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追放剣士とピンクの毛玉  作者: みなべゆうり
7.望まぬ再会
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7-6

 セダに会えたら、聞きたいことがたくさんあった。

 反乱軍の指導者として幽閉されたティムールのこと。

 トク家の使用人たちが急襲によって散り散りになってしまった日のこと。

 そして、彼らがひたすら隠していたピンク髪の女人のこと。


 ──つまりは、毛玉のことを。


 だが、フィルゼは用意していた問いを一つとして口にすることが出来なかった。

 毛玉を愕然と見詰めるセダが、今にも倒れてしまいそうに見えたから。


「……?」


 フィルゼが戸惑いを露わに黙り込む傍ら、視線に気付いた毛玉が不思議そうにセダを見詰め返し、はっと立ち上がる。


「もしかしてセダさまでしょうか? わあっ、初めまして! わたくし毛玉と申しま」

「! 待て、毛玉」

「はい!」


 いつものように初対面(・・・)の挨拶を口にした毛玉を、フィルゼは咄嗟に制止した。記憶の無い彼女にとってみれば当たり前の行動だろうが──セダはきっとそうではない。

 元気よく返事をしたものの、何故止められたのか分からない様子の毛玉が、そわそわとフィルゼの首筋に擦り寄る。叱ったわけではないと示すために、彼女の頭を指先で撫でつつ、フィルゼは躊躇いがちに口を開いた。


「……セダ殿、ご無沙汰しております。その……会って早々に申し訳ないが、二人で話がしたい」


 セダは唇を引き結んだままだったが、やがてゆっくりと息を吐き出しては、フィルゼの申し出を受け入れた。


「──じゃあ、そちらのピンク色のお嬢さんは、あたしとレベントが話し相手になりましょうかね」

「!」


 セダの後方、半端に開いた扉を壁に押し付けたのは、フィルゼにとって馴染み深い女性だった。

 弓なりに弧を描く切れ長の瞳に、頭頂部で高く結い上げた赤毛。軽装に革鎧を纏い、割れた腹筋を惜しげもなく晒す傍ら、交差した双剣が彼女の動きにあわせて音を立てる。

 ルスラン帝に仕えた四騎士の最後の一人、〈鷹隼〉──エスラ・ディラは、目を丸くするフィルゼに向かって、にんまりと笑って見せた。


「久し振りだね、フィルゼ。三年前よりも男前になったじゃないか」

「エスラ……セダ殿を保護してたのは、あんただったのか」

「そ。まぁ、故郷から駆け付けたもんだから少々遅刻はしたがね」


 セダたちが襲撃された日を思い返してか、エスラは自嘲気味に肩を竦めながら階段を下りると、フィルゼの肩に乗っている毛玉に片手を差し出す。


「こんにちは、可愛いお嬢さん。あたしがエスコートをさせていただいても?」

「わっ……は、はい! よろしくお願いします、エスラさまっ」


 ちらりとこちらを窺う毛玉に頷いてやれば、彼女はエスラの手のひらにぴょんと飛び移ったのだった。



 ◇



 三年前と変わらず真っ直ぐに伸びた背筋。その歩行に微かな違和感を覚えれば、右足を踏み出すたびに体が僅かに傾いていることに気が付いた。


「セダ殿、もしや負傷されたのか」


 しかし、咄嗟に伸ばしたフィルゼの手は、他でもないセダ本人によってやんわりと拒否される。彼女は「お気遣いなく」とだけ告げると、廊下の突き当りに位置する部屋へと入った。

 そこはギュネ族の一家が彼女のために用意した個室のようだった。窓は全て塞がれており調度品も最低限のものしか置かれていないが、決してみすぼらしくはなく、小卓の花瓶には瑞々しい花が生けてある。随所からセダに対する敬意が見て取れた。

 セダがゆっくりと椅子に腰掛けたところで、フィルゼは彼女の正面、手織絨毯の上に胡座をかく。

 そのとき、セダがふと苦笑を滲ませた。


「……私は今や反逆者の烙印を押された人間です。ソファに腰掛けていただいて構いませんよ」

「あ……いや、こっちの方が落ち着くので」


 高位貴族と接するときは、必ず相手の目線より下へ。幼い頃、細かい決まりの多い宮廷作法がなかなか身につかず、セダから何度か注意を受けたことを思い出したフィルゼは、少々苦い面持ちで居住まいを正す。

 何にせよセダが高貴な女性である事実は変わらない。彼がそのまま床に座っていれば、セダも諦めたように背もたれに身を預けた。


「では本題に……と言いたいところですが、まずは……フィルゼ殿」

「はい」

「よくぞ狼月に戻ってくださいました。三年前、貴方にはとても辛い思いをさせたというのに……」


 フィルゼはその言葉に少しの間固まってから、否とかぶりを振る。


「それは皆同じです。あのときは自分のことばかりで気付きませんでしたが、皆……同じように苦しい中で、俺を気遣ってくれたんでしょう。……ありがとうございます」


 深く頭を下げながら、当時のセダの気持ちを思うとひどく胸が痛んだ。

 ルスランが毒殺された後、ティムールと共に宮殿へ参上したセダは、息子同然の存在が静かに眠る姿を見て呆然と立ち尽くした。それでも次の瞬間には、一睡もせずにルスランの傍を守り続けるフィルゼに休息を促し、優しい言葉を掛けてくれた。

 あの行動がどれだけ難しいことなのかは、取り乱すばかりだった過去の自分を見れば明らかだ。フィルゼが再度、感謝を伝えるために礼を深めれば、セダが小さく息をつく。


「……何だか、仕草があの人に似てきましたね」

「…………爺さんにですか」

「嫌そうにするところは昔と同じね。さ、頭を上げてください。……今度こそ本題に入りましょう」


 フィルゼはそこで一度大きく息を吸い込んでから、ゆっくりと頭を上げた。

 碧色の双眸を正面から見詰めたセダは、つと部屋の扉を見遣り、その唇を重々しく開いた。


「彼女は、何もかもをお忘れになってしまったようですね。私のことだけでなく、自らの名と顔すらも」

「! 何故……」

「あの姿を見れば分かります。いえ、あの姿こそが全ての記憶を失った証拠と言えましょう」


 驚くフィルゼを後目に、セダは体の前で組んだ両手をきつく握り締める。全身の震えを押さえ込まんと、爪を皮膚に食い込ませて。


「フィルゼ殿。彼女と出会ったときのことを教えていただけませんか」

「……国境沿いの森で見つけたときには、既にあの姿でした。最初は球体ですらなかったが……気付いたら一人で木の上にいたと、本人は言っています」

「国境……そうですか。やはりお一人では逃げ切れなかったのですね……」


 セダは今に至るまでの経緯をある程度予測していたのか、溜息と共に瞑目した。

 そして。


「貴方にはもっと早く、それこそ陛下が亡くなる前に明かすべきでしたね。──……あの御方の名は、アイシェ・ユルディズ・タネル(・・・)


 馴染みのある名にフィルゼが息を呑んだのも束の間、セダは畳み掛けるように事実を述べたのだった。



「ルスラン陛下の実子です」




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