67話 返還
「ルークシード、この部屋の魔石と聖句の札を残らずしまって下さい」
「はーい!」
父上、随分溜めてたんだね。
デルフィ工房の10年分は余裕でありそうです!
ダンスホールがいっぱいになるほどの魔石の入った木箱を回収する。聖句の札もちゃんと書いてたんだ。
父上すごい!
そういうとデコピンされた。
「昔からウチにいる可愛い妖精さんがごっそり持って行くようだからね」
あうう、バレてる!
「怒ってますか?」
「いや、安心した。さすがにリッチは厳しいだろうと思ってたから。さて、大富豪さんにお願いです。魔石を買って下さい!」
「大きなのはどうするの?」
「本陣で使っている。心配ないよ。1つ金貨1枚でいいから今すぐお金が欲しい!」
「それは、もったいないから必要なだけ貸しますよ。父上」
「金貨5億枚借りられますか?」
「いいですよ。たったそれだけでいいんですか?」
「十分だけど、さすがに今は持ってないですよね?」
「引き出すから、父上も一緒に来て」
「私はネージュ達に話があるから、アスターに付き合って貰って下さい。まずは本陣に転移して下さい」
「はぁい!」
古戦場の本陣もこれが最後かもしれない。
師匠との思い出が詰まった古の森。
必死に霊害と戦ってたクロスディア辺境伯家の4800年分の歴史にピリオドを打つ事になったのだが、やれるならやれば?に私の想いは変わっている。
よその領地を見て感じたのだ、
何故ウチだけが後始末を押し付けられてる?
そりゃあ、アンデッドの魔石も独占販売出来て良いかもしれないけど、本陣で戦って見てわかった。
これは人間の生活じゃない、と。
例えお金が保証されても命を保証されて無いのだ。
大霊害中はこんなモノだと苦笑交じりに言う聖騎士達は疲れた体を「私たちがやらねばヘキサゴナルは守られない!」と言う使命感と「あの時よりも楽だ」と言うごまかし、いや、気力で乗り切ってるだけなのだ。
休むのは本陣とは名ばかりの地面の上。
さすがに10日に2日くらいは、屋敷に帰って交代で休めるようになってるらしいが、その休みも狼煙が上がるまでだ。
他の領地では考えられない厳しい生活だ。
その上ブラストとの国境の見張りにも騎士達が必要で、人件費が無茶苦茶かかる!
それこそ、1年に金貨5億枚以上かかるのだ。
だから、魔石を売らない限り生活が成り立たない。
それを他領の奴らはちっともわかってないのだ。
ちょっとは苦しめばいいとか思う私はデススパイラルスネークだろうか?
いろんな事を考えながら、父上を本陣に転移させると皆骨が見えるようなひどいケガをしている。
父上がパーフェクトヒールレインを唱えると本陣の魔法陣がカッと輝いて父上の魔法を増幅させる。
大きな魔石にヒビが入って砕け散る。
私は新しい大きな魔石をそこに置き、本陣が起動してないわずかな間に入って来たアンデッド達を始末した。
「本陣で火魔法を使う馬鹿はどいつだ!」
いつもより元気が無い聖騎士達が腹に力の入って無い声で、怒鳴る。
「私です。シュガル様」
「アレク様…?!グレンシード様はどこに?!」
「そこに居るよ。ネージュ様と話してる。また、後で来るね!」
王都の私の屋敷に転移して魔石を大会議室にドカンと置き、アスターの部屋に転移すると寝ていた。
「アスター、起きて~!!」
起こすのに30分かかった。
フニャフニャ言ってるアスターを強引に着替えさせると、やっと完全に目が覚めたようだ。
「グレンシード様はどうなさったのですか?」
「クロスディア辺境領で説明してるの。お金下ろすからアスター付いてきて」
「はい!」
久しぶりの素材採取組合へ転移。
赤い旗が立つ扉から入って行くと誰もいない。
赤証をアイテムボックスから出して名前を確認すると「ルークシード=クロスディア」になっている。
受付嬢に名前が変わったけど、お金が引き出せるか聞いてみると魔力認証制度だから大丈夫だと言われた。
「幾らですか?」
「金貨5億枚です」
「…ひょっとしてアレクシード=クロスディア様でしょうか?」
「はい、そうです」
「組合長がお話したいと言っておりますので、青証の受付窓口までご案内致します。赤証では、大金は扱って無いので申し訳ありません」
建物の中を半周しながら階段を上がると見慣れた青証の受付窓口だ。いきなり後ろから女性に抱きしめられた。
「来~た~~!待ってたよ!何で名前が変わったの?」
お久しぶりのカリナさんは、私の前に来て顔を見つめてはしゃいでいるが、何故だろう?
