14話 最初から
パーティーの翌日からデルフィ工房の仕事が始まった。
カリナさんから聞いた条件の厳しさに眉が寄った。
赤証からだから、他の工房の下請けの仕事からだそうだ。
とにかく数をこなして次の虹証、橙証に上がらないと店舗が開けないのだ。
橙証は大体の人が朝から夕方まで路上販売で日銭を稼ぎ、家に帰って下請けの内職と明日以降の商品の作成。寝る時間は無く、アクセサリー職人の大部分の人が橙証で他の仕事を探して辞めてしまうらしい。
その点マリス達は赤証の試練を抜けたら、自作の商品を売ればいいだけだから、他の職人より恵まれている。と私は思ってました!
「……そんな簡単なら皆アクセサリー職人よ!それぞれの色証で価格帯が細かく決まってるの。魔道具機能なんか紫証じゃないと許可されないの!
だからデルフィ工房のオリジナルのサイズ調節機能のついた指輪を売るには最短で2年、最長で5年以上かかるわ!…それなのに下請けの仕事は指輪10個だけ。ああああっ!!!」
アスターが私の手を引いて工房の外に出た。
「……しばらくほっときましょう。最初からはリトワージュ剣術もそうですから」
そうだった。他人事じゃない。
師匠に教わったこと全てリトワージュ剣術を学ぶ者たちに渡すと決めたのだ。3歳から4歳までの1年間の基礎と魔法の知識。4歳から5歳までの実戦体験。
うん!頑張ろう。師匠見ててね!
リトワージュ剣術の門下生全員集めてまず利き手じゃない方を使っての食事から始めた。
料理人はドラゴンフレーバーから派遣されたリョウという成人前の10歳くらいの黒目黒髪の少女だが、1年10カ月400日契約で金貨400枚。足りない人手は料理を担当していた弟子3人を付ける事で解消する。
マリスの母、女将さんことクリスさんは洗濯と掃除を弟子達と担当。
クリスさんにも1年ごとの契約で金貨400枚前払いした。
おまけにヨザック兄上の所からも全員引き取ったので食べ盛りの男の子からよく食べる青年達まで49名。
食費稼ごう!
2階の各会議室は大部屋に変身。
アスターと私でベッドと布団を商業地区から運んで6往復は転移した。
容量がたくさんで転移すると魔力を余分に使うのでアスターは夜まで倒れていた。
前庭は訓練場になり、夜と雨の日だけダンスホールを使うことにした。
魔法の講義は食堂の長〜い机を使って拡声器で行う。
最初の一週間は環境と基礎の反復練習に慣れなかった成人した弟子達も1週間続けると成果が現れてきた者もいたりして、負けたらいけない戦いになり自発的にやるようになるまで、そうかからなかった。
1週間に一度はクロスディア辺境領にアスターと里帰りして、大量の食糧を配達する。
2日はいて、アンデットを討伐して魔石を大量にゲットして王都に戻ったら依頼があった分だけ売る。
それ以外の日は師範代として弟子達と手合わせしながら、戦から1カ月が経った。
陛下からの招聘を受け、氷月1の週祈りの日に御前試合をすることになった。
それまでの3日間ヨザック兄上と本気の手合わせ。
双剣は封印してロングソード1本で真剣勝負。
ヨザック兄上は強かった。
ケガさせずに負けてもらうには強すぎてお互い試合が終わった時には服が剣圧でズタボロだった。
ヨザック兄上は私に試合直後、肩で息をしながらゲンコツした。
「随分と余裕があるようじゃねーか⁉︎ああ!腹立つ!!!この俺が本気出して一刀も入れられないとか、お前さんどんだけ強いんだよ!クソぉおおお!!!風呂入ってメシだ!!!」
私、自慢の大浴場に門下生全員で入って背中を流し合い交流を図る。
いつもならアスターが世話してくれるのだが、今日はヨザック兄上が私を押さえつけて全身洗っている。
「兄上!痛いよ!」
「それは俺のプライドの痛みだ!!!甘んじて受けろ!」
わけわからん!
仕方なく抵抗を諦め、洗われてあげたら、兄上が私にスポンジを渡す。
「背中洗ってくれ!」
初めてだけど、面白そう!
石けんをスポンジにつけてゴシゴシ擦る。
「痛え!俺は洗濯物じゃねーよ!!!優しくしろよ!あひゃ⁉︎くすぐったいだろう!もう少しだけ力を入れて!」
…注文が多いな。他人に奉仕することってその人が好きじゃないと私はムリ。
「体は元に戻ってるみたいだな?」
「基礎練習してたのが良かったみたいで、おかげ様で順調に回復してます!」
武闘家の大人の人達って、どうしてこんなにおっきい身体してるの?
