用人の一人が、神妙な顔で言った。

 彼らが見下ろす先には、まさしくデリン大橋が断崖絶壁を繋ぐように横たわっており、そこには武装兵と物々しいバリケードも視認できる。

 妙に厚い警備を見て、フィルゼは小さくため息をついた。


「皇女がレオルフへ渡るには、ここしか道がないとでも思ってそうだな。単純で助かるが……」

「フィルゼさまっ、脱出ルートはどこなのですかっ?」


 目深に被ったフードの奥から、もぞもぞと毛玉が這い出てくる。彼女の姿を見た使用人が一瞬、何かとても愛おしいものを見る目で眦を下げる傍ら、フィルゼは大橋の下層を指差した。


「下に河が流れてるのが見えるか?」

「はいっ」

「あの河を南に下ると海に出る。潮位が下がる時間帯なら、剥き出しになった海岸を渡ってレオルフ側に抜けられるんだ」

「ふむふむ……! お話を聞いたときはよく分かりませんでしたが、実際に見たらイメージが湧いてきました……!」


 だから説明を聞いても体がずっと横に傾いていたのかと、フィルゼは今更ながら納得した。「理解できました」と喜ぶ毛玉をフードの奥へ収納しつつ、彼はセダを振り返る。


「崖沿いの細道を下る際は、くれぐれも気を付けてください。大橋の連中は俺が気を引きますが、それ以前にかなり足場が悪いので」

「ええ。私どものことはご心配なく。……殿下のことを、よろしくお願いいたします」


 深く頷き返せば、フードの奥からも「セダさま、お気を付けて!」と高い声が応じる。ひょこひょこと飛び跳ねるピンク色を見詰め、セダは穏やかな笑みで「はい」と答えたのだった。



 ──セダたちが崖沿いの細道を下ってゆく姿を見送った後、フィルゼはすぐさまメティに跨る。


「行こう。毛玉、レベントたちの様子は分かるか?」

「はい! 皆様、別々の道から海岸へ向かったみたいです! レベントさまとエスラさまも、大橋の近くにいらっしゃいますっ」

「分かった、ありがとう」


 セダたちが崖を下り、渡河を完了するまでの間、フィルゼたちはデリン大橋にある拠点を襲撃する手筈となっていた。

 崖沿いの細道は大橋側から丸見えになってしまうため、まずは監視塔を落とす必要があるだろう。レベントとエスラが既に到着しているのなら、同じように監視塔を真っ先に狙うはずだから合流も容易い。

 フィルゼが鞍から弓矢を取り出したなら、不意に彼の肩に小鳥が舞い降りる。


「あ……フィルゼさまっ」

「どうした」

「大橋の手前で、何か騒ぎが起きてるみたいです! えっと、……街の大通りに人がたくさん集まっていると!」

「軍が民間人に手でも出したか……?」


 毛玉の報告にフィルゼは逡巡を挟むと、メティの進行方向を市街地へと切った。監視塔はレベントたちに任せても何ら問題はない。たとえフィルゼが市街地に向かうことで騒動になっても、陽動作戦にはプラスに働くだろう。フィルゼは毛玉を内ポケットに移動させつつ、黒馬を走らせた。



 やがて彼が見つけたのは、市街地の往来で声高に誰かを責め立てる狼月兵たちだった。


「貴様ら、反乱軍に与したこの商人を匿っていたな!? 偉大なる皇帝陛下への反逆と捉えられても文句は言えんぞ!」

「そんな、その人がヤムルに立ち寄っただなんて、あたしらが知るわけないじゃないか!」

「そうだそうだ! 大体何だよ反乱軍って! お前らがヤムルで何をしたか、俺たちが知らねぇとでも思ってんのか!?」


 デリンの住人が負けじと声を荒げる中、フィルゼは狼月兵たちに捕縛されている人物に目を丸くする。


「マフムトだ」

「マフムトさま? ……あっ! ヤムルでお世話になった商人さんですかっ?」

「ああ」


 ヤムル城塞都市へ乗り込む際、フィルゼに助言と丈夫な弓をくれた猫背の商人。彼は以前と同じ飄々とした笑みを少しばかり困ったように歪ませて、狼月兵に組み伏せられてしまっている。

 トク家の使用人たちに手を貸したことがバレたのか、はたまた運悪く因縁をつけられたのかは定かではないが、放っておくわけにはいかなかった。


「毛玉、メティを街の西側に移動させられるか?」

「鳥さんにお願いしてみます!」

「頼む」


 フィルゼが鞍から飛び降りれば、毛玉の指示を受けた小鳥がメティを先導するように鳴く。その際、心許無さげに振り返った黒馬の首を、彼はしっかりと撫で下ろしておいた。


「俺が呼んだらすぐに来てくれ。頼りにしてるぞ」


 彼の言葉を聞いたメティの耳が、ぴんと立つ。まるで意味を理解したかのように頭を擦り付けた黒馬は、その健脚で鳥の後を追った。


「毛玉、しばらく騒々しくなる。そこから出ないように」

「は、はいっ」


 元気な返事と共に、赤い内ポケットの奥にぎゅむっと毛玉が体を押し込んだところで、フィルゼは勢いよく地を蹴った。

 住人たちが振り返るよりも先に人混みを駆け抜け、開けた空間へ躍り出る。マフムトを取り押さえていた兵士は、突如として目の前に現れた剣士に何らかの反応を示す暇もなく、その側頭部を鋭く蹴り飛ばされたのだった。


「ぐえっ!?」


 派手に地面を転がった末、荷馬車に激突した兵士がガクリと倒れ伏す。一瞬の出来事を唖然と見届けてしまった狼月兵たちは、ハッと我に返って武器を構えたが。


「貴様、何者……」


 彼らはフィルゼの銀髪と碧色の瞳を見た途端、一斉に後退る。続けて彼が短剣を抜き放てば、悲鳴を上げて逃げ出した。


「は、〈白狼〉だ!! 増援を──」


 しかし助けを求めた先、デリン大橋の傍らに立つ監視塔の頂から、ポロポロと兵士が落下していく光景が見え、兵士たちは混乱を露わに立ち尽くす。

 更には大橋の上でも戦闘が起きていることに気付いたなら、襲撃犯がフィルゼだけではないことは明白であった。


「──四騎士様だ! 先帝の四騎士様がお戻りになった!!」


 地鳴りのような住人たちの歓声を背に、フィルゼは青褪めた狼月軍の方へ大きく踏み出したのだった。



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