77話 私の知らない私
午前中にチャトン伯爵領の市場でマーズさん達は買い物すると銀細工のお店に行きたいと騒いだので、王都のデルフィ工房にお邪魔して目的の物を買うと今度は昼食が食べたいと言う。
屋敷の隣のドラゴンフレーバーに行くと満席だったが調理台の端を借りて食事を頂いた。
「ロトム、市場の屋根あと少しで出来るよ」
「遅い!蚊が停まるわ!」
マーズさん達魔法建築士の爆笑を取ってロトムに出店者が泊まれる宿舎があるというと調理しながら黙って聞いていたが、突然頭を下げた。
「宿舎の厨房、夜中に貸してくれ!」
「いいよ。好きに使って」
「ありがとう!ルーク!助かる!」
「荷馬車持ってくる?」
「いや、空間魔法使いがいるから、心配ないよ」
「4店舗で何人?」
「2人づつ、8人だよ。出店者どう?集まった?」
「うん。でも、問題はお客さんだけどね」
ロトムは唐揚げを私の前に置きながら言った。
「ああ、絶対大丈夫。王都ですごいウワサになってるから」
「え、何で?」
「アスターさんと姉さんが採取組合長を巻き込んで虹証の全部のフロアに広告貼ってるから、皆がきっとすごい市場だぞって、興味津々なんだよな!気合い入るぜ!」
くらりと目眩がした。
マジですか?ただの橙証の市場ですが。あ、唐揚げカリカリで中はジューシー!美味しい!
「そうだよね!ドラゴンフレーバーが4店舗も出店してるんだもんね!」
意趣返しするとロトムの顔が引きつった。
「おま、お前!そういう言い方はズルいだろ?!お前だって帝国の変わったもん持って来てるんだろ!びびってんじゃねぇ!」
「それでも心配なんですよ。仕方ないでしょう?」
「「はぁあ~」」
マーズさんが笑う。
「若いときは悩むもんだ。たくさん悩んで精進しなさい」
「はい、ありがとうございます!」
お昼ご飯代はマーズさんが奢ってくれた。
アスターとダンは慌てたけど、もう払った後だし今回報酬を1人公用金貨5億枚払っているから、食事代くらい鼻クソだ。
ここは一つ奢って貰おうじゃないか!
アスターにジットリ見られたが無視した。
ちなみにアスターはマーズさん達の報酬を知らない。
ラプナーが帳簿に書くときにいたダンが、払いすぎだと怒ってたので、アスターには内緒にした。
ルメリーさんがヘキサゴナルの建築代の相場を調べてくれたので間違いない。
老体に鞭打つ所業をやってしまったのだから、責任は金でとるしかない。
それはともかく、帝都に転移してマーズさん達を建築事務所まで送って屋敷に帰ると冒険者ギルドから、呼び出しが来ていた。
まだ、夜には早いし冒険者ギルドに転移した。
転移した瞬間、バラムさんにギルマス部屋に転移させられた。
「国境警備隊事務局から、問い合わせがあった。ケイトスお前、この2週間余りに7往復したか?」
「多分しましたね」
「越境税と輸出入税が課されてるから、驚くなよ?」
1枚の書類を私の前に置いた。
*****
ルークシード=クロスディア様
余りにも越境する事が多いので、これからは、2週間毎に引き落としさせていただきます。
【回数/人数/越境税/輸出入税】
○14回/39人/公用金貨39000枚/公用金貨4枚
【合計*公用金貨39004枚確かに受領いたしました】
*****
「ハイ、ハイ!粗方終わったので、後は10日に1回くらいですよ。ご心配おかけしました」
「まあ、1兆億枚も持ってたら金銭感覚鈍るかも知れないけどなるべく行き来は少なく済ませろ」
「はい。それだけですか?」
「後はこれな、オークションで落札されたけどそれほどの値段にはならなかった!すまん」
何か出してたっけ?
*****
☆☆☆☆☆☆☆オークション☆☆☆☆☆☆☆
【魔獣名/ランク/出品数/落札額】
☆金毛猿/S/59頭/公用金貨5900枚
【合計*公用金貨5900枚】
大変貴重な品ありがとうございます。
またの出品をお待ちしております。
*****
「あ~!半分こだったんだ!」
クローザー伯爵のオークションと!
