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追放剣士とピンクの毛玉  作者: みなべゆうり
4.燃え盛る炎の中で
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4-7

 曇天へ昇る火の粉。

 それとはまた別の赤で染まったヤムルの狩場は今、全ての狩人を獲物と見なす銀色の狼によって支配されていた。

 雄叫びと共に振り下ろされた剣を躱し、前のめりになった兵士の脇腹を蹴り飛ばす。広場に蔓延した炎の中へ突っ込んだ兵士が、皮膚を焼く熱に苦悶の声を上げてのたうち回るも、彼を助けようとする者は現れない。

 へっぴり腰で武器を構える狼月兵は、そこらじゅうに倒れ伏す仲間を怯えた目で見渡すばかりだった。今、彼らの頭にあるのは如何にしてこの状況を抜け出すか、ということだけなのだろう。

 無論、自らの意思でここに集った連中を、フィルゼは一人たりとも逃がすつもりはなかった。


「報告を……ヤランジュ様に報告を!」

「もうしたぞ! でもまだ何も」

「〈豺狼〉様はいらっしゃらないのか!?」

「せ、先刻、標的がいないことを確認して、帝都に帰還したと」

「はあ!? 俺たちを見捨てたのか!?」


 落ち着きも無ければ統率も取れていない烏合の衆を、一人ずつ順に斬り伏せる。今は新兵のように狼狽えていても、彼らはつい先ほどまで瀕死の人間を火炙りにして喜んでいた連中ゆえ、フィルゼには何の同情も湧いてこなかった。

 騒がしい分隊長らしき青年の喉をナイフで投擲し、一瞬で黙らせる。傍らで腰を抜かした兵士の前まで歩み寄ったフィルゼは、その右腿を短剣で貫き地面に縫い付けた。


「あ、ああっ、やめ、やめてくれ、俺は伯爵家の次男だぞ、こんなことをして許されると思ってるのか!?」


 すると急にそんなことを言い出したので、フィルゼはふと動きを止める。

 しかしそれは兵士の脅しを真に受けたわけではなく──あまりにも場違いな発言ゆえに、脳の処理が追い付かなかっただけだった。

 彼は首を傾げた後、情けないほど震えた兵士に視線を戻して問う。


「貴族の家に生まれたから、こんなこと(・・・・・)をしても咎められないと思ったのか?」

「……え?」

「呆れたもんだな」


 短剣を引き抜き、一閃。

 呆気なく倒れた最後の兵士を背に、フィルゼは戦闘を始めてすぐに救出しておいた捕虜の元へ向かう。

 広場の隅、縄を打たれたまま呆然と座り込んでいた彼らは、フィルゼに気付いては涙を溢れさせた。


「フィルゼ・ベルカント様……まさか貴方様がいらしてくれるとは」

「ああ、遅くなって悪かった。動ける奴で消火に当たってくれるか」

「は、はい!」


 縄を切り落とし、一人にナイフを貸し与える。フィルゼは彼らが互いの拘束を解いていく光景を後目に、炎の中で焼け落ちた磔台を見遣った。

 彼は助けられなかった者たちに謝罪と哀悼を込めて短く瞑目すると、すぐに広場全体に視線を巡らせる。


「ヤランジュというのは〈豺狼〉の手下か?」

「あ……はい、いつも一緒にいる貴族の男で……そ、そうだ! ベルカント様、仲間が一人そいつに連れて行かれてしまったんです!」


 勢いよく立ち上がったのは、頭から血を流した革鎧の青年だった。彼はふらつきながら、今にも倒れそうな真っ青な顔でフィルゼに訴える。


「お、俺の妹なんです……。あのクソ野郎、メリエムを妾にすると言い出して……!」

「いつ連れて行かれた?」

「フィルゼ様がいらっしゃる直前のことです。恐らく戦闘が始まった後に、兵士を置いて逃げたかと……あの、どうかメリエムを助けていただけませんか。白いベールをかぶった子で──」

