2話 初めてのおつかい
翌朝、目が覚めると父上に「ちゃんとした格好で」食堂に来るように言われたリリシアにリボンが目立つヒラヒラのブラウスとフォレストウルフの革を鞣したベスト、騎士のズボンにフォレストリザードの革を贅沢に使った編み上げのブーツ。
フリルのブラウスの襟が見えるように作られた丸首の濃いブラウンの金糸の刺繍で縁取りしてあるボレロを着せられ鏡の前に立つ。
「アレクシード様じゃ、これくらいでしょうね。さ、グレンシード様がお待ちですから急いでください!」
確かに私の容姿は平凡だが、リリシアに貶されるとムカつくのは何故だろう?
身分と容姿で他人を区別してはならないと師匠から教えを受けているのにこの女だけは許せないのだ。
あー、ムカつくから考えるのやめよー!
食堂に行くと父上と見知らぬ青年貴族が私を待っていた。
「ちちうえ、おきゃくさま、おそくなってもうしわけありません。
おきゃくさま、ようこそクロスディアりょうへ。おはつにおめにかかります、クロスディアへんきょうはくグレンシードがだい2しアレクシード=クロスディアともうします。こんごともよろしくおつきあいくださいませ」
タレ目の金髪碧眼の成人になったばかりの印のトルコ石の襟留めピンを使っているその人は、優しい笑顔で私に挨拶した。
「アレクシード様、こちらこそよろしくお願い致します。
モンタナ男爵クレイヴが第2子アスター=モンタナと申します。本日からの王都への旅のお供にお連れ下さい」
んん???モンタナ村って隣の畜産が盛んな牧歌的な村だよね?
何故にその方が王都に?
「アレクシード食べなさい。話はそれからだ」
朝からイノシシの甘煮。うん!トロけるよ、ランタナ!一緒に煮てる栗も美味しいね!
父上も食べてる!美味しいかなあ?あ、お代わりしてる。アスターさんはどうかな?
おふっ⁈詰め込んでるね!ほっぺがドングリ詰め込んでるリスみたいになってるよ!!!
フウ〜、私は一皿でお腹いっぱい!
「パレット、おちゃをください」
「アレク様、それが食料庫が霊害を受けて紅茶も使い物にならなくなっているのです。ご勘弁下さい」
言うに事欠いて「霊害」?エメラダ親子の所為だろ!!!
「大変じゃないですか!それ程までにアンデット達は押し寄せているのですか⁉︎ウチの村の備蓄してある小麦を使って下さい!すぐ持って来ますから、少々お待ちください!」
そう言ってアスターさんは転移した。
なるほど!転移能力者なのか!じゃあ時空魔法使いだから異空間蔵も使えるんだな。
父上が別室へ私を手招いた。
いつもは使ってない、ダンスホールだ。僅かにカビ臭い。
麻布にぱつんぱつんに詰められた私の魔石達。
「500個ごとに入れてある。全部で5656個あった。566個は税金としてもらった。これがアレクシードの採取組合証だ。通称、虹証という。身分証にもなるから大事に持ちなさい。普通は赤証から始まるのだが、500個以上の魔石を税として納めた実績から、黄証からの始まりになる。魔物の討伐が出来るのも黄証からだ。裏書きには私の名前が入ってるからこれを見せて王橋を渡りなさい。
…それから申し訳ないが魔石90個はクロスディア領の採取組合で換金させてもらった。
良い石を選んだから300万ステラになった。旅の路銀にしてくれ。
アレクシード、お前の幸運を祈ってる」
「ちちうえはいかないのですか?」
「今朝方、古の森から大規模な霊害が出始めた。10年後までに浄化出来るといいのだが…。
アスターの言う事をよく聞いて、出来れば王都の屋敷に幼年舎騎士学校が終わるまでいてくれないか?」
「ちちうえ、おうとにはたいざいします!くわしいことがきまったらおてがみします!」
「エメラダとルークシードは嫌いか?」
「あにうえもははうえもすきだけど、おかねいっぱいかかるでしょう?ちちうえ、おやさいきらいなのにムリしてたべてるし、かわいそう」
「…昨夜も出かけてイノシシ獲って来たんだって?アレクシードには苦労かけるな。美味しかった。ありがとう」
「ちちうえ、ぜったいしんじゃダメだよ!!!ときどきおいしいものもってくるね!」
「期待してる。体に気をつけて、さあ、食堂へ戻ろうか」
魔石が入ってる麻袋を異空間蔵に入れて虹証はボレロの内ポケットに入れた。
食堂に戻ったら、小麦粉の袋で壁際が埋まっていた。
私の席には戻れそうにないのでアスターさんの下座の席に座る。
「アスターさま、こんなにたくさんのこむぎこ、ありがとうございます!ちちうえ、パンがおすきだから、うれしいです!」
「コラ!アレクシード!!!」
怒られちった!
