68話 市場開き
カリナさんの指示通りに橙証の受付窓口にダンとラプナーを連れて行くと採取組合長が待っていた。
ヨザック兄上とは正反対の超真面目そうな中年男性。
3つ揃いのスーツに、銀細工のループタイをオシャレに締めて、金髪は編み込んで香油でキッチリまとめている。顔は普通。
「金貨10億枚もの寄付金ありがとうございます。クロスディア様。私は採取組合長のマレ=イキニシアと申します」
声はとんでもない美声だった。
これなら結婚も容易かっただろう。うらやましい。
大人の男性の美声って、憧れる。
「ご丁寧にありがとうございます。私の事はルークとお呼び下さい。連れがおりますが、私の家令のダンと、会計担当のラプナー=オールドです。よろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしくお願い申し上げます。お話は皆さん一緒に、と言うことでよろしいでしょうか?」
ラプナーが受け答える。
「そのようにお願い致します」
アスターは朝帰って来て今は寝てるので、屋敷に帰ってから報告だ。
「市場を旧マルカン領に建てたいのですが可能でしょうか?」
「可か不可で言えば、可能でしょう。資金も十分ありますし、バフォア公爵領は今、大変お買い得です。
ただ、監督舎を建てなければならないので売りに出された貴族や豪商の屋敷を買い上げた方が、お安いですよ?大体、どのくらいの規模になさいますか?」
「監督舎?でそのまま200くらいのお店が開ける大きな屋敷が欲しいです」
「それは、大邸宅ですね。2~3軒ありますので取って参ります」
イキニシア組合長が部屋から出て行くと皆が声を上げた。
「「「そんな屋敷あるんだ…」」」
ラプナーが私に聞く。
「おいくらまでなら、買うつもりですか?ルーク様」
「んー、お得だと感じたら?」
「また、そんなどんぶり勘定して!痛い目に遭いますよ!交渉は私に任せて下さい!」
「ラプナー値切った事あるの?アスターみたいにならないでよ」
騎士のクセしてヘブンスマンティスも真っ青の値切り交渉を見せたアスターに苦笑いしか浮かばない。
ラプナーも何か見たのか、ぶるりと震えて宣言した。
「ならないと誓えます!」
廊下を走るドタバタした足音が聞こえて荷物と書類を持ったイキニシア組合長が応接室に入って来た。
「申し訳ありません!オススメの2軒が、買われてしまいました。あと、1軒あるのですが、とても高いのです!でも、その価値はあります!こちらを見てください」
荷物は地図だった。
バフォア公爵領が良くわかる地図だった。ジョンキル子爵領とチャトン伯爵領を北に見て、バフォア公爵領の南東諸国連合国からロンデル川まで続くバイパスが通っている。
これだけで莫大な富を築き上げていたのだ。川下のペタル伯爵領とジョンキル子爵領との丁度真ん中にヘキサゴナルの直轄地から銀と王都から客を運んで来る観光船の船着き場があり、その辺りが領都になっている。バフォア公爵の屋敷もそこにあるらしい。
バフォア公爵領は広い。
南東諸国連合国との国境には長い砦がある。
領都砦の間の何も無い土地のど真ん中をイキニシア組合長が慎重に丸で囲んだ。
それは、バフォア公爵領の20分の1の面積だった。
ちなみにバフォア公爵の屋敷はその更に10分の1だ。
その屋敷から太い線が2本バイパスと領都に向かって出ている。
「マルカン公爵に多大な賄賂を贈っていた見返りに人身売買を行っていた、豪商ホロイは全財産没収の上帰らぬ人となりましたが、バフォア公爵様はこの物件の売買に苦慮しておりまして、最初金貨3兆億枚だったのを2千億枚まで、引き下げました。今、“伝達”でお聞きしたら、1千億枚で良いからとおっしゃってます」
「1千億枚は私に取っては大金です。納得の行く説明お願いします」
「はい!まずは、巨大な屋敷の3倍の庭があり、3分の1は、ホロイが愛した女性たちの為に作られた瀟洒な離れと花が1年中咲き乱れる庭です」
ふーん、宿に良いかも!庭も入場料さえ払えば入って散策出来る様にしたらいいし、宿の前には誰か信用出来る人を立たせて置けば良いし。
でも、愛した女性「たち」って何?
