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追放剣士とピンクの毛玉  作者: みなべゆうり
4.燃え盛る炎の中で
23/92

4-5

 しんと静まり返った石壁の通路。

 明かりの灯っていない篝火のすぐそば、どこからか漏れ伝う水が小さな池を作り、微かな波紋を広げている。

 奥へ奥へと伸びる一本道。何か大きな怪物が口を開けているかのような暗闇を、突き当りの角からひょこっと覗き込む、足の生えたピンク色の丸い毛玉。


「……暗い……怖い……!!」


 己の恐怖を余すことなく口に出せば、後ろを付いて来たネズミたちから「頑張れ!」と声援が届く。端から見れば大量のネズミがチューチュー鳴きまくっている異常な光景なのだが、しっかりとエールを受け取った毛玉はこくこくと縦に揺れて角から飛び出した。

 フィルゼと二手に分かれた後、毛玉は指示通り地下通路へとやって来た。地下の案内をしてくれるチームとは他に、今現在ヤムルには無数のネズミが駆け回っており、狼月兵のいないルートを的確に割り出しながら毛玉を誘導している。

 無論、毛玉はネズミたちがそんな高度なことまでしてくれているとは露にも思わず、ビクビクしながら暗い通路を跳ねていた。


「えーん……ここ、もしかして牢屋なのでしょうか……? 鉄格子がいっぱい……」


 格子の隙間からそうっと部屋を覗き込んでみれば、錆びた鎖が床に打ち捨てられている。毛玉がそわそわしていると、その隣で一際小さなネズミがチュウと高く鳴いた。


「はい? あ……いつも無人なのですか? ああ良かった。ほ、骨とかがあったらどうしようかと」


 不用意に白骨死体など見つけてしまったら、きっとしばらく動けなくなったに違いない。ネズミ曰く、ここはどうやら老朽化を理由に封鎖された区域らしいので、毛玉はホッとして歩みを再開した。

 するとそこへ、先んじて通路の奥へ走ったネズミが毛玉の元へ戻ってくる。


「まあ! この先に怪我人がいたのですかっ? 急ぎましょう!」


 と言ったはいいが。


「……え……!?」


 毛玉はちょっとだけ進んでから自分の歩幅の狭さに絶望してしまった。

 これでは走ったところで、ネズミの半歩にも満たないではないかと──いつもフィルゼの肩に乗せてもらっていたため、自分の移動速度が亀と同じぐらいであることに今の今まで気付けなかった毛玉である。


「はっ、そうでした、鳥さんになれば多少は……! ふんん」


 ぽすっと座り込んだ毛玉が左右に揺れる。ネズミたちが何だ何だと見守る中、移動にまるで適さなかった小さな両足が鳥類のものへと変形し、それに合わせて体が縦に伸びると、大きな嘴も頭部に生えた。

 この劇的な変身にさすがのネズミも驚いたのか何匹か遠ざかってしまったが、変身できたことに満足した毛玉は「よしっ」と大股に走り始めたのだった。


 ──そうして幾らか進行速度を上げた毛玉一行が、地下通路の奥へたどり着くと。


「ひっ、うわ、何だ!?」

「しっし! あっち行って……!」

「多すぎるだろ、誰か餌でも撒いたか!?」


 負傷者を含めて十人弱、狼月兵とは異なる装備を身に着けた男女がそこにいた。きっと彼らこそが、反乱軍……いや、ティムールが貴婦人の護衛のために雇ったという私兵たちだろう。

 フィルゼから与えられた使命をまず一つ達成できた毛玉は、ぱあっと花びらのような綿を散らせて彼らの元へ駆け寄る。


「そこの方々~! イーキンさまのお仲間でお間違いないですか~!?」

「誰か喋ったか?」

「いや……」

「こちらです! わたくし毛玉と申します!」


 おびただしい数のネズミに囲まれて身を寄せ合っていた彼らは、きょろきょろと視線を巡らせた後、大股で歩み寄ってくるピンク一色の鳥もどきを見つけて悲鳴を上げた。


「ぎゃあああ! 何だアレ!!」

「これが死に際の悪夢か……」

「しっかりしろ!」


 負傷者がそのまま意識を手放しそうになっていることにも気が付かず、球体に戻った毛玉はぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「あのぅ、イーキンさまという方をご存じありませんかっ? 〈大鷲〉さまの元にお集まりになった方々と伺ったのですが……」

「……え? ま、待て待て、イーキン? 〈大鷲〉様? 何だって!?」

「わたくし、フィルゼさまと一緒に皆様を助けに参りました! あ、フィルゼさまはご存じですか? えっと、四騎士の〈白狼〉と呼ばれていた御方で」


 あれこれとまとまりなく喋る毛玉を凝視し、彼らは信じられないと言わんばかりに互いの顔を見た。


「……は、〈白狼〉様って、あの? レオルフにいらっしゃるはずじゃ」

「でもこのピンク色、確かにフィルゼ様と」

「〈白狼〉様がここに来ているの……? た、助かるの? 私たち……?」


 一頻り困惑を口にした後、再び全員の視線が毛玉に向かう。毛玉はきょとんと体を傾けたが、そこでハッとした。

 皆、狼月軍に追われ続けて心身ともに疲弊しているのだ。そこへ急にネズミを引き連れて現れた毛玉の言葉を「助かったありがとう!」と信じられるわけもあるまい。どうすべきかと悩んだ毛玉は、しかし良い案も思い浮かばなかったので、とりあえず大きく頷いた。


「フィルゼさまはきっと皆様を守ってくださいます! だからどうか、わたくしを信じて逃げてくださいませんかっ?」


 彼らはその瞳に不安と躊躇を色濃く宿したが、ここに隠れていてもいずれ見つかってしまうと分かっているのだろう。一人、また一人と腹を決めた様子で表情を引き締めては、毛玉の言葉に応じる姿勢を見せた。


「……分かった。ええと……君を信じよう」

「わあ! 本当ですか!? やったー! フィルゼさま、毛玉は役目をちゃんとこなしています……!」


 くるくる回ったり飛び跳ねたり、この場の誰よりも喜んでしまった毛玉は再びハッと我に返り、急いで逃げ道を彼らに示す。


「ではネズミさんがいる通路を通ってくださいっ。そしたら武器庫の近くに出られますので、そこに開いた穴から城壁の外に逃げてくださいね!」

「ネ、ネズミ……承知した……」


 大量のネズミが方々へ散っていく光景を前に、彼らの顔色が若干悪くなったことにはやはり気が付かず、達成感でいっぱいの毛玉は終始飛び跳ねていた。



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