私も大きくなるかな?
父上も結構着痩せするタイプだから期待していいかもしれないです!
御前試合までの残りの2日はとにかく模擬試合をたくさんしたが、弟子でまともに試合できたのは、バランとアミルだけだったから、2人がかりで掛かってきてもらった。
剣圧で花壇がやられ、地面は抉られ、石畳が大きくヒビ割れた。
結果、家の経理を担当するラプナーから3人とも目から火が出るほど怒られた。
御前試合の後に花壇の花と木を植えることを約束させられた!
私が花壇などいらないと言ったら、ゲンコツされた。
そして、貴族の心得から始まるお説教を1刻聞く羽目になった。
ラプナーにはもう逆らわないです。
夕食を食べるのもサマになってきた門下生たちに、派遣シェフのリョウちゃんが「ハシ」を全員にプレゼントしてくれた。
皆、女の子からの贈り物にメチャクチャ喜んだ。
しかしこれが悪夢の始まりだった。
2本のペン軸ほどの長さの棒で煮た豆を一粒づつ摘んで食べたら両手がもっと使えるようになると言うのだが、まず持ち慣れない持ち方に皆、苦戦している。
豆を食べる以前の問題だ。
私は何とか半刻で食事を終わらせた。
元々1刻半ラプナーに説教されていたので、もうお風呂の時間だ。
バランとラプナーとアミルが大浴場に入って来た。
バランがアスターの代わりに私の背中を洗ってくれた。
私もお返しにバランの身体を洗ったら脇腹が青アザになっている。
私は明日、御前試合から帰って来たら、憲兵隊に自首することにした。
バランに言うとあの真面目なバランが、大笑いしながら自首を止めた。
「カリナ様が言ったのは極論です!大袈裟に言ったのですよ。
それよりも成人組からお願いがあるのです」
「はい!まず、お風呂に入りましょう?」
湯船に浸かると、バランとラプナーの間に挟まれて座る形になった。
「パルミ達、平民の年少組の事何ですが、使用人としてのアルバイト料を全部、親への入門金の返済に充ててるんです」
あー!それでお金がないから走り込みに行っても買い食いしないのか。
「……わかった!弟子全員に1カ月に1回お小遣いを私の貯金から渡すよ!」
「「私達はいいです!」」
「いいの!こういう時にケチるとロクな目に合わないって師匠が言ってたから。金額的には子供のお小遣いの範囲しか出せないけど、それで良い?」
「イイ!わあい!俺にもお小遣い♪」
アミルは子供の心を持つ成人男子だ。
陽気な人気者である。
「ねぇ、ラプナー、子供のお小遣いってどのくらいかなぁ?私はもらった事無いから今一つわからないから、1万ステラくらいでいいかな?」
「えー!2万ステラにしてよ!」
貧乏(自己申告)とはいえ子爵家出身のアミルの金銭感覚に頼ってはならない。
ラプナーに殴られてお湯に沈むアミルをバランが引っ張り上げる。
「金額は総師範代に聞きましょう。そろそろ食事に来るでしょうから」
私はラプナーの提案にうなづいた。
ハシで食事をしてイライラしたのか、ヨザック兄上はご機嫌斜めだった。
「そんなもんやらなくていい!生活費全部お前さんが見てるのに、小遣いまでなんて、ゼイタク過ぎる!誰がいい出した⁉︎そんなこと!」
「私だよー!お小遣いってもらった事無かったから、あったら嬉しいし、楽しい事が増えるだろうな、って。だからあげたいの。でも、人数が多いから1カ月に1万ステラくらいしか出せないだろうけどね〜」
ヨザック兄上は唸ってる。
「気持ちはわかったが、1カ月1万ステラはやり過ぎだ!ちょっと待て!適切なお小遣いの額を周りに聞いて見るから!」
「ありがとう!兄上!」
抱きつくと頭を撫でられた。
「……お前さんが金を出すのになんで俺はお礼を言われなきゃならんのだ?
アレク、大人は自分で稼がせろよ?成人以上はお小遣いナシだ!!!
虹証は持ってるんだから、魔獣狩りでも、夕食の肉の調達でもいい!
何でもさせろ!」
「……だって!そしたらアスターが!!!」
「……ああ、ね!それで全員か。仕方ねーなあ!ま、何にしても明日は頑張れよ!お小遣いの金額は要調査だ!!!ほら、さっさと寝ろ!」
部屋のある3階への階段へと方向転換させられて背中を押して私を前に進ませる。
ま、何でも一歩づつだ!