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追放剣士とピンクの毛玉  作者: みなべゆうり
4.燃え盛る炎の中で
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4-4

「──ほら、立てよ! もう終わりか?」


 止まらない煽りと嘲笑、執拗に足ばかりを狙って投げられる石の数々。もはや使い物にならなくなった右足には、最初に放たれた矢が刺さったまま。

 とうとう限界を覚えて頽れると、途端に後方から大げさに残念がる声が上がった。


「ああ、おい、死んじまったか? つまんねぇな」

「可哀想になぁ、反乱軍なんか入っちまったせいで……」


 反乱軍。そんなものに入った覚えはないと、傷だらけの青年は歯噛みした。

 親のコネで狼月軍に入れられた貴族の子供は、ろくに訓練もせずに遊び呆けてばかり。自分の首が飛ぶことを恐れてか、それを咎める上官はおらず、いたとしても翌日には隊から消えて。代わりに据えられた新しい上官は、また別の貴族が高い金を積んで割り込ませただけの無能だった。

 そうして次々とどうしようもない輩が狼月軍に充満して、平民出身の兵士だった青年は当然、その身分を理由に虐げられた。まともな人間や努力をした人間がバカを見るような、そんな世界だったから──彼はティムールに付いて行ったのだ。

 トク家の使用人や私兵という形で雇われたのは、青年だけではない。狼月軍で同じような目に遭った元兵士、貴族に手籠めにされそうになって逃げ出した王宮の元メイドなど、そこに集まったのは「まともだったせいでバカを見た人間」ばかりだった。

 だからこそ気が合ったし、狼月軍にいた頃には芽生えなかった仲間意識というものも生まれていた。

 ここが自分の居場所なのだと。そんな気持ちさえ。


「俺、コイツ知ってるぞ。同じ隊にいた平民だ」

「わはは、居づらくて辞めちまったのか? 根性ねぇな」


 脹脛に刺さった矢が深く押し込まれ、青年は大きく呻いた。降り注ぐ笑声は折れかけた心を更なる悪意で圧し潰したが、それでも青年は低く吐き捨てる。


「うるせぇな、〈豺狼〉の金魚の糞がよ……!」


 少なくとも、彼らには忠誠を捧げる主がいた。この者たちと違って。

 近付いてきた真新しい甲冑の爪先に唾を吐いてやれば、思い切り顔面を蹴りつけられる。


「威勢が良いな。火炙りにされても元気に鳴いてくれよ」

「一名様ご案内だ!」


 愉悦に満ちた嘲笑を遠くに聞きながら、足首を掴まれた青年はもはや目を開けることすら儘ならなかった。

 このまま広場まで連行されれば、磔にされて火に掛けられる。ただただ獲物の苦しむ様を見たいがために、〈豺狼〉の手下が好んでやる処刑方法だ。

 だからこれは「反乱軍の掃討」などではなくて、退屈しのぎの悪趣味な娯楽でしかない。そして自分は、そんな下らない遊びで消費される、取るに足らない命だったのだろう。

 だが、今日に至るまで倒れた仲間たちの元へ行けるのなら、もうそれで構わないかと、青年はついに抵抗を止め──。



「あ」



 悲鳴にも満たない声が途切れ、続けてけたたましい音を立てて何かが崩れ落ちる。

 足首を掴まれる感覚が失せ、気付けば青年は石畳の上にだらりと寝転がっていた。

 うっすらと瞼を押し上げてみれば、赤く照らされた夜空を背景に、どこか見覚えのある銀髪の剣士がこちらを見下ろしている。


「……え?」

「生きてるな。そのまま休んでろ」


 そのままさっさと路地の奥へ行ってしまった剣士を、青年は慌てて身を起こしつつ見送る。これまでに一体何人斬ったのか、彼が振り払った短剣の先は真紅に染まっていた。

 周りに視線を戻してみれば、先程まで至極楽しげに青年を甚振っていた兵士が、微動だにせず倒れていて。

 そのおぞましさすら覚える早業に、脳裏をよぎる称号はただ一つ。


「まさか……」


 青年は呆然とした後、長らく忘れていた安堵に顔を覆った。



 ◇



 一体何度同じ光景を目にすればいいのかと、フィルゼは忌々しい気分で舌を鳴らした。

 複数の兵士が笑いまじりに獲物を追い立て、寄って集って侮辱の言葉を吐き、死なない程度に痛めつける。それが狼月軍の基本方針なのかと疑わざるを得ないほど彼らのやり方は一貫していて、その様子は卑劣かつ残忍だった。


「……毛玉と別れて正解だったな」


 ここまで醜い光景が広がると知っていたなら、問答無用で毛玉を武器庫の隅に隠しただろう。それかヤムルの外でメティと一緒に待機させていた。

 とにかく、元いた場所の後輩だからと手加減してやる必要はない。ここにいる兵士は〈豺狼〉の過激な行いに毒され、民を嬲り殺すことに快感すら見出してしまっている。

 要は罪人と何ら変わらない性質を持つ者たちであり──民を脅かす敵に他ならない。


「おっ、そこの銀髪! 反乱軍か?」


 脇道からやって来た狼月兵が、喜色を露わに弓を構える。刹那、フィルゼは懐から抜き放ったナイフを射手の右手に命中させると、その隙に間合いを詰めては首を掻き切った。

 一瞬で絶命した仲間の隣、指一本動かせなかった兵士は、いつの間にか自分の腹を貫いていた短剣を見て、糸が切れたように崩れ落ちる。

 既に爪先を広場の方へ向けていたフィルゼは、大股に歩きながらグローブのベルトをきつく締めた。

 彼はここに集った狼月兵に、遊び感覚で〈豺狼〉の狩りに参加したことへの後悔や反省を促すつもりなどなかった。

 そもそもそんな時間を罪人に与えてやるほど、元来フィルゼ・ベルカントという人間は慈悲深くないのだから。



『私のことはまぁ、気が向いたら助けてくれればいいよ。でも……覚えておきなさい。私の民を傷付ける者に、情けは不要だ。〈白狼〉よ』



 柔和な声に宿る、静かな怒り。

 亡き主人の声に背を押されるようにして、フィルゼは赤く燃え上がる広場へと踏み入った。



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