1-7
──街道の外れで馬から降りた灰色髪の青年は、納得がいかない表情でフィルゼを見詰めた。
同時に、彼の後ろに何頭もの騎馬が自由に付いて来ていることに驚愕を隠し切れない様子で、視線をあちこちに彷徨わせて。
「な、何だお前……狼月軍か?」
「いや、あいつらが言っていた野盗だ」
「え?」
それだけ答えてやれば、青年はハッとした表情でフィルゼの髪色を見て、やってしまったと言わんばかりに頭を抱えた。
「おい、おいおいおい、マジか! てっきりオレのことかと思って飛び出しちまった! お前かよ!」
「悪いな。そんなことだろうと思って兵士は足止めしておいた」
「ええ……馬を強奪じゃなくて誘拐して足止めする奴なんて初めて見た……気持ち悪いなお前……」
もっともな感想だ。フィルゼは反論することなく、ちらりと青年の服装を確認する。
一見して商人のような格好だが、それにしては体格が良い。兵士に斬りかかったときの身のこなしからしても、ある程度は戦闘訓練を受けていると見て良いだろう。
そして、勘違いと言えども狼月軍に見つかった途端、あのように逃げ出したことを鑑みると。
「……あんた、反乱軍の人間か?」
「反乱軍!?」
青年はギョッとして、否、フィルゼの言葉を咎めるような口調で声を上げた。そして聞き捨てならないとばかりに詰め寄っては、フィルゼの胸を拳でドンと叩く。
「お前、噂で聞いたのかもしれないけどな! オレたちは反乱なんて起こしてねぇ!」
「なら〈大鷲〉の爺さんが幽閉されたのは?」
「〈大鷲〉様は!!」
青年は一際大きな声を張り上げると、悔しげに口を歪めて項垂れた。
「……とにかく、オレたちは反乱軍なんかじゃない。〈大鷲〉様も」
「全て濡れ衣だと?」
「そうだ。あとお前さっき『爺さん』とか言ったか? 口に気を付けろ! あの方はご高齢でも現役バリバリだぞ!」
「あのぅ、おおわし様とはどなたですか?」
「あ」
──しまった、毛玉を握ったままだった。
ぴたりと会話が途切れると同時にフィルゼが右手を持ち上げると、そこに収まった毛玉が手を振る要領で小さな足をひょこっと動かす。
そうなれば当然、彼の視線を追った青年も、ピンク色の生き物に目が行くわけで。
「……お前なに持ってんだそれ!?」
「俺もよく知らないけど害はないから安心してくれ」
「できないって!」
「毛玉、〈大鷲〉の爺さんは前の皇帝に仕えてた騎士だ」
「へ~!」
パニックに陥る青年のツッコミを平然と無視して簡潔な説明をしてやれば、毛玉がまるで何も分かっていない相槌を寄越した。しかし興味はあるようで、また質問を重ねてくる。
「おおわしというお名前なのですか?」
「いや。〈大鷲〉は称号だな。皇帝を守る四騎士は、それぞれ動物にちなんだ異名みたいなのがあるんだよ」
「まあ! では他のお三方にも同じような称号が? お馬さんはいますか?」
「過去にはいたかもしれないな」
「へ~!」
毛玉は先程よりも理解が追いついたような相槌を返した。そして、ふと不思議そうに体を斜めに傾ける。
「王様の騎士だった方が、捕まってしまったのですか……?」
「ああ。反乱軍を指揮した疑いで」
「だから、反乱なんて起こしてねぇ!」
再び青年が否定を入れた。急な怒鳴り声に毛玉がびくりと縮み、「えーん……」と小さく泣いてフィルゼの手のひらに擦り寄る。
直後、近くまで来ていた馬が青年の背中をどついた。
「痛ぁッ何、うわ」
しばらく四方から頭突きを受けた後、青年はぜぇはぁと息を切らして「お友達を泣かせてすみませんでした」と謝罪する。全く納得がいっていない顔で。
あまりにも馬から好かれ過ぎている毛玉にフィルゼもちょっとばかし引きながら、泣き止んだ毛玉を肩に移動させた。
「……つまり、狼月軍はあんたらを反乱軍と称して排除しようとしたのか? 〈大鷲〉の爺さんはそのリーダーとして真っ先に拘束を受けたと」
「はあ……そうだ。あの方は四騎士を降りた後も宮廷に残っていらっしゃったから、オレたちが助ける暇もなかった」
「ひとつ聞くが──実際あんたらが、何らかの目的で〈大鷲〉の爺さんの元に集まってたのは事実なんだな?」
フィルゼが静かに確かめれば、青年は口元を歪めたまま視線を逸らす。何も答えないつもりだったのだろうが、鼻先を向けたところに馬がいたせいか、サッと顔を伏せて。
「……ああ」
「そこにピンク髪の女もいたか」
刹那、弾かれたように青年がナイフを引き抜いた。
焦りと恐怖、それから研ぎ澄まされた殺気を乗せた刃は、フィルゼの心臓を貫こうとしたが──鋭い切っ先が届く寸前、その手首をフィルゼが易々と掴み止めた。
「うっ、離せ、この」
青年がすぐさま振りほどこうともがくが、フィルゼはそのまま手首を捻り上げ、ナイフを取り落としたところで足を払う。地に叩きつけた青年を強く押さえ込んだ瞬間、待ったをかけたのは毛玉だった。
「フィルゼさま!? こ、殺してしまうのですかっ? うう、そこまでしなくても……」
「コイツ次第だな」
「そんな! えーん!」
ふわふわふわふわと首筋をくすぐられ、何の刺激も受けていないはずの鼻がムズムズしてきた。フィルゼがくしゃみが出る寸前のような顔をしていると、押さえつけた青年が困惑した声を発する。
「……な、何て言った、今? フィルゼだって……?」
痛みに喘ぎながら頭を起こした青年は、恐る恐るフィルゼの瞳を見上げた。
そして彼の緑がかった鮮やかな碧色を認めた途端、「ああ!!」と驚愕に満ちた声で叫んだのだった。
「まさか、は……〈白狼〉様!? お戻りになっていたのですか!?」




