17話 約束とお別れ
それから夕食まで、父上を屋敷の中に案内したり、明日からの荷物を作って過ごした。
夕食はハンバーグとナポリタンスパゲティとパン。
私の好きな物ばかりで、嬉しくてあと一口も食べられないくらいお腹に詰め込んだ。
父上達と大浴場に入ったら父上達の身体は傷だらけで私は不安になり泣いた。
「スケルトンやゴーストやリッチなら魔法だけで片付けられるんだが、スカルナイトが割と厄介でね。剣術が苦手だった私は聖騎士団がいないと今生きてない。剣術も魔法も得意なアレクがいるし、これでも剣術もそこそこ使えるようになったから泣かないでくれ」
私の身体を不器用に洗いながら父上は私をあやした。
「……父上、死なない?」
「アレクが騎士になるまで意地でも死ぬものか!」
父上、元気になった!
父上の身体は柔らかな筋肉で覆われていて、鍛えているのだなと、洗っていて思った。
部屋があまりないので、父上は私の部屋で寝る事になった。
父上は何かの契約書を書くと丸めて私に渡した。
見ると難しい単語が並んでるから読めない!
しかも、帝国語だ。
「……何て書いてあるのですか?父上」
「アンデットの魔石の販売をアレクシード=クロスディアに一任する事を許可する、だ。これはクロスディア辺境領の住所で、これが私の名前のサインだよ?
帝国語が出来ないと大変だな…」
『出来るよ!アレクシード=クロスディア5歳です!』
帝国語を話すと父上がポカンとしている。
『趣味は鍛錬とアンデットの討伐です!「待ちなさい!何を言ってるかサッパリわからない!バラン様を連れて来てください!」…はい、わかりました!』
発音は完璧だって師匠が言ってたのにな。
バランの部屋に転移すると書き物をしている。
「バラン、様」
「……様はいりません!突然部屋の中に入って来ないでください!アレク様。何の用ですか?」
「なんかね、私の帝国語がおかしいから父上がバラン連れて来てって」
「自己紹介して下さい。帝国語で」
『クロスディア辺境領出身のアレクシード=クロスディア5歳です!趣味は鍛錬とアンデットの討伐です!』
「……この紙に今言ったことが書けますか?」
新しい羊皮紙とペンとインク壺を差し出したバランに私はうなづくと、なるべく綺麗な字で自己紹介を書いた。
読んで額を押さえたバランは、私の手を握った。
遠慮なく私の部屋へと転移した。
父上がバランに非礼を詫びる。
「夜遅くに申し訳ありません。バラン様、ウチの子が聞いた事もない言葉を流暢に話すのです!博識なバラン様ならばご存知かと思ってすがりました」
バランは、私の書いた帝国語(?)を父上に見せた。
「……まさか、ウチの子はコレが帝国語だと思っている?」
「……いえ、帝国語には間違いないんですが、800年前に使われなくなった古典の言葉です」
やらかした〜!!!師匠!何してくれてんの!!!
バラン様は私の顔を見つめながら父上に余計な報告をした。
「国語の単語をまともに書けない。そう思ってたのですが、古語なら綴りが間違ってないのかもしれません。でも、話し言葉は流暢なんですよね。それが不思議なんですけど」
「……アレクシード、怒らないから言ってごらん。何者に勉強や、剣術を習ったんだ?」
何者、と来たか!
でも、師匠から教わる前の約束で、師匠から教わったと絶対言わない事を契約してあるから、師匠が話してない限り、私は話せない。
「言えないような人なのか?」
「師匠はスゴい…だった」
ハイ!規制が入った!人じゃないからね!
「……言えないのか?」
「はい、約束、ですから」
「剣術もその方に?」
「はい!魔法も教わりました!」
父上は私の頭を撫でる。
「それだけでその方がアレクの良い師だった事がわかるよ。話せないなら話さなくていい。ありがとう」
「……私もついて行きます!貴方の侍従として!」
バランの宣言に父上と私はギョッとした。
「他にも護衛が何人かいた方が良いですね!明日までに選んでおきます!」
「あ、待っ」
バランは急いで部屋を出て行った。
追いかけようとした私を父上が止めた。
「考えようによっては良いかもしれない。バラン様は公爵家の出身だから語学に堪能だし、アレクが学校で学べない分を補填して下さる。バラン様には家庭教師代として、然るべき対価を払うのですよ?」
「ハイ、父上!…相場はいくらぐらいですか?」
「1年で金貨400枚だな。そんな顔をしなくて大丈夫だ。帝国では、ヘキサゴナルよりアンデットの魔石は高いから」
「いくらで売ればいいですか?」
「指輪用で1つ金貨3枚はするから、せめて2枚くらいで売るように。直営店ですからね!」
「父上に幾ら納めたらいいのですか?」
「……さあ?」
父上は商売に向いてない人だ、絶対!