アスターさんは目に涙を浮かべてうなづく。
「すまないな、早い内に礼はする」
「いずれ僕の村が困ったら、でいいです。ご武運をお祈りしております!」
「息子を頼む!」
「お任せ下さい!アレクシード様行きましょうか?」
「じゃ、ちちうえ、いってまいります!」
師匠巻き込まれてないかな?でも、師匠は大丈夫。
強すぎるから!
父上が心配だなあ。
浄化ってかなり、体力使うらしいから。
浄眼持ちだし、魔力は心配してないけどもマトモなもの食べてないから、後で差し入れしよう!
アスターさんと私はまずグレイ子爵領街道まで転移した。今朝の大霊害を知った人達がクロスディア辺境領から逃げ出すので検問は大混雑だった。
私とアスターさんは話し合ってアスターさんの村を経由してグリッター男爵の街に入りシーカン男爵の宿場町で宿泊し、ドゥルジー市国に入国。
普通ならグレイ子爵領街道で一直線に入国できるのだ。
師匠からの頼まれ事その1を済ませる。
チェルキオ聖教の大聖堂のご意見箱に師匠が書いた手紙を入れるだけというだけだったが参拝客でここも大行列に並ぶハメになった。
ミッションコンプリートしたらもう昼過ぎで、広場の屋台で買い食い。
あんまり美味しくなくて高かったのでドゥルジー市国なんかもう来ないと思った。
ドゥルジー市国とヘキサゴナル国王都の国境橋の上にはこれでもかって言うくらいに馬車や人が並んでた。これでも入国一方通行なのだと言う。
橋の真ん中に大きな門があって貴族専用の門は、右側らしい。
続く馬車の列に並んで3刻すっかり日は落ちていた。
「身分証をお願いします!」
虹証の裏書きを見せたら騎士達が、一斉に敬礼した。
私も敬礼して王都の屋敷に転移した。
アスターさんは初めてウチの屋敷というか、城を見たらしく開いた口が塞がらない状態になっている。
美形のマヌケ顔って面白いよねー。
門から入ろうとしたら槍の切っ先を顔に突き付けられた。
「どこの家の者だ!!!正門から通達が来て居らぬぞ!!!」
「アレクシード=クロスディアです。アスター=モンタナさまとおうとのやしきをたずねるようちちうえにいわれたのですが、かくにんがひつようならおねがいします」
槍が引っ込み片方の騎士が屋敷に駆けていく。
15分程するとルークシードが騎士と共に屋敷から出てきた。
「アレクシード!よく来たね!待ってたよ。さ、屋敷に入って!アスター殿もお腹が空いているのではないですか?どうぞこちらへ」
胡散臭い笑顔でアレクに迎えられて、思わず半眼開きになってしまいそうなのを堪えて、久しぶりにデキる兄に会って嬉しいダメな弟を演じる。
「おひさしぶりです!ルークシードおにいさま。ちちうえから、おてがみをあずかっております。こちらです」
父上からの手紙を異空間蔵から出してアレクに渡すとアレクは光魔法の「灯火」を使ってその場で手紙を読むと、何故かご機嫌になり私達を連れて屋敷の中に入った。
「母上!父上が魔石を今月の終わりにはたくさん送ってくれるそうです!何でも大規模な霊害が起こったとか!稼ぎ時ですよ!」
「まあ!!!それは良いわね!誰か、アレクシードを食堂に連れて行って夕食を取らせてちょうだい」
あまりに情が無い会話にいや〜な気分を味わっているとアスターさんが私の頭を撫でてくれてる。
アスターさんは隙の無い笑顔で色ボケババアに色々嫌味を言ったがどれもエメラダ親子には通じて無かった。
自分達の暮らしが良ければそれでいいらしい。
「ああ、そうだ。アレクシード。お祖父様が宝物殿を私達に見せてくださるとおっしゃってる。王都を満喫したいのはわかってるけど2日後の朝には屋敷の中にいるんだぞ?」
「わたしにはおそれおおいです。あにうえだけでいってくればいいのではないですか?」
馬鹿馬鹿しい!そんな事の為に私を呼んだのか!呆れた!