「!」


 フィルゼがもしやと眉を上げた途端、上空から伸びやかな声が降ってきた。

 見れば、翼を広げた鳥が広場の上を大きく旋回している。毛玉から指示を受けたのか、先程からこうして人がいる方向をフィルゼに示してくれていたのだが──もしかすると、ヤランジュに連れ去られたメリエムとやらを見つけたのかもしれない。

 フィルゼは広場の消火を住人にも手伝ってもらうよう伝え、すぐに鳥が示す方向へ駆け出した。




 その集団を見つけるまで、さほど時間は掛からなかった。

 強まった雨が大通りを水浸しにする中、白いベールを被った娘が座り込む姿がある。後ろ手に手首を縛られた彼女は、その頭を兵士から乱暴に掴まれながらも必死に抵抗しているようだった。


「この生意気な小娘が! ヤランジュ様のご慈悲が分からぬとは! 貴様の仲間のように火炙りにされたいのか!?」

「しなさいよ!! あんな薄汚いジジイに好き勝手されるより、火炙りの方がまだマシだわ!!」


 娘が威勢よく吐き捨てたなら、苛立ちを露わにした兵士が容赦なく彼女を引き倒す。

 その拍子にベールが剥ぎ取られ、ピンク色の髪が露わになったが──それすらもブチリと彼女の頭部から離れ、下からは短い茶髪が現れた。


「やはり替え玉か」


 小さく呟いたフィルゼは背負っていた弓を構え、娘を殴ろうとした兵士の肩を撃ち抜く。続けて重心を後ろに移した彼は二の矢をつがえると、開放された大楼門へ向かう一台の馬車を曲射で狙った。

 しかし雨風によって軌道がずれ、矢は馬車より僅かに右へ逸れて落下する。鏃が石畳にぶつかる傍ら、馬車はヤムルの惨状を省みることなく大楼門の外へと消えたのだった。


「……」


 フィルゼは舌打ちを残し、空になった矢筒を見遣る。最後の一本は空振ってしまったが、狼月兵があの青年の背中に突き立てた矢は、これで全て使い切った。

 やるせない気分で溜息をついたフィルゼは、自力で起き上がれずに呻く娘──メリエムの腕を支え起こす。


「あんたの兄貴が広場にいる。顔を見せてやれ」

「え……あ、ありがとうございます……」


 まだ状況が飲み込めていない様子だが、フィルゼは構わずに彼女の拘束を解いた。

 兵士たちの会話からして、〈豺狼〉は既にヤムルから引き上げている。ここに現れたピンク髪の女が替え玉だと判明するや否や、後始末をヤランジュという貴族に任せて帰還したのだろう。

 ゆえに目下の危機は去ったと見て良いが……今回の件で、フィルゼの存在が帝都に報告されるのは必至。今後は狼月軍の目がこちらに向くことを覚悟せねばなるまい。

 しかし、フィルゼが注意を引くことでセダたちが動きやすくなるのであれば、さほど悲観する状況でもなく。


「──ほ……本当に〈白狼〉様がいらっしゃる……!」


 大楼門を睨みながら思考に耽っていると、そこから数人の男女が現れた。彼らは少し周囲を警戒しながらも、急いでフィルゼの元へ駆け寄ってくる。


「あ、ありがとうございます、仲間を助けていただいて……!」

「我々は地下通路で身を潜めていたのですが、ええと、ベルカント様のお知り合い……の方が、抜け道を教えてくださったんです!」

「本当に何とお礼を申し上げればよいか」


 彼らの話に曖昧に頷きながら、フィルゼは「そうだ」と視線を宙に投げる。

 こうして生存者が城壁の外から来たということは、つまり毛玉がしっかりと役割を果たしたということだ。

 早く迎えに行ってやらなければと踵を返したなら、ちょうど足元に小さな影が飛び込んできた。


「ひっネズミ!」

「おい、お、俺たちを外まで導いてくれたんだぞ。認識を改めろ!」

「うう、でもあんなに大勢はもうやめて……あ、ベルカント様!?」


 地下通路で何があったのかは知らないが、とりあえずフィルゼは慌ただしく動くネズミの後を追うことにしたのだった。



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