42話 オークション
「明日の朝、道場へ1番綺麗な格好で来なさい。いいね?アレク」
「……?はい、お父様」
3人の騎士達は今からお勉強らしくて2階奥の部屋に階段を上って行った。
私は明日の学校への準備をしてると頭の中にいきなり声が聞こえてきた。
(バラムだ!)
師匠の声の聞こえ方と似てたのでびっくりした。
(窓の外に正装して出て来い。髪は馬車の中で結う)
「えっ!あ、ハイ!」
クリーンを掛けて2番目に良い紫色の正装に着替えて革靴を履き剣は2本ともアイテムボックスに入れから玄関の前に転移した。
すると深いグリーンのドレスを身にまとったレディがそこにはいた。
チョコレート色の艶やかな髪を夜会巻きにしてミラージュバタフライの櫛で留めている。
澄みきった水色の瞳の周りにも銀粉がサッと刷毛で塗ってあってまるで瞳の輝きが溢れているようだ。
スッと通った彫刻並みに整った鼻の下には大きめのそれが返ってセクシーに見える唇にはブドウ酒色より少しだけ赤いルージュ。
「……き、きみ。誰?」
「貴方に胸を揉まれた女ですが?」
ルメリーさんにドキドキしちゃった!
師匠と会った時と同じくらい驚いた。
「えっと、ごめんなさい!綺麗だからドキドキしちゃったんです。ルメリーさんかなあって思ったんだけどもこんなに綺麗な人見た事なかったから驚いて」
師匠は言ってた!
レディにドキドキしたら綺麗だと言えと!!!
で、でも、言う度に私がドキドキしちゃって目眩がするし、顔が熱い!
「70点ね!ふふん、ホントみたいだから許してあげる!さ、乗りなさい!」
先にルメリーさんが馬車に乗るのに手を貸したらプラス10点された。
師匠。舞踏会ごっこは役に立ってますよ!
しかし、馬車の中でのウィットに富んだ会話と言うのが思い付かずルメリーさんに背を向け髪を複雑に編まれるに至っては情け無い様な気がしたが、レディを初めてエスコートなんて大役を任されてしまった私の緊張は天元突破している!
漏らさないだけでも、上出来だ!
「……剣提げて良いわよ?今日は貴方のお仕事だから」
「……ルメリーさんのエスコートは誰がするのですか?」
思わず振り返って聞くと恥ずかしそうに私の知らない人の名前を呟く。
「ウィルソンよ。婚約者なの」
私の胸の何かが無くなった。
何だろう?
ウィルソン様は騎士爵を賜わったばかりで親の代から貴族だけど偉ぶった所の無いいい人で、足の不自由な主の騎士になり主の為に日々働いてる勤労青年貴族で黒髪のいい男らしい。
それって絶対、バラムさんの騎士じゃないか⁉︎
私は冒険者モードになり、剣帯を付け剣を両腰に提げて馬車が止まるとルメリーさんに先を譲った。
想像した通りバラムさんの騎士が馬車の脇に立っていてルメリーさんをエスコートして降ろした。
それに続けて私も降りて踏み台を出してくれた従者に銀貨1枚のチップを渡す。
「……安かったかもしれない」
「おーまーえーはー!!!子供らしくない気の使い方をするな!ほら、今日は私の護衛だ!頑張れよ!」
「……バラムさんはいくら出しますか?」
「私とお前のチップが同じ訳あるか!常識を考えろよ!」
そこら中の舞踏会の関係者が笑いを堪えている。
「見目好い女性の冒険者もいたでしょうに、何故私なんですか?」
「……私はこれでも愛妻家だ」
会場へ向かう廊下はホール並みに広い。
そのど真ん中をバラムさんと私は隣合って進むが、何とバラムさん相手への殺気が飛んでくること。
余りにあからさまな殺気には殺気で返してたら、1人の招待客が倒れた。し〜らない!
「コラ!一般人を脅すな!」
怒ってるフリをしながらにやけてるバラムさん。
目障りだったんだね?
「ですが、放って置くと面倒でしょう?バラム様」
「ああいうのは一度でいいからなんか飲み物取って来い!」
「嫌です!」
「合格!50点」
「……残りの50点は?」
「アホ!1000点満点の50点だ」
「……なにそれ?」
給仕が引いて行く。
「……疑ってかかる奴には誰も近付いて来ないって見本だ!わかったか?新米冒険者くん」
「ごめんなさい。じゃあ自分達から食べ物に近寄りましょう!」
「……お前、何か勘違いしてるようだな?ここは、食べ物は無いぞ。オークション会場だからな」
天井まで吹き抜けのホールはすり鉢状の半円形になっていて真ん中に舞台がある。
階段状になった客席には黒いソファが並ぶ。
その1番後ろの真ん中の2人掛けソファに座った。
「ここ座ってる間は完璧に大丈夫だから、飲み物取って来てくれ」
「……ハイハイ!油断は禁物ですよ?」
「おーまーえーはー!」
また始まったお説教を聞き流し転移で目を付けていた、お兄さん給仕からポムの実をくり抜いたアイスクリームを2つもらって、オークション会場に転移したら、皆が驚いた顔をしてる。はて?
