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追放剣士とピンクの毛玉  作者: みなべゆうり
1.木霊でしょうか? いいえ毛玉です。
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1-5

 バザールの外に出て、先程は素通りした広場へと向かう。人混みの合間を縫いながら少し視線を巡らせれば、すぐに目的のものが見つかった。

 フィルゼが近付いたのは、さまざまな文書が無秩序に貼り出された掲示板。その内容は王都からの通知や軍の人員募集に始まり、失せ人捜しや行商人の護衛依頼なども含まれている。

 これらは旅人や騎士崩れの傭兵が仕事を得るのに打ってつけで、前者は王都へ、後者は掲示板の後方に建つギルドで手続きを行うわけだが──。


「……あった」


 わざわざ探さずとも視界に飛び込んできたのは、他の依頼など後回しにしろと言わんばかりに何枚も貼り出された手配書。

 その一枚を平然と剥がし取り、フィルゼは記された文字に目を通す。


『ピンク色の髪の女を見付けたら、狼月軍へ知らせるように。捕縛した場合は報酬を上乗せする』


 どうやらピンク髪の女は、狼月全体で指名手配されているようだ。しかし、手配書には女の名前はおろか似顔絵すら無く、報酬の詳細さえ書かれていない。

 こんな粗末な手配書では誰も見向きしないだろうに。狼月軍は女を捕まえる気がないのか、はたまた民が無条件に協力してくれるとでも思っているのか……兵士の質からして恐らくは後者だろうと、フィルゼは小さく肩を竦めた。


(毛玉については何も分からないな。……この女と全く無関係ってことはなさそうなんだが)


 毛玉本人に尋ねたところで、記憶を掘り起こそうとじっくり時間を費やした後「分かりません!」と元気よく返されるのがオチだ。アレに過度な期待をしてはいけない。

 フィルゼは手配書を持ったまま、掲示板の後ろにある傭兵ギルドの扉をくぐった。

 屋内は石材を詰んだアーチが横に連なり、柱を隔てるごとにカウンターが設けられている。ギルド職員と傭兵の話し声が充満する中、入口付近には案内役とおぼしき娘が立っており、目が合うとニコリと微笑を向けてきた。


「ちょっと良いか?」

「はい、如何されましたか?」

「この手配書、いつから貼り出されたんだ?」


 案内役の娘は手配書を受け取るや否や、一転してげんなりと口角を下げる。


「これ、外に貼られていましたか? また狼月軍の人が勝手に掲示板を使ったみたいですね。手配書は別のところにしてくださいって言ったのに……」

「……応じないのか?」

「ええ……あ、すみません。この手配書ならひと月ほど前から各地に出回るようになりましたよ」


 ひと月前──フィルゼはちらりと視線を宙に投じてから、少しだけ声を抑えて尋ねた。


「その頃、何か騒動が起こった様子はあったか。皇都の方で」

「え? ええと……」


 手配書を折り畳みながら、娘が考え込む。顔のパーツをくしゃりと中央に寄せた後、彼女は「あっ」と声を上げた。


「そういえば、先代四騎士の〈大鷲おおわし〉様が幽閉されたのと同時期でしたね。詳しくは知りませんが……噂だと、その……反乱軍を指揮されていたとか、何とか」

「死刑にされたという話は?」

「い、いえ、そういったことは何も」


 案内役の娘が少しばかり笑顔を引き攣らせたのは、フィルゼの声音がにわかに硬くなったせいだろう。


 ──あるいは、濃く鮮やかな碧色の瞳に宿った怒りを見たせいか。


 フィルゼは軽く瞼を閉ざすと、詫びるように片手を持ち上げたのだった。


「助かった。ありがとう」



 ◇



 毛布、外套、手織絨毯のついでに母が作ったポーチ、おまけで馬具を彩る青色のタッセル。

 あまり嵩張るものは避けて選んだが、果たして満足するかどうか。


「……こんなもんかな」


 剣士から渡された真紅の宝石は、少年が取り扱う絨毯全てを合わせても釣りが出るほどの価値があった。

 太陽を崇拝するレオルフ王国にとって、鮮烈な赤は高貴な色とされ、王家の者しか身に付けることが許されないと聞く。そもそもここまで純度の高い宝石自体、王家が所有する鉱山でしか採れないとの噂もあった。

 すなわち、先程の剣士は──レオルフの国王レベルの人間から、この石を譲ってもらった可能性が高い。いや、もしかすると彼自身が高貴な出である可能性だって。


「でも狼月に詳しそうだったから、ここの人か……? 何でこんなの持ってんだろ」


 宝石に興味や執着があるようには見えなかったから、何らかの報奨として貰い受けたのだろうか。そうだとしたら、それをこんな小さな店であっさり手放した剣士の金銭感覚を疑いたくなるが。


「まぁいいか……よっと、ごめんよ」


 金払いの良い客を失わないためにも、余計な詮索は無用である。あまり深く考えないことにした少年は所望された絨毯を丸め、先程用意した台に上り、立派な黒馬の鞍に乗せた。

 落ちないように他の荷物も纏めてベルトで固定していると、不意に、鞍に引っ掛けた上着からポロッと何かが落ちた。


「きゃあ~」

「ん?」


 ふわふわ、ゆっくりと絨毯の上に落ちたのは、ピンク色の綿のようなもの。

 聞き間違いでなければ、今この綿から声が聞こえた。

 あと見間違いでなければ、この綿から足が生えている。

 そして自分が風邪でも引いていなければの話だが、綿が自力でころりと立ち上がったように見えた。


「えっ……」

「わぁ、近くで見るともっと綺麗……はっ!?」


 手織絨毯の模様を楽しそうに眺めた綿は、バッと少年の方を見上げ、慌ただしく黒馬の前脚の裏へと隠れた。走って。

 しかし商人の端くれでありながら、まだまだ好奇心旺盛な子供の域を出ない少年。目を丸くしながら台を降り、黒馬の足元を覗き込む。

 ピンクの綿は急いで隠れたにもかかわらず即行で見付かったことに心底驚き、小さく「えーん……」と困ったように泣き始めた。


「え、あ、ご、ごめん。何だこれ」


 謝りながらも本音が駄々漏れの少年は、そうっと綿を撫でては宥めにかかる。

 するとすぐに泣き止んだ綿は、少年が害をなさないと分かると簡単に警戒を解き。


「あのぅ、絨毯を近くで見てもいいですか? わたくし、汚しませんから……!」

「いいけど……」

「わーい! ありがとうございます!」


 綿は大層喜び、今度は跳ねながら売り物の絨毯の方へ戻ってきた。そして「とっても綺麗です」やら「このオオカミさん可愛いです」やら、逐一感想を伝えてくる。

 例えそれが謎の生き物であろうと、病気がちな母が織った自慢の絨毯を、こうも興味津々に眺めてもらえて悪い気はしない。

 鼻をムズムズさせながら、少年はしばらく綿の動きを観察した後、ぼそりと呟く。


「……もしかして、これ……旅人を守る妖精とか……?」


 そしてそんな子供らしい推測を、綿のほうもしっかりと聞き捉えていた。


「よ、妖精……? わたくし、妖精なのでしょうか……!?」


 それはもう満更でもない様子で。


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