「まあ、な。すまん、あっちより落札額が少なかった」
「気にしてません!お気遣いなく」
「私たちは気になるんだよ!クソ!待ち屋より安いなんて!」
「たまたま、討伐しただけだからね。そんなに期待してないから良いんですよ!」
「そうかぁ、良いような、悪いような。」
「ところで冒険者ギルドでアクセサリーショップの宣伝でもしてるんですか?」
「幻蝶屋か。してねぇよ!あれは、着けて来た奴が、ちょっと有名人だったからだよ!まぁ、私のこのケイトスからもらった指輪もなかなか好評でな、良い気分にさせてもらってる」
「その人にお礼したいんだけど?」
「食い物なら受け取るだろう。次に帰って来るとき買って来い!いつだ?」
「8日後です」
「私にも頼む。金は後払いでいいか?」
「いらないよ。お世話になってるもの。そうだ!依頼は受けられないよ。その日の内に帰るから」
「忙しいのか?」
「めっちゃ!」
「その次は指名依頼来そうだから、3日は空けておけよ。あと、ルメリーが小麦粉を買って来てくれって」
「はぁい!じゃ、帰るね!」
転移して屋敷まで帰るとメリエレさんとダンが玄関で話していた。
「お帰りなさいませ、若様。行く前におやつでもいかがですか?」
「お昼ご飯でお腹いっぱいだもの!メリエレさん、行こうか?」
「ああ、幌馬車2台分の荷物頼む」
玄関前に止まっている幌馬車2台分の荷物をアイテムボックスに入れる。
メリエレさんと手をつないでヘキサゴナルのバフォア公爵領の幻想庭園まで転移した。
「…おい、ケイトス!お前こんなところで市場するつもりか?!」
「うん、そうだけど?」
「……ゴミの回収はこまめにしろよ?」
「大丈夫。頼む人いるから。」
しかし、頼りにしてたリトワージュ流剣術の弟子達は断ったので、アルバイトにしたら泣いて謝ってやりたいと言った。
…いや、タダでやらせる程私もオーガじゃないよ?
ただ、言いたいこともある。
御前ら、3食住み込みでお小遣いまで付いてるのにまだ、不満かと。
…言っても仕方ないから言わないけど、ね。
報われないって辛い。
さてと、夜は今日は、クロスディア辺境領からの避難民に話を持って行く日だ。
ラプナーが無理矢理気力で立ってるような、状態なのに行くという。
私は一人で行くというが、知ってる顔がいた方がいいと譲らない。
仕方なく連れて行く。初めて行く場所なので、刻むつもりでペタル領近くの川岸に転移したら、そこらしい。潰れそうな民家に胸が痛む。
どれだけ不安だろう。
私たちが近づくと畑らしい所に集まった100人余りのクロスディアの避難民に私は心を込めて言う。
「初めまして。ルークシード=クロスディアです。迎えに来ました!住む場所も食料もあるから、一緒に行こう!」
「若様!!来てくれると信じて待ってました!」
「若様。若様!」
「ミリディアナ様にそっくりです!若様だ!」
「若様。若様にならついて行きます!」
地面にひれ伏す人達を一人一人立たせて労う。
「迎えに来るのが遅くなってごめんなさい。皆、これで全部?」
「ガランが墓におる」
「間に合わなくてごめんなさい。連れて行こう」
お墓に行って墓を掘り返し火葬して骨を木箱に詰めると、皆が泣き笑いしている。
「荷物は?待ってるから持って行こうか?」
「荷物は無いです」
「それじゃあ20人づつ連れて行くよ!皆で集まって!後の人達は直ぐ来るから待ってて下さい」
宿場町に転移したらかがり火があちこちに焚かれていて配置された兵士15人がメイドさん達20人と迎えてくれた。
「ルークシード様、お湯の用意は整っています」
「助かる!どんどん入れてあげて!どんどん連れて来るから!皆、お風呂入ってから食事だから、入り方はメイドさんにならってね!」
転移で往復する事5回124人が、宿場町に着いた。
皆が中年層から上なので、1度は出稼ぎに出てた人が多いのは幸運だった。
村に一つある食堂で、食事を食べさせて、そのまま説明会。
魔導具のカード型拡声器を使って簡単に説明する。
「ここは、旧マルカン領、今ではバフォア公爵領と言いますが、その観光船の船着場リオラと旧ホロイ邸を結ぶ道の真ん中です。
この道は私道で旧ホロイ邸を買い取った私の土地です。私は旧ホロイ邸を市場にしました。
が、リオラから市場まで馬車で2日かかります。そこで、皆の出番です!
