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追放剣士とピンクの毛玉  作者: みなべゆうり
1.木霊でしょうか? いいえ毛玉です。
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1-4

「──きゃ~!」


 朝日が昇ると、辺り一面に爽やかな風が吹き抜けた。

 駄々広い草原と雄大な山々を右手に据え、青年を乗せた騎馬は晴天の街道を進む。

 涼しげな顔で手綱を握るフィルゼの前には、たてがみと鞍の間に挟まるようにして座り、小さく叫び声を上げる毛玉がいた。


「フィルゼさま~! わたくし飛んでいきそうです~!」

「そしたら拾いに戻るよ」

「えーん!」


 と言いつつ毛玉が段々と楽しくなってきていることはフィルゼも分かっていたので、気にせず馬を進める。

 趣味が平民を痛めつけることらしい暇な狼月兵から拝借した黒馬は、その大きな体躯に見合う力強い走りを見せていた。ただの荷物持ちにしておくには勿体ないだろうにと、フィルゼは片方の眉を持ち上げる。

 ふと思い立ち、踏み固められた土道を逸れて柔らかな草地の方へ導いてやれば、馬の足取りが幾分か軽やかなものに変わる。フィルゼは暫しの間そうして緩やかに馬を走らせながら、おもむろに国境の森を振り返った。


「……毛玉」

「はい!」


 顔──とおぼしき面をたてがみに埋め、気持ちよさそうに風を受けていた毛玉が、ひょこっと片足を挙げて応じる。


「さっきの狼月兵、女を捜してたんだと」

「そう仰っていましたね!」

「あんたと似たようなピンク色の髪の」


 くるり、毛玉が体を回す。落ちないように両足を鞍に引っ掛けては、よいしょと背中をたてがみに埋めて唸り始める。


「ううん、ピンク色……フィルゼさま。もしや、その女性は……」

「ああ、もしかするとあんた──」

「わたくしの親戚でしょうか……?」


 被さった神妙な声に、フィルゼは沈黙した。

 その後、彼は毛玉を掴んだ右手を真横に伸ばし、風に晒してきゃーきゃー叫ばせながら近くの町へ向かったのだった。



 ◇



 辿り着いた小高い丘の上。剥き出しの岩肌に城壁を築いた武骨な外見とは裏腹に、ひとたび門をくぐってしまえば、ぎっしりと凝縮された色彩豊かな町並みがフィルゼたちを出迎えた。

 少しばかり傾いた地盤ゆえに、行き来がしやすいようあちこちに階段が設置され、僅かな路地を残して赤い勾配屋根の民家が立ち並ぶ。広場の地面には狼月特有のカラフルなタイルが敷き詰められ、左右の路地には伝統的な柄のタペストリーに彩られた、バザールへの入口が大きく開かれていた。

 通り掛かるついでに薄暗い内部を覗いてみれば、これまた煌びやかな露店街が奥までずっと続いている。


「わあ……! フィルゼさま、とっても賑やかですね!」

「ああ」


 毛玉の元々高い声がより一層、興奮に上擦る。フィルゼが手綱を引く馬の頭上、耳の間にちょこんと乗っかるピンクの毛玉は、すれ違う人々に装飾品として認識されているようだった。

 幼子には「あのポンポンかわいい」と指差されたり、通行人にはどこからか聞こえる声に驚かれたりしているが、よもやこの毛玉が喋っているとは誰も思うまいと、フィルゼは特に隠しもせず堂々と歩みを進める。

 しかし。


「……賑やか、だが」


 兵士の数がやけに多いことは気にかかる。

 ここは狼月の領内といえども自治都市ゆえに、町の刑吏もその大半が住民で構成されているはずだ。

 そのため、先程からそこかしこで見掛ける甲冑姿の狼月兵は、王都からやって来た連中と見て良いだろう。

 彼らが何を嗅ぎ回っているのかと考えても、フィルゼの心当たりは今のところ一つしかない。


(『ピンク髪の女』か……)


 ちらり、馬と会話でもしているのかというぐらい楽しそうに喋り倒す毛玉を見やる。


「あの絨毯、綺麗ですね! どうやって使うのでしょうか? メティは知ってますか? ふんふん、へえ~! あちらはお屋敷用ではなくて旅人様向けなのですね!」


 訂正。本当に馬と話しているかもしれない。

 フィルゼは唖然としつつ、視界の端で狼月兵がこちらに向かって歩き出すのを確認したなら、自然な動きで横へ避けた。

 そのままバザールを物色する素振りを見せながら、後ろを通過する狼月兵の会話に耳を傾ける。


「……外に行った奴らは戻ったのか?」

「いや、まだだ。ったく勘弁してほしいよなぁ……レオルフに抜けた形跡もないらしいじゃないか。どうせ賊にでも殺されてらァ」


 フィルゼは視線を前に固定したまま、彼らが遠ざかるのを待った。

 やがてその声が完全に人混みの中へ消えた頃、意識を目の前の露店街に向ける。


「……フィルゼさま、フィルゼさまっ」


 するする、馬のたてがみを毛玉が滑り落ちてきた。何だと目線だけで応じれば、毛玉が小さな片足で露店街の奥を指す。


「あっちに旅に便利な物が売ってると、メティがおすすめしてますよ!」

「メティって?」

「お馬さんの名前です!」


 ぶるる、と応じるように頭を揺らした馬、もとい、メティ。

 知らぬ間に自己紹介を済ませて親睦も深めていた生き物たちに、フィルゼは若干の疎外感を覚えながら歩みを再開した。


「メティは狼月軍で育てられたお馬さんだそうです! でも他と比べて体が大きいから、乗りこなせる方が少なくて……。いつも重たい荷物を持たされてて退屈だったそうですよ」