貴族みたいに何人か奥さんがいたって、事かな?
豪商って…
「3分の1は傭兵の訓練場と宿舎に使われてました。この訓練場を市場にすればよろしいかと」
「残りの3分の1は?」
「見たことが無いので、よく分からないのですが、緑樹の迷路だそうです。ホロイは他人を驚かすのが好きで変わったことをしてたようです」
ラプナーを見たら分からないらしく困っているが、ダンは目がキラキラしてる。
「迷路いいです!入場料を取って遊んでもらいましょう!」
「ダンは迷路わかるの?」
「安全なダンジョンですよ。道を間違えると出られないんです」
「…それは楽しいの?」
「めっちゃ楽しいです!」
それなら買ってもいいかも知れない!
「最後のセールスポイントはバイパスと領都に直接繋がる私道です。幌馬車がすれ違っても十分な広さがあります!
しかしながら、デメリットもあるんです」
「ああ、庭園の維持費ですか?」
「それから、市場を取り締まる警備兵が最低でも5名必要になります。
橙証で開ける規模の市場の店舗数は100です」
たった100?! ウソでしょう?!
「100って本当ですか?」
動揺を押し隠して問うとイキニシア組合長は生真面目に説明した。
「普通ですと、屋根の建築にかなり、お金がかかりますし、25の露店から始めて100は、かなり大変だと思います!ですから、普通は、露店と屋根付きを差別化して料金を得たりします」
ラプナーが口を開いた。
「露店一つにつき幾らくらいが妥当でしょうか?」
「大体、大銅貨1枚~2枚迄ですね。服飾店などの大口露店一つあれば挽回出来ますから、気落ちしないで下さい」
その大口露店が自分達なら?ははは。乾いた笑いしか出て来ない。
「ここだけの話何ですけどね」
声を潜めて何を言うのかと思って、テーブルに3人とも身を乗り出した。
「橙証止まりの職人が一番多いんです。露店上手く行くと思いますよ!」
それはそれで問題がある。腕が悪いのか、虹証の制度が悪いのか、はっきりさせようじゃないか!
「その屋敷を買います!市場の登録申請と布屋雑貨店、服飾品店の申請をお願いします」
「お店もやるのですね!結構ですが、服飾品店は万引きが多いので、高価な物は人が必ず居るところに置くようにした方が良いです。何なら1区画に1人護衛を雇うようオススメします。
では、こちらの5枚の契約書を読んでからサインして下さい。あと、虹証をお預かりしてもよろしいでしょうか?ルーク様」
「何をするのですか?」
アスターから虹証を他人に預ける時は必ず聞くよう言われていたので、一応聞くとイキニシア組合長は座ってるソファの空きを手で示した。
「説明しながらやりますのでこちらにどうぞ」
ダンはラプナーと契約書を読んでいる。
私はイキニシア組合長の隣に移動して座った。
イキニシア組合長は持って来た荷物の中から長方形の真ん中に虹証がちょうどハマるくらいのへこみがある大きな水晶の延べ棒を取り出してテーブルに置いた。
「組合の大きなお金が動く時に使う、読み取り魔導具です。本人の同意と魔力が無いと使えませんが、私が心配してたのは違う名前であちらの口座から引き落とす事が出来るかという事です」
「大丈夫だって言われたましたが?」
「採取組合内でなら、というのを告げずにアレクシード様とわかる前に言ってしまったと報告が入りましてね、全く申し訳無いのですが確認お願い申し上げます」
それならば仕方ないね。
「くぼみに虹証をセットして下さい。まずは、布屋雑貨店の登録申請額金貨10枚を魔力を流して支払っていただけますか?」
虹証を水晶の読み取り魔導具にセットして虹証に触れて魔力を流すと水晶全体が赤くなったり、青くなったりし始めた。
「書き換えしてるようですね。30分程度かかりますから、契約書の内容を簡単に説明します。
まず、市場の契約書ですが、店舗を100とする事、警備兵を最低でも5人は雇うこと、万引きや強盗などの被害が出た場合、被害額の3割を市場の責任者が支払う事、などが盛り込んであります。屋根の有る無しは責任者に任されますが、大口露店がいた場合は付けないと雨で濡れた商品を買い取りになります」
何ですか?!その恐ろしいシステムは!