「……父上に6割納めます!」
「それはさすがにもらい過ぎだろう!」
「父上、騎士団のお給料も上げないと騎士達が可哀想です!」
「……そうか?でも、騎士1人に年に金貨1000枚〜1200枚は出してるぞ?」
ウチの騎士達、割と高給取りだった!
ちなみに近衛騎士団のお給料をバランに聞いた事がある。年収金貨800枚程度らしい。
「高給なんですね。失礼しました!
父上のお召し物や、食糧を買うのにお金がかかるでしょう!それにいざという時お金が無いと命に関わります!貯金をしましょう!」
父上は昏い目をした。
「……貯めてもエメラダ達に使われるだけだから、いざという時はそなたに出してもらうから貯めておいておくれ」
「……父上。……わかりました!!!不肖、アレクシードたくさん貯金します!!!」
「それで良い」
あれぇ???クソッ!丸め込まれた!!!
父上は、ベッドに横たわると私を引っ張りこんで、布団にくるまった。
父上と寝るなんて初めてだけど、よく眠れた。
いつも寝坊のアスターに起こされて、慌てて身支度をしたら、朝食も食べられない時間だった。
リョウちゃんが、サンドイッチとおむすびをバスケットに入れて用意してくれていた。
リョウちゃんはチェルキオ公用語は書く事しか出来ないから、木の板に大きく「元気でね」と書いて弟子達と一緒にお見送りしてくれた。
父上は手紙を私にくれた。
私は帝国から書こう!
「身体に気をつけて!」
「父上も!ケガや病気に気をつけて下さいね!」
何故か涙が出そうになるのを唇を噛んで堪えたら、皆が笑った。
「変な顔をやめなさい。アレクシード」
「父上は自分がカッコいいから、変な顔にならないだけで父上も変な顔してますからね!」
「……仕方ないだろう。悲しいのだから!」
「父上ぇえ!!!」
「ハイ!そこまで。転移して行かないと間に合いません!行きますよ!」
アスターに襟首を掴まれて魔術士の書いた移動魔法陣に乗る。同行する弟子たちはバランとアミルを含めて7名。アスターと私で9名の大所帯だ。
アスターが転移させる。
移動魔法陣はただの増幅装置なので、転移するのにしっかりとした目標が転移者に無いと不発に終わってしまう。
飛空艇乗り場は学校と名のつく施設に行った事がある貴族なら、高等科で遊学旅行という1カ月間の語学留学があり1度は必ず使うから知らない成人貴族はいないらしい。
父上が昨日屋敷内を歩きながら教えてくれた。
飛空艇はヘキサゴナル国で5艇しか無くて、その内の一つが王家の所有物。
それに今日乗るのである。
私は父上にもらったアンデットの魔石の詰まった木箱10箱しか異空間蔵に入れてない。
着替えの詰まった鞄は異空間蔵が使える弟子の一人リオーネ=オペークが全員の分収納してる。
そう、彼はクロスディア辺境伯家の寄り子オペーク子爵の第3子なので私は知らなかったが敬われているようだ。
アスターと同級生だという。
まだ完全に全員の弟子の名前を覚えてないので、自己紹介して欲しいくらいだ!
