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追放剣士とピンクの毛玉  作者: みなべゆうり
1.木霊でしょうか? いいえ毛玉です。
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1-6

 バザールに戻ると、最低限の馬具しか装備していなかったメティが、幾分か華やかな見た目になっていた。

 あの使い道のなかった宝石の余剰分は、少年の裁量で適宜補ってくれたようだ。馬の胸懸むながいに着けられた青色のタッセルを見て、フィルゼは小さく笑みを浮かべる。


「ありがとう、荷まで積んでくれたのか」

「そりゃするよ。これでも足りてないと思うけど」


 肩を竦めつつ答えた少年は、どこかそわそわとした様子でフィルゼの上着を手渡してきた。


「えーと……」


 そして何かを言おうとして、否と首を振ったのだった。


「また来て。そのときはサービスするから」

「? ああ」


 少年の態度を不思議に思いつつ、フィルゼは手綱を引いた。

 心なしか上機嫌に見えるメティと共にバザールの外へ出て、眩しい日差しに目を眇めたとき、そこで彼はようやく毛玉の姿がないことに気付く。


「毛玉?」

「はい!」

 

 しかし返事はすぐに返ってきた。

 メティの鞍や荷物の方を見ながら、フィルゼが上着に袖を通したとき──左の脇腹辺りにフワッとした感触が訪れ、上着の内側を覗くと。


「え……」


 そこに全く見覚えのない、鮮やかな赤色の内ポケットが増えていた。

 可愛らしい花柄の刺繍まで施されたそのポケットは、上着の黒色に合わせる気など更々無いことが分かり、いっそ清々しいほど目立つ。

 幼少期でさえこんなデザインを選んだことがなかったフィルゼは、暫し唖然とした後、ポケットにすっぽり収まっている毛玉をつまみ出した。


「わっ」

「何だこのポケット。いつ増やした」

「えへへ、驚きましたか? 題して『妖精さんの小部屋』です! さっきの男の子に縫い付けてもらいました!」


 少年が先程、親に叱られる寸前のような顔をしていた理由が明らかとなった。

 不在中に自分の上着で「妖精さんの小部屋」なるものが爆誕してしまったことに動揺しつつ、フィルゼはやたらと嬉しそうな毛玉をひとまず小部屋に戻す。

 逆さまに突っ込まれた毛玉は小さな足をばたつかせ、自力でくるりと体を回転させた。


「聞いてくださいフィルゼさま! 狼月の絵本に、わたくしのような妖精さんが登場するんだそうですっ」

「絵本?」

「はい! ある旅人が猟師の罠にかかった妖精さんを助けたら、その恩返しにいろいろな幸運が訪れるというお話で……」


 毛玉はもぞもぞと体の向きを調整し、収まりの良い姿勢を見つけてはフィルゼを仰ぎ見る。喜びを表す顔が無い代わりか、毛玉の周囲にはピンク色の小さな綿が花びらのように舞っていた。