「……お前、ここ出入り禁止になったぞ?ん?何だコレ⁉︎」
「転移禁止ならそう言っておいてください!これはアイスクリームです!あ、そうか!毒見しますね?」
私はアイテムボックスからマイスプーン(大)を出してバラムさんの持ってるポムの殻のアイスクリームを山盛りひと匙取って食べたら殴られた。
「本気喰いするな!お前のをよこせ!」
「あー!!!私のアイスクリームが!!!」
「……あ、美味い!ウワッ、早く食べないと溶けるのか⁉︎あ。器と食べたらまた、美味いな!」
オークションが始まる前に食べ切った私とバラム様は器の回収に来た給仕から、新商品の感想を聞かれたので元気にハキハキ答えた。
「ポムのジャムとカスタードのアイスクリームがワンスクープでも載ってたら幾らの値段がついてても買います!」
「……菓子はわからないけどもコレは美味しい。器も全部食べられるといいな」
「貴重なご意見ありがとうございます!また、次の機会にご利用くださいませ!」
「はーい!」
給仕のお兄さんが立ち去ると薄い本を読んでいるバラムさん。
「さてと、ここからは私の仕事だから、話しかけてくれるなよ」
暇だから横から覗き見してたら本もいくつか出品されるみたいで古典語で書かれてる本のタイトルと現代語訳が間違えてる。
「毒と薬の辞典」と古典語で書かれてる本の現代語訳が「毒薬の使い方」になってるし、特に酷かったのが宝石がついている豪華な装丁の本で「私の美姫という名の夜の宝石達」は中身が1枚分読めるようになってるが、内容がいろんな綺麗な女の子達と2つの山となだらかな平野のその先にある芳しい蜜をこぼす花を目印にして三角州に隠された洞窟に入って行く大富豪のおじさんの大冒険記だったのに現代語訳は「宝石辞典」。
思わず、バラムさんに訴えた。
「これ、綺麗な女性たちと大富豪のおじさんが冒険してる日記だよ?」
「読めるなら読んでみろ。暇だから聞いてやる」
私は素直に読み上げる。
「(あー!旦那様許してくださいませ!そこはなにとぞ!)アリーの懇願も私にはおねだりだとわかっている。これだけしとどに濡れ「わー!!!やめろー!何処だと思ってる⁉︎」何赤くなってるの?読めって言ったのバラムさんでしょ!」
「それ程大勢の前で読んで問題がありそうな冒険だと思ってなかったんだよ!!!」
そこら中の大人たちの顔が真っ赤になっている。
その中からお金持ちそうな服を着た帝国人のおじさんが息を荒くして、両手の指に全部はまっている宝石の指輪の中から子供の小指の爪くらいの大きさの紫色の宝石がついたシンプルな銀の指輪と羊皮紙と魔道具のインクが無くても魔力で書けるペンを出して私にお願いした。
「パンフレットに載ってるページを訳してくれたらこの指輪をあげる!」
「銀貨2枚でいいですよ?指輪は貰いすぎですから」
「わかった!いつ頃できる?」
「すぐ、持って行きます!15分お待ち下さい」
「ありがとう!じゃあお金を用意して待ってるね!」
しかし、我ながら吹っかけたな。銀貨2枚でもサギだろう。
現代語訳を隣りから盗み見ていたバラムさんは翻訳が終わる頃には顔どころか耳や首まで赤くなってそれを両手で隠してうつむき唸っていた。
お金持ちのおじさんがいる一番前の席まで持って行き渡して内容を確認してもらうと大金貨1枚くれたので押し問答になった。
「私は冒険記を訳しただけですから、これは受け取れません!」
「冒険記は大変貴重な男の子の夢と希望が詰まった素晴らしい物語だと言う事がわかっただけでも、訳してもらった甲斐があった!これはそのお礼だよ!受け取ってくれないなら君の家に押し掛けてありとあらゆる贈り物をするよ!」
そこまで言われては断れない。
「……では、私の身には過分なご褒美ですが、ありがたく頂戴します。失礼します」
結局受け取ってしまった!
お小遣い出来ちゃった!
ちょっとだけ気分良くバラムさんのソファへ帰るとウィルソンさんがバラムさんに何か耳打ちしてる。
「……大丈夫だ。私もケイトスも転移が使えるからな!ルメリーの所へ早く戻れ」
ウィルソンさんは私の頭に手を乗せると耳元で囁く。
「襲って来たら殺していい」
「はい。わかりました。あの、」
「何だ?」
「ルメリー様とお幸せに!」
ウィルソンさんは微笑んでうなづくと行ってしまった。
後ろからバラムさんの両手が私を抱きしめて、自分のヒザに座らせた。
「……偉かった!恋敵相手にちゃんと祝福してやれたな」
そうか、あのドキドキが「恋」だったんだ。
私はちょっとだけ泣いて失恋を味わって仕事に戻った。
木槌が叩かれると皆が舞台を観て静かになった。
出て来た商品は皆、見た事がないような美術品や装飾品が多くて観てるだけで楽しかった!
