お盆で小学生の姿のまま現れた初恋相手に告白したら、あっちと遠距離恋愛することになりそう
田舎の祖母の家の隣に、同い年の女の子が住んでいた。
最初に会ったのは、たしか小学一年生のころ。
柴犬のローレンスと庭で遊んでいると、低い生け垣の向こうで、縁側に腰掛けた可愛いパジャマ姿の少女と目が合った。
なんとなく手を振ってみたら、少し驚いた顔をしてから、小さく手を振り返してくれた。それ以降、俺がローレンスと遊んでいると、いつのまにか縁側に腰掛けた彼女が優しいまなざしでこっちを見ていた。
「紗月ちゃんは生まれつき体が弱くてなぁ。家の外さ、めったに出てこねんだ」
祖母が気の毒そうに教えてくれた。
両親が仕事の拠点を海外に置いていることもあって、空気の綺麗な田舎町の叔父夫婦の元に預けられているのだという。
縁側でもときどき「けほけほ」と小さく咳き込んでいるのを見たことがある。同級生の女子たちの誰よりも華奢で色白で、月のように儚げな美少女だった。
お盆の里帰り中だけ会える、話したこともない幼馴染。
俺にとって彼女は、そんな不思議な存在だった。
一度だけ、彼女のパジャマ以外の服装を見たことがある。
あれは小六の夏、神社のお祭りの日。長い黒髪をまとめてすみれ色の浴衣を着た彼女は、いつも以上に綺麗で儚くて、照れたような微笑みといっしょに目に焼き付いている。
来年は勇気を出して声をかけてみようと決めた。
あのとき自分の中に芽生えた感情が、いま思えば「初恋」だったのだろう。
しかし決意した次の年、里帰り直前に食べた生牡蠣に当たった俺は、めちゃくちゃお腹をこわして寝込んでしまい彼女に会えず。
その翌年には、あの憎むべきコロナ禍がはじまった。
祖母が高齢なこともあり、大事を取って里帰りは四回もつぶされてしまった。
そうして俺は高校二年になっていた。
両親より一日早く、駅からバスを乗り継いで着いた五年ぶりの祖母の家。
さっそく俺は、庭のローレンスに挨拶に行く。
初めて会ったころはフワッフワのコロッコロな仔犬だった彼も、すっかり貫禄まで出てきていた。
しっぽをちぎれそうに振りまくり、ちょっと撫でただけですぐお腹を見せてくるところは変わらなかったけど。
ちなみにローレンスの名付け親は、俺の叔母さんに当たる人だけど、外来語が苦手な祖母にはいまだ覚えてもらえず「わんこ」呼ばわりされていた。
そう、五年も経てば、変わったことも変わらないこともあるだろう。
────隣の縁側には、誰も現れなかった。
スイカを食べなさいと呼ぶ祖母の声に、わざと大きめの声で返事してみる。
気付いた彼女が縁側に出てこないか、期待しながら。
うわん!
そのときローレンスが隣家に向かって強く吠えた。
彼女がいるときは一度もそんなことしなかった優しい彼が。
相変わらず、縁側には誰もいない。
ただ、その奥の部屋の暗がりのなかに、薄っすらと人影が見えた気がした。
ごくり、と俺は生唾を呑み込む。
それは浴衣を着た少女だった。五年前に焼き付いた姿と変わらない、今の俺から見ればまだ幼い十二歳のままの少女が、影のように佇んでいた。
うぅわんっ!
再びローレンスが吠える。同時に少女の影は、暗がりの中に溶け込むように消えていた。
◇ ◇ ◇
ちゃぶ台にどでんと置かれた大切りのスイカの前に正座して、俺は祖母にそれとなく彼女のことをたずねる。
「……もうだいぶ前に、あの子はあっちに行ってしまったよ」
「……あっち……って……?」
困ったように目を泳がせてから、祖母は言った。
「……遠いところだよ……」
じゃあ、さっきのはやっぱり幽霊……。
お盆だから帰ってきた、そういうことだろうか……。
俺は呆然としながら、悲しみとか恐怖とか後悔とか、込み上げるぐちゃぐちゃの感情を抑えるために、とにかく目の前のスイカにかぶりつく。それはよく冷えて甘くて、腹が立つくらい美味かった。
祖母は時計を見て、買い物に行ってくるから留守番よろしくと、エコバックを片手に家を出ていった。
ガラリと玄関を開ける音が聞こえたのは、それからすぐ後だった。
来客だろうか。ちょうどスイカを食べ切った俺は、茶の間に隣接する玄関に顔を出す。
ひと雨くるのか、天気が陰って急に家の中が薄暗くなった。
そして俺は、凍りつく。
薄暗い玄関に、あの浴衣の幽霊少女が立っていた。
表情のない白い顔で、見透かすような視線を俺に向けている。足がすくむ。出ない声を、それでも必死に絞り出す。
「あ、お、俺……」
恐怖以上に、彼女に伝えたいことがあったから。
「ずっと……紗月さんのこと、ずっと好きで……」
落ちる沈黙。遠くに雷鳴。
……ぅぅ……ッ……ぅ…… うぅ……
少女の方から聞こえる、くぐもったうめき声。すすり泣きのようにも聞こえる。
しかし彼女本人は、表情を変えずじっと俺を見つめている。
「……あーあ。つまんない」
そして、愛らしい声でぼそりと言った。
「だったらもう、付き合えばいいじゃない」
「……へ……?」
間抜けな返事をしてしまう。
「だって両想いなんだし」
「……は……?」
「気持ちが通じ合ってれば、距離なんて関係ないでしょ」
いやまあ、それはそうですが……え、俺いま、女子小学生の幽霊と付き合うことになりつつある……? 大丈夫なんだろうか、いろんな意味で……
「ちなみにアイスランドまでは一万と四千キロ、飛行機で三十時間くらいだけど」
…………うん?