「屋根があったけど濡れたら?」
「それは、店側の責任になります」
ホッと一安心していると淡々と説明が進む。
「床と片側に壁を付けてもいいのですが、屋根付きの1区画の値段と変わらないので、そこはお任せします。屋根付きの露店の1区画の値段は大銅貨2~5枚迄です。そこは貴方の裁量に委ねます」
うわ~!難しいな。貧乏な橙証の職人から大銅貨5枚取っても可哀想だしなぁ。
「それから、これ、重要ですから、ちゃんと聞いて下さい」
「何でしょう?」
「屋根付きの建築は採取組合に依頼して下さい」
…やられた!マースさんに依頼しようと思ってたのに!
「でも、建てるのが遅い上に料金が高いでしょう?」
早くしたいならば、更に料金を上乗せしなければならない。
「そう貶すほど、遅くは無いですよ?屋根が1週間、壁、床付きでも2週間かかりません!人件費は多少かかりますが」
「見積もりお願いします」
そう言うとその場で計算し始めたイキニシア組合長に疑問を感じて口にした。
「組合長が決めていいんですか?」
「市場の屋根は最優先依頼ですから組合が見積もりを出せるんです。何日も市場を閉めておくわけにはいかないでしょう?それに、個人的な依頼にすると金額がかかるんです」
そうなんだ。
「金貨20枚迄ですね。木材の調達は自前の森を切り拓けばいいですし、木材の加工は職人に任せればいいですから問題ありません」
「たったのそれだけで良いなら、人数を増やして建てるのを早めて下さい!」
「そうですか。それなら、倍の人数にして1週間で建てさせましょうか。金貨40枚になりますけど、よろしいでしょうか?」
「構いません!」
「では、そのように致します」
手紙を書いて“伝達”で届けると、再び契約書の説明に戻ったイキニシア組合長に30分ほどご教授いただいていると、鈴の鳴るような音がして読み取り魔導具の水晶が青くなった。
「書き換えが終わりました。これで個人でやってる店でも支払う事が出来ます」
布屋雑貨店の登録申請額金貨10枚は、支払われていた。
続いて服飾品店の登録申請額金貨500枚と市場の登録申請額の金貨5億枚と、その屋根の建築代金貨40枚と、豪商ホロイの屋敷の買い取り額金貨1千億枚を一気に支払う。
「はい、支払いを確認致しました。おめでとうございます!…ところで離れと迷路はどうなさるお積もりですか?」
「離れは宿にして、その庭と迷路は、入場料を取って自由に散策や遊んで貰う予定ですが?」
イキニシア組合長はため息をつきつつ、宿の登録申請の契約書を出して思い切り私の立場をわからせるような説明をしてくれた。
「宿は赤証は素泊まりから始まって1泊大銅貨3枚からです。橙証になると、やっと1泊大銅貨5枚~8枚迄の価格帯で食事は朝食と夕食だけのプランですから、出来たら食堂にした方が良いでしょうね。離れは大銅貨8枚ではもったいなさすぎます!」
「いえ、それはそれでいいですけれど何人まで、宿泊させてもよろしいでしょうか?」
「30組迄です。頑張って経営しても、黄証になるには金貨100枚稼がなければなりません。よろしければ食堂の登録申請申請もして、青証以上のシェフを一人ヘッドハンティングして責任者になって貰った方が良いですよ?」
ロトムに相談だ!
一応宿の登録申請料金貨5億枚と食堂の登録申請料金金貨10枚を支払ってそれぞれの契約書にサインする。
写しを貰って豪商ホロイ邸の鍵を貰った。
離れの鍵も渡された。
「食堂と宿の看板と監督舎へ掲げる看板は、どうなさるお積もりですか?お名前がわかっていたらこちらで作ることも可能ですが、どうしましょう?」
「忘れてた?!監督舎に道場を2軒入れたいのですが!」
「道場は入門金が金貨以下なら申請料金は支払う必要はありませんし、登録申請はしていただきますが、手数料しかいらないので、慌てなくてもよろしいですよ」
よ、よかった~!
ん?リトワージュ剣術入門金、金貨10枚じゃないか!
ヒュージ流剣術も、そんなに安い訳無いよね?
私は2つの流派の登録申請料金金貨200枚と市場の名前と宿の名前を決めてやっと王都の屋敷に戻れた。
明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願い申し上げます。
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