本は皆が競り合いになったが、例の冒険記は私に翻訳を頼んだ金持ちのおじさんが公用金貨4万枚で競り落とした。
魔獣素材の番になると静かに素早く皆が値を吊り上げて行くがそれほど大金にはならない。
「ケイトス、お前のが出て来るぞ」
最初に出て来たのは幻惑リスの毛皮だったが1人だけしか声を上げなかった。
「……1枚公用金貨80枚か。季節柄売れただけで良かったな?今、挙手したネウチ毛皮専門店は今からの季節に幻惑リスを獲ったら直接売りに行くと公用金貨50枚では買い取ってくれるから覚えておくといい」
「……ありがとうございます」
そうか、暖かくなると毛皮要らないものね。
次に出て来たのは意外にもヘブンズマンティスの鎌の部分だけだった。
3つの工房さんが大銅貨刻みの激しい競り合いを見せている。
「……そんなに欲しいならもっと捕ってくるのに」
面倒で仕方ないからいつもはブラッディウルフのエサにして誘き寄せるのに使うヘブンズマンティス。
食べたら幻覚作用があるから、ブラッディウルフがヘロってる間に狩をする。鎌だけは食べないから有効活用で持って帰って来たのだ!
「……しかし、何に使うの?草刈り鎌以外」
「カミソリ作ったら、当たってな!今、王都は空前のヘブンズマンティスブームなんだ!」
確かに毎日大人たちは使うし、消耗品だから需要がある!
考えた人、頭いい!!!
そう褒めちぎるとバラムさんは笑った。
「ルメリーが考えたんだ!ケイトスがたくさん狩って来ただろう?少しでも高く売れるように工夫してるんだよ」
「スゴいね!ルメリーさん」
ヘブンズマンティスは1匹分の鎌で銀貨3枚の値段で競り落とされた。
次は誰かが出品した血統が物凄い価値ある馬で、どう見ても白黒の斑模様のあまり綺麗な模様とは言い難い。
しかし、あれよあれよと言う間に値は吊り上がり公用金貨12兆億枚で、競り落としたのはローゲンツ公爵で息子の為の馬らしいです。
アホか!子供に与える物なんて安くて丈夫で健康な馬ならば何でも良かろうが!!!
退席するらしくわざわざ私の前で止まって親子漫才を披露してくれた。
「……父上、そういえば没落した公爵家の養子が幼稚舎に入ってきたのですが、冒険者として稼ぎながら、宮廷騎士学校に通っているんですけど、さっきのカミソリの素材、銀貨3枚でしたか?父上、銀貨って何ですか?」
「知らん!宮廷騎士学校に抗議しておく!そんな下賤な者と同じ学校などとは恥だからな!汚らわしい!」
ブラーナだったっけ?
お前は自分の金じゃないのによく湯水のように使えるな。アホか!お前の親も民から貰った金を何に使ってるんだよ?汚らわしいのはそっちだ!
ローゲンツ公爵親子が去ると今日の目玉商品が出て来たようで皆が騒めいている。
瓶に入れてある妖しい美しさの黒い蝶。
ポイズンバタフライが5つ。
「……誰か幻惑森林行ったんだ!」
「待ち屋が1つしか買えなくてな。出品した」
えー!私のなの⁈
「……え、じゃあ誰が入学金出したのですか⁉︎」
「今からお前が出すんだよ!」
「じゃあ、借金してるってことですか?」
「……うるさい!黙って座ってろ!ああ⁉︎終わっただろう!!!このバカタレが」
会場は沸きに沸いている!拍手が落札者に送られている。
「……やっぱりローゲンツ領立救護院が落札者か」
「……それってここで芝居してたあの親子の物?」
「いや、馬鹿とは関係ない、わけじゃないが、ちゃんとした救護院だ。院長があの親子の叔父にあたるが立派な方だ」
それならいい。
「……金を取りに行くぞ!ちゃんと仕事するんだぞ」
「はいはい!」
会場の舞台の裏に幌馬車が2台止めてあってその中は公用金貨が入っている絹の袋がぎっしり詰まってる。周りには冒険者達が護衛に雇われてる。そこに暴走する燃える馬車が突っ込んで来た。
馬じゃなくてファイアーホースという魔獣が引いている。
咄嗟にウォーターフォールを唱える。
ザッパァアアーーーーン!!!
台風並みの土砂降りの雨の10倍くらいの水が降って来て冒険者達皆がずぶ濡れでファイアーホースはバラムさんが討伐していた。
「「「「「「「「「「「ケイトス!!!テメェ加減って物があるだろうが⁉︎」」」」」」」」」」
「ごめんなさい!久しぶりに水魔法使ったら加減が難しくて」
バラムさんは燃え残った馬車の荷台を見て苦笑した。
「火薬が樽に詰められてて、もう少しで引火する所だった。結果的に良かったぞ、ケイトス」
その日私は無属性魔法の「ドライ」を覚えさせられた。