「ルークシードが本名なの。詳しくは街頭板で確認して下さい!」
「ちょっとお話があるから、待っててね」
「ごめんなさい!そのお話直ぐ済むならいいけど、時間がかかるなら、人を待たせてるから、明日にして!」
「じゃ、お金用意するのに、30分かかるから、その間に説明するわよお!」
「はい、はい」
パワフルなカリナさんにひきづられて個室に案内されると同時にお茶がドラゴンフレーバーのドーナツと一緒に出て来た。
アスターと並んでソファに座って遠慮なく夜食を食べる。
「図々しい話で申し訳無いんだけど、幾らか組合に寄付してくれませんか?。この度、商業ギルドが独立することになって、寄付金を集めているのよ。一口金貨1000枚からで、10口以上の寄付から虹証のランクアップが図れます!」
「1回だけ?」
「残念ながらルークくんは、赤証が橙証になるだけだけど市場に屋根が付けられるから、随分違うはずよ?」
「わかりました。金貨10億枚寄付します」
赤証の虹証を橙証にしてもらった。
ドーナツが追加で出て来た。
結局、夕食食べられなかったから、ドーナツは争奪戦になった。
アスターが3個食べる間に私が1個食べる。
ハンデ?食べ物を目の前にしたアスターにそんな甘い言葉は無い!
慌てても、良いことないので味わって食べた。
紅茶味のお砂糖がけしたやつが、一番美味しかった!
アスターとは味覚が違うので、5個も食べられて満足した!
カリナさんは、私が来たからやっと眠れると言って帰ったが、明日の昼に橙証の受付窓口に来るよう釘を刺された。
公用金貨5億枚はアスターにも収納してもらった。
そして2人で、クロスディア辺境領へと転移して本陣を訪ねると、皆に手荒い歓迎を受けた。
「「「「「「「「「ルークシード様、万歳!!!」」」」」」」」」」
いきなり胴上げされて私が驚いていると皆が、涙している。
ネージュ様が私を抱きしめた。
「この日が来るのをどんなに待ちわびた事でしょう。お帰りなさいルークシード様」
胸にこみ上げた物は涙になった。
「ただいま、皆。でも、さよなら何だよ」
「そのくらいの処分で終わってよかったですよ。私はグレンシード様に付いて行きますからこれからもよろしくお願い申し上げます」
「って言う事はシュガル様達は残るんだ?」
シュガル様が、最後のお別れを言う。
「聖騎士の活躍出来る現場はあまり多くないのですよ。だから、私たちは残ります。ルークシード様、これからもお元気で」
シュガル様が私の頭を撫でる。ネージュ様がそれを見てニコニコ笑う。
父上が私を呼んだ。
「ルーク、皆に聖句の札を渡して下さい。それからお金を出して下さい」
「はい、父上」
5億枚の公用金貨を出すとさすがに皆が驚いていたが、父上が説明する。
「急な旅立ちだから、渡せる物がお金しかなくてな。1年分の給与を与える!欲しいならば並べ!」
そりゃ欲しいでしょ!
皆、即並んだ。
父上が一人一人に別れの言葉を言い、金貨1000枚を渡す。
私とアスターの所には、騎士宿舎まで連れて行ってくれという騎士達でいっぱいだ。
金貨を自分の部屋へ置きたいんだろう。
騎士宿舎は屋敷の隣にある。
何回かにわけて、送迎する。
1度にたくさんの人を移動させるのは、苦手な方だが、アスターがやっているのだもの!
私が出来ないと言う訳にはいかない。
…案外やれば簡単だった!
これが師匠の言ってた「習うより慣れろ」かぁ!
感心してると、アスターがネージュ様と父上を連れて来た。
「王都のクロスディア邸に行って下さい!」
「えーと、父上は行かない方がいいですよ?」
父上とネージュ様から目に見えない「圧」がかかって来た。
何故、何、どうしての厳しい事情聴取の後、アスターがバラしてしまった。
「エメラダが、愛人を住まわせているからです」
「愛人って何?若い男の人の事?」
アスターのジャケットの裾を抓んで聞くが、3人はフリーズしたまま動かない。
「…それを追い出すのが、私の最後の仕事。いいでしょう、やってやろうじゃないですか。ルークシードは転移したら、先に貴方の屋敷に帰ってなさい」
笑っているのに、全然笑ってない、父上が、とてつもなく怖かったので言う通りにした。
よく寝た翌日のお昼、採取組合前の街頭板に「グレンシード卿オーガになる」の文字が踊っていた。
今年最後の更新です。
良いお年を!