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追放剣士とピンクの毛玉  作者: みなべゆうり
4.燃え盛る炎の中で
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4-3

 ヤムル城塞都市の大楼門は、平時ならば開放されていることが殆どだ。濠を渡るための大きな跳ね橋に加え、その更に奥には落とし格子も備え付けられた二重構造なのだが、戦時下ならばいざ知らず、人が通るたびに開閉していてはあまりに重労働が過ぎる。そのため戦争も少なくなった直近の二十年ほどは、朝と夕に跳ね橋を動かし、落とし格子は常に開放することにしたと聞く。

 しかし今は〈豺狼〉による狩りの最中。正面の入り口は完全に閉ざされており、人の出入りが不可能な状態となっていた。


『あのお兄さん、片足を捻っていたようでして。多分、どこかの抜け道から脱出したんじゃありませんかねぇ』


 上等な弓を用意してくれた猫背の商人は、そんな有益な情報までもフィルゼに渡すと、他の商人には聞こえぬよう囁いた。


『武運を祈っておりますよ、〈白狼〉様』


 初めから勘付いていたからこそ、あれほど詳しく〈豺狼〉の所業について語ったのかと、フィルゼは彼に礼を述べたときと同じような苦笑を再び浮かべてしまった。


「フィルゼさまっ」


 城壁の手前に広がる森に身を隠し、巡回する兵士の様子を窺っていると、先程から小鳥の群れと話し込んでいた毛玉がふわふわ飛び跳ねながら駆け寄ってきた。


「先程のハトさんが、町に暮らしているネズミさんたちを呼んでくれるそうです!」

「………………あんまり大勢呼ぶなよ」

「はいっ、代表で十名ほどでお願いしました」


 それでも多い。

 フィルゼは少々げんなりとしてしまったが、ネズミほど縦横無尽に町を駆け回れる存在もなかなかいないだろう。

 ヤムル城塞都市は歴史が長いだけでなく広大な町ゆえに、住人でさえどこが老朽化しているか把握しきれていない。そういった箇所からほいほい入り込むネズミという生き物ならば、猫背の商人が言った「抜け道」とやらも知っているはずだ。

 しかしまぁ、フィルゼ自身が斥候を担うならまだしも、野生動物から相手方の情報を手に入れるのは初めてである。今のところ小鳥も鳩も毛玉に全面協力の姿勢を見せてはいるものの、何だか変な夢でも見ているかのようだと、彼が密かに苦笑を浮かべたとき。


「あっ、いらっしゃいました! こんにちは~!」

「早、うわ」


 茂みからガサゴソぞろぞろと現れたネズミ一家を見てしまったフィルゼは、彼らをにこやかに迎えた毛玉の友愛の精神に敬意を表しつつ、視線を外したまま耳を傾けた。


「皆様、町の中に入れそうな道をご存じありませんか? こちらのフィルゼさまが通れるくらいの穴があれば良いなって……。はい、燃えてて危ないのは承知の上で……」


 毛玉が問いかけるや否やチューチュー騒がしくなったネズミ一家。何やら心配されているようで、そのつど神妙に頷く毛玉。

 少しの間話し込んだ後、毛玉は彼らに礼を言ってからフィルゼの膝に飛び乗った。


「フィルゼさまっ、ここから西に回ると壁が壊れているところがあるんですって! 板で覆われているそうですけど、完全には塞がれてないみたいです」

「西か……分かった。ありがとう」

「えへへ」


 撫でられて嬉しそうな毛玉を内ポケットに収納しつつ、フィルゼはすぐに動き出した。

 森に隠れつつ城壁の西側へ回ってみると、少々高い位置に足場が組まれていた。ネズミ一家が言っていた大きな穴を塞ぐために、大工が近々工事を行う予定だったのだろう。しかし、突然〈豺狼〉が町を占領してしまったため、一時的に工事も中止せざるを得なかったと言ったところか。


「ちょっと高いですね……フィルゼさま、登れそうですか……?」

「これぐらいなら平気だ」

「あぅ」


 フィルゼは外に出かかっていた毛玉をぎゅっとポケットの奥に突っ込むと、城壁の上、歩廊に立っている兵士を数えつつ弓を構えた。

 西側の見張りは二人。左右に衛兵の詰め所らしきものは見当たらず、正面の大楼門からも距離が少々遠い。とは言え、打ち損じて兵士に気付かれてしまえば、頭上から矢を浴びせられることになる。ここで使える矢は、せいぜい三本が限界だろう。

 フィルゼは矢筒から血で汚れた矢を引き抜き、素早くつがえると、南側に立つ兵士の喉を一射で撃ち抜いた。声もなく崩れ落ちた兵士に気付き、もう一人の兵士が駆け寄ろうとしたならば、二歩目を踏み出したところで側頭部を刺す。