「ね、お姉ちゃん」
彼女は背中をゴソゴソして、帯に挟み込んでいたらしいスマホを俺の鼻先に突きつける。
ビデオ通話の画面の中で、目の前の少女とよく似た、ただし俺と同年代ぐらいのめちゃくちゃ綺麗な女の子が、目を真っ赤にしてすすり泣いていた。
────紗月ちゃんが俺と同じだけ成長したら、きっとこんな風になっていただろう。
「ええっと……アイス、ランド……?」
「あれ? おばあちゃんから聞いてなかった? さっきそこで会って、もう伝えたって聞いたんだけどな……」
まって……「遠いところ」って、まさか物理的な距離……?
祖母は外来語が苦手だから、アイスランドを覚えられなくて……
「空気がきれいで医療も進んでるからって、五年前からかな? お姉ちゃんは私と交換であっちに住んでるんだよ」
ちょっと待って、言ってること一つずつの意味はわかるけど、情報の整理が追い付かない……
「あ、あたし妹の綺星です。よろしくね、お兄ちゃん」
横ピースしてウィンク……きっと紗月ちゃんはぜったいやらないやつだ……ていうか……
「お、おにいちゃ……!?」
「ん? 年上の男の子をお兄ちゃんて呼ぶの、日本語としておかしくないよね?」
急に帰国子女感を出しながら、綺星はニヤリとイタズラっぽく微笑んだ。
顔はそっくりなのに、もはや完全に別人に見えてくる。
「ほら! お姉ちゃんもいつまで嬉し泣きしてるの? どうしても伝えたいことあるって言うから、協力してあげてるんだよ?」
……伝えたいこと……?
スマホの画面をのぞきこむと、まだちょっと潤んだ目の彼女────紗月ちゃんと目が合う。
やっぱり、めちゃくちゃ綺麗になっていた。心なしか血色もいい。あのころよりさらに長く伸びた黒髪はさらさらで、画面の下にときどき見切れるシャツの胸元もふっくらと……
『うん……あの……わたしも……ずっと……』
俺の邪念を遮って、彼女はぽつりぽつりと言葉を搾りだす。はじめて聞く彼女の声は、想像していた通りの透明感だった。
『……きみが……好きでした……』
……!!!?!? 嬉しすぎる言葉に俺は、もはや情報処理不能でフリーズしていた。
『……毎年、縁側できみに会えるのだけが、生きていく楽しみで……』
「ちょっとお姉ちゃん重い! そういうのは付き合ってから徐々に出してくの!」
『うっ……ごめんね、そういうの全然わかんなくて……』
画面の中、ズーンと擬音が聞こえそうなくらい目に見えて落ち込む彼女が愛おしい。
それでようやく、脳がまともに動きはじめた。
「──で? 付き合うよね?」
スマホを突き付けながら、五つ年上の二人を問い詰める綺星の目は据わっている。
でも彼女に詰められるまでもなく、答えなんて決まっていた。
「ええと、俺でいいなら……よろしくお願いします!」
スマホに向かって頭を深々と下げる。よく考えるとこれ小学生に告白して頭を下げてる状態で、他人に見られたら社会的に死ねる。
『……はっ……はい……私なんかでよかったら! あの、体調もすごくよくなってて、年末ごろには一回帰る予定で、だからそのと』
唐突に沈黙が訪れた。顔を上げると、ビデオ通話を切断した綺星が、スマホを指先の見えないほど高速で操作している。
「よし、じゃあお姉ちゃんのSNSおしえるから、あとはDMでよろしくやってね」
「あ……はい……」
ぜんぜん、実感がわかないけど。俺は、今日はじめて会話したアイスランドにいる幼馴染みと、遠距離恋愛することになった。情報過多。……あれ、アイスランドって北欧……?
「寝なさいって送っといた。あっちはまだ早朝だから、たぶん寝ずに待ってたと思う。元気になってるけど、でもやっぱり、あんまり無理しないで欲しいの」
柔らかな表情で話す綺星の顔は、そのときだけは紗月と見分けがつかなかった。でも、それは一瞬だけで。
「あ、もし年下の若い子のほうがいいなって思ったら、いつでも言ってね! 男の人って、若いうちは年上が好きだけど、だんだん年下が好きになってくんでしょ?」
すみれ色の浴衣の肩をつまんで見せながら、ニヤリと笑う。
「うちのお姉ちゃんセンスいいから、お下がりもらうの大好きなんだ」
────いまどきのJS、幽霊よりよっぽど怖ろしい。
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