お客さんを泊めてお金を稼ぎましょう!
もちろん稼いだお金は、稼いだ人の物です。建物は私が勝手に用意しました。1家族で1棟使って下さい。返せなんて言いません!皆がクロスディアから避難して来た家の代わりです。
一応10人程が食べられる食堂を付けてるので、“ウチでは食事も出来てこの値段です!”なんてのもありだし、“素泊まりで幾ら”っていうのもありです。
けど、慣れるまでは、シーツ交換だけでも大変だろうから、1軒にメイドさんを1人付けますので彼女達に習って下さい。ちなみに彼女達のお給料は、1日5000ステラです。売り上げから支払って下さい。支払うのがイヤなら早く覚えて、早く私の元へ返して下さい」
肝っ玉母さん風の女性が挙手したので手でどうぞとやると立ち上がって話し始めた。
「市場は何証なんだい?若様」
ふふ、言われると思った。
「橙証で100店舗ですが、庭がきれいなので、見るだけでも良いし、迷路という遊び場もあります。迷路は有料ですが、前庭と花の庭が無料ですから1~2時間程ぶらぶら歩けます。
市場の他に食堂と綺麗な宿もあります。
明日連れて行くから、庭を散歩して見て下さい。では、一家族1人の代表者を出すか、虹証を持っている方を代表者にして下さい。今から王都の採取組合に宿の登録に行きます」
思った通り中年層の男女皆が虹証を持っていた。
1,2,3,4,5,.....36家族か。家が余るな。
1家族に公用金貨5000枚譲渡して王都の採取組合に転移。
こっちの事情をラプナーが窓口で説明して、10口の商業ギルドへの寄付をさせてランクアップ!
橙証の受付窓口に移動して手続きを進めると宿の大きさを測らないと登録申請料が分からないというので計測機器を持った窓口のおじさんと宿場町に転移。
「民宿にしては、大きいね。中を観てもいいかな?」
「どうぞ」
話を聞いていた兵士が、空いてる1棟に案内する。
1人部屋が15部屋と2~3人部屋が5室、家族の住む部屋が3室。10人食事出来る食堂と割と広い台所を、観て、建物の高さと縦横の長さを測ると私に言った。
「採取組合に戻りましょう」
戻るとラプナーだけが、窓口の前に立っていた。
「どうでしたか?」
「民宿にしては大きいって言われた」
「まずかったでしょうか?」
「分からない。皆は?」
「会議室へ連れて行かれたので私が案内します」
「ありがとうラプナー」
ちょっと他人行儀になったラプナーに寂しさを感じつつその背中について行く。
会議室はすぐそこだった。
採取組合職員が、皆の家族構成を何人かに別れて聞き出している。
民宿では必要な事らしく全員の仕事の有る無しまで聞いている。
何でも全員で宿を経営するのなら登録申請料が幾らか、安くなるらしく皆頑張って答えていた。
1人職歴が藍証のコックさんがいたらしく、宿で食事を出すことを進められていた。
お名前は、ムスカさん。奥さんと2人暮らしの45才の男性。ケンカで右親指を切り飛ばされてコックを泣く泣く辞めたらしい。
しかも、勤務してたのが旧マルカン領!!
「治すから、離宮のコックになって!」
有無を言わさずリンディーの所へ連れて行き、「再生」で親指を生やして貰ったら、ムスカさんが娘舞を踊っていた。お茶目な人みたいだ。
離宮のコックを引き受けてくれたので藍証の手続きに行くともう6年前の事なので、降格して青証からの再スタートになるという。上等です!
問題無いです!
