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追放剣士とピンクの毛玉  作者: みなべゆうり
7.望まぬ再会
47/92

7-4

 フィルゼは非常に困っていた。

 レベントの案内で人通りの少ない路を進んでいるおかげか、今のところブルトゥルの住人から何か攻撃的な態度を取られるような事態には陥っていない。顔も晒さぬよう気を張っているため、このまま慎重に進めば、誰を刺激することもなくセダの元へたどり着けるだろう。

 しかし。


「……」


 レベントが連れている白馬の鞍。そこに引っかけられたラバーブのペグ部分を足で挟み、何とも湿度のある視線を寄越してくるピンク色の毛玉が気にかかる。いや、今の彼女に目は無いのだが──とにかく、ブルトゥルに入ってからずっとこうなのだ。

 恐らくはギュネ族とフィルゼの間にある確執が気になっているのだろう。彼が誰かに害されるようなことが起こらないよう、あれでも見張っているつもりなのかもしれない。


「……。毛玉」

「はい」

「そんな変なところに乗ってると落ちるぞ」


 注意を受けるや否や、毛玉が座った状態で木製のペグをぎゅっと足できつく挟む。これで落ちないだろうと言わんばかりの、彼女にしてはかなり反抗的な仕草に、フィルゼは溜息をついた。


「俺は大丈夫だから、もう少し安定感のあるところに移ってくれ」

「いいえ、ラタファットはわたくしを落としません。とても慎重に歩いてくださっています」

「何だラタファットって」

「こちらの真っ白なお馬さんの名前です」


 ぶん、とブロンドの尻尾が揺れる。レベントの愛馬の名前を初めて知ったフィルゼは、一拍遅れて「そうか」と呟いた。

 すると二人の小声でのやり取りを聞いてか、先導するレベントが小さく肩を揺らす。


「ふふ、君が押されているのは珍しいね」

「……笑ってないで毛玉を移動させてくれないか」

「お嬢さんは君のことを心配しているのさ。レディの健気な気持ちを無下にはできないよ」

「あのな……」


 そのとき、べろりと横面を舐め上げられ、久々の感触にフィルゼは固まってしまう。隣を見れば案の定、メティがその鼻先をすりすりと寄せてきた。

 もしや自分が思う以上に危うい表情をしているのだろうかと、フィルゼは苦々しい気分で瞑目し、黒馬の顎を撫でておいた。

 そんな彼をちらりと振り返ったレベントは、やわらかな笑みを浮かべつつ前に向き直る。


「そろそろ隠れ家に到着するよ」

「セダ殿の傍には誰かついてるのか?」

「もちろん。心強い味方がね」


 そう言ってレベントが指差したのは、物寂しい露店通りを挟んだ向こう側。背の高い家屋がぎっしりと並ぶ中、人ひとりが通れそうな細い隙間が見えた。そこは露店の脇に置かれた木箱や壺で塞がれているが、恐らくあの奥にセダの隠れ家があるのだろう。


「……馬は無理そうだな。どこかに隠しておくか」

「ああ、それならこっちに……」

「あっ! 危ないですよ!」


 不意に、毛玉が慌てたような声を上げる。

 フィルゼとレベントがすぐさま周囲を見渡せば、メティの後ろに小さな人影を発見した。幼い子供だ。彼が好奇心のままに黒馬の尻尾に触れようとする光景を見て、フィルゼは咄嗟に手を伸ばす。

 驚いたメティが後ろ脚を蹴り上げるのと、彼が少年を抱き上げるのは同時だった。


「わっ」

「メティ! 大丈夫ですよっ、落ち着いて……!」


 フィルゼがギリギリのところで少年を救出すれば、すかさず毛玉が黒馬を宥めにかかる。すると落ち着きなく足踏みをしていたメティが、吸い寄せられるようにして毛玉の方に頭を寄せた。

 危うく大怪我をさせるところだったと、フィルゼは溜息混じりに少年をその場に降ろす。


「悪い、驚かせたな。馬は臆病だから……あまり、後ろから触らないでやってくれ」


 目を丸くしたまま縮こまっていた少年は、少し間を置いてからその注意を理解したようで、コクコクと頷いた。


「家まで帰れるか?」

「あ……」


 フィルゼに尋ねられて初めて、少年は自分が一人であることに気付いたらしい。町中で見かけたメティに気を引かれ、ふらふらと付いて来てしまったのだろう。

 どうしたものかと後頭部を掻けば、やり取りを見守っていたレベントがそっと近づいてきた。


「僕が送り届けてこよう。君が居住区を歩き回るのは心配だ」

「……でも、それはあんたも同じだろ」

「はは、まぁ僕は吟遊詩人みたいな恰好をしてるし、何とか大丈夫なんじゃないかな──っと」


 そこでレベントは笑みを引っ込め、フィルゼのフードを深く被らせた。


「テミール! 一人でどこに行っていたの!」

「お母さん」


 路地裏から息を切らして駆け寄ってきたのは、少年の母親だった。彼女が身に纏う丈の短い上衣からは、その腹部に刻まれた月の刺青──ギュネ族の証が覗いている。

 それに逸早く気が付いたであろうレベントは、フィルゼを背中で押しやるようにして前へ出た。


「失礼、ご婦人。彼はどうやら馬が珍しかったようで、一人で付いて来てしまったようです。気付くのが遅れて申し訳ありません」

「あっ……いえ、こちらこそ。息子がご迷惑をおかけしました。ほら、テミール。あなたも謝って」


 母親が小さな背中を摩って促すと、少年はうろうろと視線を彷徨わせてから頭を下げる。


「ごめんなさい。えっと、あと……助けてくれて、ありがとうございました」

「どういたしまして。気を付けて帰るんだよ」


 レベントが柔和な笑みでひらひらと手を振れば、どこかホッとした様子で母親が会釈をした。相手が柄の悪い輩でなくて安心したのだろう。

 そうして母子が踵を返し、一件落着かと思われたその時、ふと少年がこちらを振り返って。


「あの、青い目のお兄ちゃん、お馬さんにもごめんなさいって、伝えてほしいです」

「!」


 しっかり少年と目が合ってしまったフィルゼが硬直する傍ら、レベントの笑顔も微かに引き攣った。

 無論、「青い目」と聞いて反射的に振り返った母親も、フードで陰った青年の顔を凝視しては、みるみる表情をこわばらせた。



「──狼月の悪霊(カラ・ナザール)……!!」



 母親は悲鳴を無理やり押し殺したような声で呟くと、少年を強引に掻き抱く。そして血の気の引いた顔で後ずさっては、浅い呼吸を繰り返しながら叫んだのだった。


「き、消えてッ!! 夫だけでは飽き足らず、息子まで殺しに来たの!? この血に飢えた獣め!!」


 鼓膜を突き破るような悲痛な声に、フィルゼは何かを言うことは勿論、動くことすら出来なかった。

 こうして罵声を浴びせられるのは初めてではなかったが──以前と比べると、どうにも平静ではいられない。

 彼は無意識のうちに詰めていた息を吐き出し、静かに顔を伏せた。


「行こう。人が集まってくる」

「……っああ」


 フィルゼが淡々と告げれば、レベントは少々もどかしげに眉を寄せつつ頷く。

 二人が馬を連れて露店通りを抜ける間、母親は息子を抱きしめたまま蹲っていた。泣き咽ぶ彼女の腕の中、少年はただただ、戸惑いを露わに立ち尽くすのみだった。



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