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追放剣士とピンクの毛玉  作者: みなべゆうり
1.木霊でしょうか? いいえ毛玉です。
3/92

1-3

 暗がりの中から現れたのは、武装した三人の男。それぞれが甲冑に黒い外套を羽織り、後ろには一頭の騎馬を引き連れていることから、狼月軍の兵士であることが窺えた。

 フィルゼはそれまで脱力気味に垂れていた瞳を、スッと剣呑に細めて囁く。


「……毛玉、喋るなよ」


 忠告を聞き捉えた毛玉が、慌てたように短い足をピンと伸ばす。それを折り畳む要領で、フィルゼは手を軽く握った。

 指示通りに足を止めた彼は、つと視線だけを動かして兵士の装備を確認する。甲冑はよく磨かれているし、武器の手入れもされている。滑らかな歩き方から、この格好で行動することにも慣れているようなので、賊が変装しているわけではなさそうだった。

 しかし──街道から大きく離れた森の中を彷徨いている点については、疑問が残る。それもこんな夜更けにたった三人で。

 フィルゼが怪訝に思っていれば、一人の兵士がこちらへ向かってきた。


「人を捜している。お前、この辺りで女を見なかったか」

「……女?」


 フィルゼはつい、左手に捕まえたままの毛玉を見やった。

 兵士も釣られて彼の手を見て、しばらく見て、もう少し見てから、ハッと我に返る。


「そうだ。お前が持っている、その……デカい綿と同じような色の髪をしている」


 この数秒で、兵士のフィルゼに対する印象が「デカい綿を持ち歩く怪しい男」となったことを察したが、フィルゼは構わずかぶりを振った。


「見ていないな」

「……先程、こちらから話し声が聞こえたぞ。我々に嘘をつくとは感心しないな」


 そう言って周囲を油断なく見渡す兵士を見て、フィルゼはつい鼻で笑ってしまう。

 そんな態度を取れば勿論、兵士が不快を露わにこちらを睨む。


「何がおかしい!」

「や、カマかけるような真似しといて、他人を悪者扱いしてきたから驚いてな」

「……貴様」


 苛立ちを滲ませた兵士が、おもむろに剣を抜く。

 その鋭い切っ先がフィルゼの首へ差し向けられると、毛玉が驚いたように足を動かし始めた。言いつけ通り喋りはしないが動きまくっている毛玉を、兵士に気付かれる前にもう少し強めに握っておく。

 そして彼は少しも怯んだ様子を見せないまま、眼前にある剣を指先で軽く弾いた。


「ちょっと嫌味を言われただけでもう実力行使か。天下の狼月軍も落ちぶれたな」

「その薄汚い口を閉じろ。貴様のような舐め腐った態度を取る者に、相応の躾を施すのも我々の仕事だ」

「へえ、それは……随分と暇なようで」


 本心をそのままこぼした瞬間、剣先が肉薄する。

 手元では毛玉が声なき悲鳴を上げて再び足を動かす。


「ハッ、馬鹿な男だ。素直に話しておけば、こんなところで命を落とすことも無かったのにな」


 そうして皮肉げな笑みと共に兵士が剣を振ろうとする姿を、フィルゼがひどく冷めた目で眺めた時だった。


「──え、えーん!! フィルゼさまを虐めないで!」

「!?」


 目の前の光景にいよいよ耐え切れなくなったのか、毛玉の大きな声が森に響いた。兵士がぎょっと肩を震わせ、併せて剣を持つ手までも頼りなく揺らしたなら、見咎めたフィルゼがこれを鋭く蹴り上げた。

 鈍い音と共に、容易く手から離れた剣が宙を舞う。その間にフィルゼは毛玉を上着の内側へ突っ込み、鞘から短剣を抜き放つ。目にも止まらぬ速さで振り抜かれた刃は、鎧に覆われていない兵士の脇腹を深々と斬り裂いた。


「あぐっ……!?」


 致命傷には至らないが、さりとて瞬時に体勢を立て直すには厳しい塩梅の傷。続けざま、大きくよろめいた兵士の側頭部を柄頭で打てば、落ちてきた剣と一緒に崩れ落ちた。


「な……き、貴様!」


 一瞬の出来事に固まっていた二人の兵士が、慌ただしく武器を構えて駆けて来る。フィルゼは短剣を軽く握り直し、これをわずか三歩ほど進む間に撫で斬りにした。

 月光を跳ね返した刃が白い軌道を残し、彼が腕を動かす瞬間すら捉え切れなかった兵士がどさりと倒れ伏す。

 その音を後ろに聞きながら、短剣を下ろしたフィルゼは上着の合わせを開いた。

 そこでは、毛玉が懐に仕込んだナイフの柄頭を足場にしてぷるぷると震えていた。


「喋るなって言っただろ」

「だ、だだだだってフィルゼさまが殺されてしまいそうでした! わたくし怖くて怖くて……えーん……!」


 フィルゼは溜息まじりに短剣を鞘に収め、恐怖ゆえか一回り小さくなった毛玉を外に出した。

 先程と同じように左肩に乗せてやれば、ぐすぐす泣きながら首筋に擦り寄ってくる。擽ったくて仕方ないが、彼はそのまま騎馬の方へ歩み寄った。


「驚かせたな」


 少し落ち着きのない馬の頸部を、手のひらで優しく撫でる。その傍ら、背中に山積みにされた荷物をぽいぽいと地面に落としたフィルゼは、馬の様子を見つつ軽々と跨った。


「あわっ」


 その拍子に毛玉が地面に落っこちてしまえば、気付いた馬が鼻先をそっと近付けて。


「まあ! ありがとうございます、お馬さん……!」


 何故か当然のように毛玉を掬い上げた。

 嬉しそうにたてがみを滑り落ちてきた毛玉を捕まえて、フィルゼはぼそりと呟く。


「……やっぱり生き物判定なのか……」


 そうして彼は痛みに呻く兵士たちを置き去りにして、さっさと夜の森を抜けたのだった。


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