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追放剣士とピンクの毛玉  作者: みなべゆうり
5.雨後の便り
28/92

5-2

「──あの生意気な若造が戻ったなど聞いておらん! 国境の奴らは何をしていたのだ!? レオルフの動向は逐一報告せよと言っただろうに!!」


 馬車の扉が荒々しく開かれ、恰幅のよい体を窮屈そうに押し込めていた禿頭の男が勢いよく外へ飛び出した。濡れた石畳を踏みしめ、金糸で彩られた派手派手しい赤色の衣服(カフタン)の裾を捌きながら大股に城門をくぐると、その後を痩身の事務官が小走りに付いて行く。


「も、申し訳ございません、ヤランジュ様。しかし国境の町は普段通りの様相でして、〈白狼〉……あ、いえ、フィルゼ・ベルカント殿の目撃情報は届いておらず」

「それが怠慢と言っているのだ! 貴様らが雑な仕事をしたせいで〈豺狼〉殿の狩りを邪魔されたのだぞ!? 貴様らの、せいで!」


 猛然と振り返った男──ヤランジュは、携えた杖で事務官の肩を二度突いた。それでも怒りは治まらず、鼻息荒く踵を返しては中庭を突っ切る。

 過度な装飾を抑え、洗練された印象を与える外装とは打って変わって、大扉の奥で彼らを迎えたのは目が眩むほどの黄金の群れだった。歴史を感じさせる列柱は、天井から吊り下げられた煌びやかな黄金の旗に覆い隠され、床には実用性を度外視した大小さまざまな壺が並ぶ。狼月の伝統的なタイル仕上げの床は先月の工事で全て剥がされ、外国から雇い入れた職人が手掛けたという馴染みのない彫刻が刻まれていた。

 事務官は肩を摩りながら、この混沌とした空間を少々げんなりとした面持ちで見回したが、ヤランジュが再び振り返る気配を察しては背筋を伸ばす。


「ところでヤムルで拾った女はどうしたのだ。姿が見えんぞ」

「えっ。……ヤムルを出る際、兵士がベルカント殿に始末されてしまったことをお忘れですか?」

「覚えておらん!! 女一人まともに連行できんのか!? 陛下の後宮(ハレム)にでも入れてやろうと思ったのに!」

「痛ッ」


 めちゃくちゃだ、と事務官は頭を守りながら心の中で嘆いた。

 デルヴィシュ帝より反乱軍討伐を命じられた〈豺狼〉は、ひと月ほど掛けて反乱軍の足取りを把握し、狙い澄ましたタイミングでセダ・トクに関する噂を流布すると、見事ヤムル城塞都市に獲物を誘き寄せて見せた。

 指名手配中の女人を捕まえることは叶わなかったものの、予定通りに事が進めば反乱軍を壊滅させることが出来た──はずだったのだが。


『替え玉だと? 我々を騙すとは良い度胸ではないか! おい、この小娘を妾にするぞ、連れて来い』

『え? も、もう五人目ですが……陛下の側妃よりも多くなってしまいますよ……』

『なら後で差し上げればよいだろう』


 堂々と失礼な発言をかますヤランジュに真面目な事務官はドン引きしてしまったが、これ以上小言を足すとまた杖でぶたれるに決まっている。まだ制圧が完了していない内から、仕方なく反乱軍の娘を拘束するよう指示を出した。本人にも大人しくていれば逃げる機会があろうと助言を囁いたものの、その娘はそれはもう強気な性格で──。


『このデブ!! 触るな!!』

『何だとこの小娘!!』


 ヤランジュの手を足で蹴飛ばし、怒鳴り、ここで殺せと叫ぶ始末。そんなに死に急がないでほしいと事務官は頭を抱え、どうにかこうにか双方を宥めすかしていたところへ、急報が入った。


『ヤランジュ様! どうかお逃げください、は、〈白狼〉が……フィルゼ・ベルカントがヤムルに現れました!!』

『何!?』


 フィルゼ・ベルカント。先代皇帝ルスランが大事に育てていた「小さき狼」は、三年前の騒動で狼月を去ったはずだった。

 デルヴィシュ帝は彼に対し国外追放を言い渡したと聞くが……もしや皇帝として命令したわけじゃなかったのか、即位前だったしな、などと妙に冷静なことを考えていると、ぐいと襟首を掴まれる。


『おい、何をぼーっとしておる! 馬車を出せ! あの獣に見つかったら喉笛を噛み切られるぞ!』

『は、はい、すぐに』


 そもそもヤランジュが妾を増やすなどと言い出さなければ、この悪趣味な宴も反乱軍討伐任務もさっさと終えてヤムルを後に出来たのに。事務官は喉元まで出かかった文句をぐっと飲み込み、速やかに撤退を指示したのだった。

 そして現在、慌ただしくヤムル城塞都市から脱したヤランジュ一行は、ケミッキ渓谷に建てられた小さな宮殿へと転がり込んでいた。

 ここは狼月の建国初期に建てられた古い城で、かつては御前会議が開かれることもあったという。立地がよくなかったため遷都を余儀なくされ、現在は由緒ある遺産として保存されているに過ぎないが、歴史的価値のある建造物であることに違いはない。

 しかし何をどう間違えたのか、そんな素晴らしい宮殿は今や〈豺狼〉の所有物となっており、内部は彼の好みで好き勝手に改造されてしまった。ヤランジュが献上した黄金製の下品な調度品もそこに加わって、もはや手の付けようがない。

 ギラギラと視界を刺激する場違いな西方諸国のシャンデリアに目を眇め、事務官は小走りにヤランジュの斜め後ろについた。


「ヤランジュ様。ベルカント殿は恐らく、ティムール殿の幽閉を知って狼月へ参られたのでしょう。反乱軍が彼をリーダーに据える可能性もありますし、陛下にご報告をされたほうが……」

「うるさい! 貴様がやっておけ!」

「ええ……」


 ヤランジュは自らが贈った献上品を物色し、最も高価そうな壺を指して「持っていけ」と兵士に命じる。こうして宮殿を訪れるたびに一つ以上は盗んでいくのだが、絶対〈豺狼〉にバレているのだからそろそろ止めさせなければ──と事務官がげんなりしている内に、ヤランジュは足早に廊下の奥へ消えてしまった。


「はあ……さっさと代わりを見つけて辞めるべきか……」

「それは困るな。君はあの豚よりよっぽど優秀なのに」

「!」



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