「……確かにいろいろ積まれてたな」


 乗るのに邪魔だったので荷は全て落としたが……それはそうと、メティのような大柄な馬が扱いに困るというのは頷ける。

 立派な体躯ゆえに権力の象徴としてどこぞの王に献上されたは良いが、王が小柄だったばかりに乗りこなせず持て余してしまい、献上した臣下が「王を辱めた」として処刑されたなんて話も聞いたことがあった。何とも理不尽な話だが、残念ながら実話である。

 もしかすると、メティもそんな経緯で荷物持ちになってしまったのかもしれない。フィルゼが慰めるように馬を撫でると、その尻尾がぶんと大きく揺れた。


「はい? ……まあ! うふふ、フィルゼさまを乗せて走るのは好きですって!」

「略奪者にあんまり心開くなって言っといてくれ」


 伝言を頼めば、毛玉が再びいそいそとたてがみをよじ登っていく。

 少ししてからメティに横面をべろりと舐め上げられたフィルゼは、ベタベタになった顔を無言で拭った。


「──おにいさん、絨毯いかが」


 と、そこへあどけない声が掛かる。

 人でごった返す薄暗いバザールの片隅、隣の商人と比べると頭一つ分は小さい店番。されど商売をする気満々な様子の少年は、きっちりと正座をして、真っ直ぐにフィルゼを見詰めていた。


「旅人さん?」

「……そんなところだ」

「なら、これ良いよ」


 少年が迷いなく手に取ったのは、折り畳まれた一枚の手織絨毯。広げてみれば、遠吠えをするオオカミ、月の満ち欠け、飛翔する鳥など、狼月の伝統的な柄が美しく描かれている。

 屋内に敷く物よりもかなり面積が小さいが、作りは非常にしっかりとしていることが窺えた。

 フィルゼはその場に屈むと、少年が促すままに絨毯の表面を撫で、率直な感想を口にする。


「良い品だな」

「でしょ? 母さんが織ったんだよ」


 少年は嬉しそうにはにかんだ後、はっと我に返って。


「これ一枚持ってれば、ボロ宿で雑魚寝することになってもぐっすり寝れるよ。糸はウールとコットンだから耐久性は保証する!」


 意気揚々と語る少年に、フィルゼは小さく笑みを浮かべた。隣で呼び込みすらせずにうつらうつらとしている商人に、この熱意を見習わせてやりたい、と。

 彼の笑顔を見た少年は、さらに身を乗り出して囁いた。


「あんまり大きな声で言えないけど、最近、皇都の兵士があちこちにいるんだよ。広場でも見かけたでしょ?」

「……ああ」

「あいつらのせいで、大きな宿が軒並み貸切状態でさ。普通の旅人さんはショボい宿しか泊まれないんだよね。おかげで絨毯は売れるけど……みんな迷惑してるよ」

「要塞はどうした? この付近にあっただろ」

「要塞?」


 フィルゼの問いかけに、少年はきょとんと首を傾げ、しばらく考え込んだ後に「あ!」と口を開ける。


「前の皇帝が建てたヤツ? 今は使われてないよ。もう廃墟同然だって母さんが言ってた」

「そうか。……町の宿屋を占領しないように、狼月軍の遠征時は各地の要塞を使ったんだがな」

「へえ、そうなんだ……それ、いつの話?」

「つい三年前。──絨毯、これで足りるか?」

「え?」


 彼がおもむろに少年の前に置いたのは、向こう側が見えるほど透き通った真紅の宝石。それもかなりの大粒に、少年がぎょっと目を剥く。


「ぅえっ、こ、これ」

「レオルフ王国で人気の石らしい。貰ったはいいが使い道がなくてな。こっちでも高値で取引されると聞いたんだが」

「そ、そうだよ。……お、お釣り出ると思うんだけど」

「なら他の物も適当に見繕ってくれ」


 フィルゼは絨毯代と情報代も兼ねた宝石を袋に入れ、少年の手にしっかり握らせて立ち上がった。

 そして裾長の黒い上着を脱ぎ、メティの上できょろきょろとバザールを眺めていた毛玉に被せる。


「きゃふっ」

「悪いけど、少し見といてくれるか。すぐ戻る」


 馬を指して言えば、少年はこくこくと頷いたのだった。


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― 新着の感想 ―
毛玉ちゃんの「えーん!」が可愛すぎるのと、シリアスな雰囲気になりそうだったのにそれをぶち壊す毛玉ちゃんの天然さが良すぎます。
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