「お祖父様はお前にも何か下さるそうだ!陛下の命令だぞ!!!絶対、行くんだ!」
王命なら仕方ない。
私がうなづくとアレクは満足そうエメラダ様と食堂から出て行った。
出された贅沢な夕食を食べて、益々複雑な気持ちになる。
父上ちゃんと食べてるかな…。
私の事に失望して、やらかした父上が悪いのだけど、クロスディア領の事を考えると仕方ない。
女癖が悪い父上だが、良い領主だし、使用人達の虐殺さえしなければ私だって許せた。
虐殺は許されない!
父上だってわかってるはずだ!
父上はあの日から何かを吹っ切るように、古戦場跡に行き日々浄化に努めている。
優しく強い父上を自慢に思いながらも、殺された使用人達の事を考えると暗澹とした気持ちになる。
父上はそんな残虐な事はしない。
…そう思いたがる私がいる。
部屋に案内されたが私の部屋でもアレクの部屋でも無かった。
なんか、使用人の部屋だよね?
しかも、アスターさんと同室だと言う無礼。
「わたしはこのいえのものですから、いいです!しようにんのへやでもいいので、アスターさまにこのおへやよりいいへやをすぐによういしなさい!」
王都の屋敷を任せている執事頭のサヴァンは体を2つに折るような礼をしたまま、動かない。
「実は奥様のご友人達が宿代わりに良い部屋を利用なさっていて、この部屋も5日間だけ奥様の使用人を追い出して間借りしてる部屋なのです!申し訳ございません!」
「もういい!!!いこう!アスターさま」
王都に初めて来た時に使った高級宿の前に転移して、入り口で50万ステラを渡して2人部屋を取った。
何だか、2年前よりもいい部屋だ。
炭酸果実水が部屋付き執事に持って来られて今が旬のパウが皮を剥かれて種を取ったものが給仕された。
アスターさんが喜んでいる。
「甘くて美味しいね。アレク様」
「ホントぶれいでごめんなさい!アスターさま」
「フフ、お父さんに自慢出来るよ!明けの星亭に泊まったって言ったら、びっくりするだろうな」
そしてヨシヨシされて思い出した!
「さいしゅくみあいにあすのあさいきたいんだけど、ちちうえのかわりにつきあってくれませんか?」
「魔石を換金するなら今から行った方がいい。朝はハンターでいっぱいだからね」
「……なんでませきのことしってるの?」
「……ごめん!君とグレンシード伯の話を聞いてた。食堂にいないから探してたらダンスホールに執事がいるって言ったから行ったら、話が途切れるのを待ってたら、その、どんどん入りづらい話になって…とにかくごめんなさい!」
「……ナイショね?いまからつきあってくれますか?」
「お詫びに付き合わせて下さい!」
その言い方が面白かったので盗み聞きは許してあげることにした。
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