飛空艇乗り場に無事、転移出来た。
王家の飛空艇前まで更に転移したら、雪のちらつく中お祖父様達、見送りの方々を待たせていた。
「おお、来たか!アレクシード」
「お祖父様、寝坊してしまいました!申し訳ございません!」
「遅刻はいけない。どんな、理由でも信用を一瞬で無くしてしまう。気をつけなさい!」
「はい!お祖父様、皆さまも改めて申し訳ございませんでした!」
きっちりと略式礼して謝罪すると皆さま渋々許して下さった。
お祖父様はそれから、私に手紙を下さった。
「あちらに着くまでに読みなさい。では、元気で、な」
「…はい!…お祖父様、行って参ります!お体に気をつけてお過ごし下さい!」
「アレクシード=クロスディア様御一行!急いでください!」
飛空艇入り口から名を呼ばれてお祖父様に背中をそっと押された。
「はい!行きます!」
付け階段を上って飛空艇入り口から私達が入ったら、すぐに入り口が閉まった。
まずは、出発を待っていたキスカ帝国に行く貴族や商人達にお詫び行脚する。
「お待たせして申し訳ございませんでした!」
「いや、私達乗客は貴方のおかげで、飛空艇に乗船出来て嬉しかったけども、乗務員達は雪の中出発することになって腹が立ってるみたいだから何か差し入れしておくといい」
「ご助言ありがとうございます!」
リオーネが異空間蔵からリョウちゃんにもらった軽食の入ったバスケットを出した。私は受け取った。
まさか⁉︎
バランがうなづきリオーネからブドウ酒も木箱一つ分受け取った。
「「「「「「「「私達は屋敷で食べたのでこれを差し入れにして下さい」」」」」」」」」
「……はい、皆ありがとう」
さよなら。私の朝食(泣)
しかし、朝食の差し入れの効果は劇的だった!
乗務員さん達のお客様への対応が良くなり私達への風当たりもマシになった。
助言してくれた人にもブドウ酒を持って行くとヒマを持て余していたようで何か話をしてくれと言われた。
ヨーゼフ=ダントさんは淡い桃色の髪に水色の目をした着道楽な成人男性だ。…というのも青年という程若くもなく、中年という程の年齢にも見えない。
着てる物もとても良い生地を使って仕立てているどこの国風でもないオーダーメイドと一目で分かるオシャレな服だ。
手首にニカレ工房のアミュレットをしてたので、装飾品も好きなのかと思ってデルフィ工房の事を話したらガッツリ食い付いて来た。
主にジョンキル子爵領からどうして引っ越したのか、ジョンキル子爵領の他の銀細工工房はどんな感じかを詳しく聞くとあげたブドウ酒を瓶に口を付けてあおっていた。
「……ハア〜!!!飲まなきゃやってられないよ!…ジョンキル子爵領はもうダメだね。
ヘキサゴナル国内の仕事がまた、減るのか!あああああー!!!」
「銀細工師さん何ですか?」
「いや、魔石や宝石に魔法付与する魔法陣を描いて売るのが仕事。どちらかといえば魔法使い?1枚公用金貨100枚から売ってます。1年保証は当たり前、点検もするし、アフターサービスも欠かしません!
さあ、買うなら今だよ!」
「……2枚下さい!」
「ノリが良いね!工房持ってなきゃ買えないから、ダメだね〜」
「アンデットの魔石の直売店、カルトラに出すんですけど、それじゃダメですか?」
ダントさんはめっちゃキラキラした目で私を見つめて両手を取って頬ずりした。うん!子供か!
「私の魔法付与陣、委託販売してみない?えーっと、君なんて名前?」
自己紹介してなかったっけ?…してないかもしれない!慌てて自己紹介をする。
「失礼しました!アレクシード=クロスディアと申します」
「……本家本元の直売店!到着して1週間経ったらとりあえずの仕事が済むから契約しよう!住む場所は決まってる?」
「いえ、騎士学校が用意してくれてるみたいなんで、
まだわからないです」
「……おかしな話だなあ?試験を受けたときに、紹介してくれるハズだよ」
「……実は…」
ラスター伯爵に嵌められて、帝国の騎士学校に行くハメになった事を初めから現在まで話してたら周りで聞いていた1人の貴婦人が、話しかけてきた。
きっちり結った栗色の髪に、エメラルドグリーンの目のキツめの顔の美女は私に容赦なかった。
「暗殺を免れて帝都騎士学校に入学出来るつもりなら、貴方は相当なお馬鹿さんね!
貴方のお祖父様がやった事は犯罪です。いかにヘキサゴナル国の貴族と言えど罰せられるでしょう!
つまり、貴方は入学する資格は無いのです!」
「これに乗せてもらって帰ります!」
「……ま、試験だけでも受けられない事は無いんですが、ね」
「あー、帝国語出来ないんで、良いです!」
「チェルキオ公用語の試験用紙もあるわ。暇つぶしに受けてみなさい」
編入試験を受けることになりました。