 兵士が倒れると同時に、フィルゼは念のために構えていた三本目の矢を静かに下ろした。


「毛玉、落ちるなよ」

「は、はい」


 茂みから駆け出したフィルゼは、助走の勢いを殺すことなく濠を飛び越え、城壁に組まれた足場を片手で掴んだ。弓は口で咥えつつ、しっかりと両手で腕木を掴み直すと、城壁の凹凸も利用しつつ体を持ち上げた。

 小さく息をつきながら壊れた壁を見てみると、穴を覆うために打ち付けられた板が不自然に破壊されていた。恐らく、宿場町で息絶えた青年はここを力づくで破り、勢い余って下まで落ちたのだろう。

 フィルゼは内部に人の気配がしないことを確かめてから、中途半端に破損している板を思い切り蹴破った。


「……武器庫か」


 がらんとした薄暗い空間には、防衛時に用いる投石機や槍がずらりと並んでいた。ここしばらく大規模な戦が起きていないため、全て埃をかぶっている。大方、この投石機を移動させる際に誤って壁をぶち抜いたに違いない。

 こうして賊が侵入する隙を与えるのだから城壁の修復は最優先でやるべきだろうと、フィルゼは他人事のように考えつつ武器庫を通り抜けた。


「毛玉」

「はい」

「これから兵士を斬ることになる。悪いが生かしておく余裕はない」

「……はい」


 毛玉の弱弱しい返事が寄越されると、フィルゼはそこで足を止めた。

 彼の前には武器庫の出口、つまり町中に繋がる扉がある。この先で〈豺狼〉の悪趣味な宴が行われていることは明白で、それを止めるにはある程度の実力行使が必要だろう。

 荒事に慣れていない毛玉を、そこに無理やり連れて行くつもりはない。寧ろフィルゼとしてはこの武器庫にでも隠しておいた方が気が咎めないのだが、一人にするのもそれはそれで少々心配ではある。

 ゆえに最後にもう一度だけ意思を確認しようと、毛玉を内ポケットから取り出した。


「……どうしたい? 怖いなら後で迎えに来る」


 安心させるために告げた言葉はしかし、毛玉の不安を刺激したようだった。小さな足をばたばたと動かして、フィルゼの手からスポッと抜け落ちる。

 そのまま石畳に落ちてしまった毛玉は、すぐさま立ち上がって彼のブーツの爪先に飛び乗った。


「い、いいえ! ここまで来て、一人で隠れているのは嫌です。でも、うう、フィルゼさまのお邪魔にもなりたくありません……」


 うんうん悩んだ後、毛玉は意を決した様子で爪先から降り。


「わたくしには、フィルゼさまのように誰かを守る力はありません。だから……わ、わたくしに出来ることを、探してみます!」


 ちら、とこちらを窺うように見上げる毛玉に、目を丸くしていたフィルゼはふと相好を崩した。

 この毛玉は自分が思うほど弱虫ではないのかもしれないと、彼はゆっくりと跪いてはピンク色の頭を撫でてやる。


「分かった。……なら、地下通路に行ってくれ。もしかしたら生存者がそこに隠れてるかもしれない。身動きが取れないようなら助けてやってほしい」

「は、はい! ネズミさんに案内してもらいますっ」

「それから広場は火が回ってるだろうから行かないこと。あんたが近付いたら燃え移りそうだ」

「行きません!」


 フィルゼは元気よく返事をした毛玉に頷くと、短剣を引き抜きつつ立ち上がった。

 そうして扉を押し開ければ、人気のない民家の群れが目の前に現れ──轟々と燃え上がる炎が、彼らの顔を赤く照らした。


「わっ、わわ」


 すると、二人が外に出てくるのを待っていたかのように上空から何かが舞い降りる。

 不思議に思って見てみれば、旧街道で毛玉と仲良くなった小型の猛禽類だった。今度は仲間を連れて来たのか、同じ鳥が二羽ほど付近の階段に降り立つ。

 それだけではない。民家の陰からぞろぞろとネズミの群れが出現し、毛玉の傍までやって来たではないか。何とも奇妙な──それでいて人間よりも遥かに広い目を持つ頼もしい援軍の登場に、フィルゼは頬を引き攣らせつつも笑ってしまった。


「凄いな。これは上手く仕切らないと、毛玉」

「え!? わ、わたくしが皆様を!?」

「俺は意思の疎通が出来ないしな。頑張れよ」

「え、えーん! 頑張ります……!」


 毛玉は突然の大所帯にパニック気味だが、これなら生存者の捜索は任せても良さそうだった。フィルゼが一人で捜すよりも確実に効率が良いし、毛玉が指示をせずとも狼月軍を攪乱させることだって可能なはずだ。

 「初めまして毛玉です!」と初対面の挨拶から始めた毛玉を一瞥し、フィルゼは軽く手を挙げて広場へと向かったのだった。



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