奥さんも一緒に離宮の食堂へ勤めて貰うことに。
皆が手続きしてる間に宿場町にムスカさんと転移して奥さんのマティスさんにムスカさんの右親指を見せると号泣していた。
嬉しかったんだね。
今日は遅いので明日迎えに来ると言って王都の採取組合の会議室に戻ると何故か14人程しかいない。
手近にいたナジムさんに聞くと旧マルカン領に出稼ぎに来てた人達が欲を出したらしく今古い記録を調べているようだ。
「ムスカみたいな奴はほんの一握りなのにな」
「何で皆がマルカン領に出稼ぎに来てたのですか?」
「20年前くらいは盛況だったんだよ。ほとんど森だったから材木の売買に人も店も集まってなぁ、そりゃあ夢の国みたいな騒ぎだったんだぜ、若様。マルカン領に来れば何でも揃った。だからこそマルカン領まで来たら、物騒な街になってて、そりゃあ驚いた。
俺達がクロスディア辺境領からの避難民だと知ると殺そうとしたんだぜ!慌てて皆で荷物を全部放り出して逃げた。
見つからないように廃村で暮らし始めて直ぐマルカン領からクロスディアへ攻め入っていて、俺達は震えながら家の中に潜んでる事しか出来なくて…若様が、1万の兵士と戦って勝利したと聞いた時には呑気に喜んでたんだ。まさか、こんなお姿になるほど、自分を酷使されたなんて!
若様。若様が、命じて下されば何でもします!あの日の俺達の悔恨をもう2度と繰り返さない!」
「まぁ、それは良いけどしばらく、協力して欲しい。気に入ったらそのまま住んでいてくれると嬉しいな。
私がこの姿になったのは、自分のせいだから、気にしないで良いです。
民宿がイヤになったら言ってね。何か仕事を考えるから」
「いや、俺は元々マルカン領の商人だったんだけど、何か手伝えるかな?」
私は頭の中で計算した。
「宿の登録申請取った?!」
「取ったけどウチは11人家族だから、どの道働きに出るつもりだったんだ」
「市場の運営手伝って下さい!お給料もちゃんと出しますから!!」
「宿ありますか?」
「所で何証?」
ナジムさんは笑った。そして出した虹証は何故か色あせていて色が分からない。
「俺もっていったんだけど、色が分からないからダメだって言われてね。これでも、紫証に赤線入ってたんだけど、若様何とかならない?」
「ちょっと留守にする。待ってて!借りるよこれ!」
大チャンス到来!
市場の代表者になって貰えれば一挙に出店数が増える!
迷いなく紫証の窓口に行くとイキニシア組合長がボーッとしてる。
「組合長!虹証の照会お願いします!!」
お仕事モードになった組合長は、褪せた虹証を裏表見て顔をしかめた。
「これ、採取組合に多額の借金があるカードですが、覚悟は良いですか?」
はめられた。でも、紫証欲しい!
「ハイ!覚悟決めました!」
「よろしい。照会します」
例の水晶の読み取り機が金庫から出されてナジムさんの虹証が置かれた。
水晶は紫色に変わったあと黒くなった。
リィイイーーン!!
紫証のフロアが封鎖された。
「ま、貴方なら払えるから大丈夫です。これが借財です。利子は支払う必要ありません」
公用金貨360兆枚。ハァ~、仕方ない払うか。
ナジムさんに一言言う絶対!
虹証を重ねて公用金貨400兆枚譲渡するとまた騒がしい音がして封鎖が解かれた。
「虹証をお借りしてもよいですか?」
「何するんですか?」
「市場の権利の譲渡。それが目的でしょう?」
「あれ?普通の紫証だ」
「罰則降格です。ライン入れるの商人は大変ですけどね。そこは頑張っていただきましょう!伝説的商人ナジム=タルドですもの!」
「何で破産したの?」
「家族を人質に取られて全財産と借金で支払ったんですが、本人が姿を隠していたので事情を聞くことも出来なくてもう9年経ちます。人柄は保障します」
「騙されましたが?」
「試されたのでしょう?貴方の覚悟を。さて、紫証の市場ですが、あ~、そんな物誰も見たことがありません。青証の市場がチャトン伯爵領の大市です。大体アレで1万店舗の規模の露店の市場です。
紫証に相応しい市場をあなた方が作って下さい!」
「1万店舗以上の大市…帰ります!」
ナジムさんをこき使ってやる!
虹証を2枚受け取ると橙証の会議室に転移して全員揃ったのを確認すると宿場町まで転移して、それぞれの家に帰らせるとナジムさんを幻想庭園の母屋までラチって虹証を返す。
「はぁ?!何で金貨40兆枚も?」
「それは、紫証の市場を作るお金です!自分の為には焼き鳥の串1本も使わせてあげないんだからね!ラプナー、メリエレさん呼んで来て!」
「すみません、私はその後休ませていただきます」
こうして、未知への扉が開いた。