「その妖精さんがわたくしのようなふわふわした姿なんですって! なのでわたくしはきっと妖精さんです……!」


 フィルゼは華やぐ自称妖精を見下ろし、夜明けから今に至るまでの記憶を振り返る。


「今のところ幸運は降ってきてないぞ」

「それはこれからです! わたくしもフィルゼさまに助けていただいた身ですから、きちんと恩返しできるよう頑張りますね、えへへ」


 手のひらサイズの毛玉に何が出来るのかは皆目見当もつかないが、わざわざ上機嫌なところに水を差す必要もない。フィルゼは曖昧な相槌を返しながら、視線を前に戻した。

 直後、今度は真正面からメティに顔を舐められ、沈黙する。


「メティもたくさん走らせてくれた恩返しがしたいそうです!」

「……。普通に走ってくれればいいから、顔を舐めないでくれ」


 彼の切実な願いを毛玉が伝えると、メティは代わりと言わんばかりに頭をすり寄せてきた。人懐こい黒馬の顎を撫でてやりながら、フィルゼが小さく溜息をついたとき。


「おい、道を開けろ!」


 城門の方がにわかに騒然となる。狼月兵の尖り声をきっかけに、人混みの流れが少しばかり停滞した。

 フィルゼはメティの手綱を軽く引きながら、大通りの端を通って城門へと近付く。やがて見えてきたのは、見覚えのある三人の負傷兵と、彼らを介抱する兵士たちの姿だった。


「何があったの?」

「さあ……何か馬を奪われたとか喚いてたぞ」

「兵士が野盗にボコボコにされたっていうのか? 何だよ、普段偉ぶってるわりに大したことねぇな」


 周囲の話し声を聞いて、フィルゼは彼らが森で出くわした連中であることを確信する。馬を奪われた後、何とか傷を手当しては徒歩でここまでやって来たのだろう。

 負傷兵の傍に屈んでいた兵士は、話を聞き終えるや否や立ち上がり、槍の石突を叩きつけて振り返る。


「狼月軍に刃を向けた者が、この町に逃げ込んだ可能性がある! 銀または灰色髪の剣士を目撃した者は速やかに名乗り出よ!!」


 近くに立っていた見物人が、無言でフィルゼを見た。しかし彼らは何も言わずに視線を城門に戻し。


「……ねぇ。隣の人、銀髪だけど。剣も持ってるし」

「バカ。そんだけの理由で軍に突き出して、殺されたらどうすんだ? 寝覚めが悪すぎる」

「それもそうね……はあ、早く出て行ってくれないかしら」


 全く協力的じゃない彼らを後目に、フィルゼは微かに苦笑した。

 どうやらこの町に暮らす人々は、狼月軍に対してあまり良い印象を持っていないようだ。大勢で押しかけて宿は占領するわ、こうして大声で当然のように協力を要請するわ、そういった横柄な態度が気に食わないのだろうが。


「フィルゼさま……大丈夫ですか? あの人たち、今朝の……」


 すると、上着の中からしおしおと不安げな声が聞こえてくる。フィルゼは布越しに毛玉を宥めつつ、さてどうしたものかと思考を巡らせた。

 町中で大きな騒ぎは起こしたくないが、このまま放置すれば狼月兵が住民に対して無理な聴取をする可能性は否めない。最悪、何の関係もない住民が罰されることも考えられた。

 そうなれば結局は自分が前に出て行かざるを得ないだろう。無駄な時間はなるべく省くべきだと、フィルゼが一歩踏み出したときだ。


「──!」


 彼の瞳が捉えたのは、どよめく群衆の中から勢いよく飛び出す影。

 灰色の髪を束ねた青年は、身を低くしたままナイフを引き抜くと、そのまま狼月兵に襲い掛かった。咄嗟に反応した兵士がそれを槍で防げば、甲高い音と共に周囲から悲鳴が上がる。

 一斉に踵を返して逃げ惑う人々の中、フィルゼは驚いてしまったメティの手綱を引き寄せつつ、謎の青年に目を凝らす。

 彼は眼前にいた兵士を蹴り飛ばすと、素早い動きで城門へ駆けた。最中、狼月軍の騎馬を一頭奪い取り、慣れた動きで外に出て行ってしまう。


「何だ……?」

「フィ、フィルゼさま、何が起きているのですか? えーん……」

「毛玉、できるだけポケットの奥に入ってくれ」


 怖がる毛玉が「はい」と小さく返事をしたなら、すぐさまフィルゼもメティの背に跨った。

 大きな黒馬が前脚を上げて嘶くと、大通りに残っていた人々が慌てて左右へ散る。開かれた路でメティを全速力で走らせれば、蹄音を聞いた兵士がハッとこちらを振り返った。


「あ!? た、隊長、あっちです! あれが馬を盗んだ野盗──どわ!?」


 フィルゼは手綱を繰りながら兵士の胸を容赦なく蹴り飛ばすと、今度は青年に向かって弓を引き絞る射手の右腕を、鞘に収めたままの短剣で強打する。立て続けに二人沈めた後、狼月兵らの怒号を背に城門を走り抜けた。

 その途中、町の外で待機している騎馬を見つけては、そうだと上着の合わせを開き。


「毛玉!」

「わ、はい!」

「あの馬、逃がせるか?」


 毛玉が飛ばないようしっかりと掴み、後ろが見える位置に持ち上げる。毛玉は少し混乱しているようだったが、町の外で草を食む三頭の騎馬に向かって両足をひょこひょこと動かした。


「お馬さーん! お外で一緒に走りませんか~!」

「え、一緒に?」


 フィルゼがぼそりと聞き返したのも束の間、騎馬はピンと耳を立て、興味を惹かれたようにこちらへ駆けてきたではないか。


「わあ! みんな来ましたよ!」

「いや逃がせって……まあいいか……」


 些かニュアンスが違ったが、とにかくこれで狼月兵がすぐに追いつくことはないだろう。毛玉の謎の対話能力がメティ限定ではなかったことにも驚きつつ、フィルゼは前方を走る騎馬に視線を戻した。


「……あっちの馬も呼び戻せるのか?」

「試してみます! ──お~い! 栗毛のお馬さーん! わたくしとお話しませんか~!」


 毛玉がそう呼びかけた直後、無心に走り続けていたはずの騎馬がスッと速度を落とし、青年の「は!? どうした!?」と慌てる声が聞こえてきたのだった。



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― 新着の感想 ―
毛玉ちゃん。動物に好かれやすいというか、従わせる何かがあったりするんですかね???そして収納するようのポケット作られてるのに笑いました
いいぞいいぞ毛玉ちゃん。
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