11話 脳筋野郎
結局全部カリナさんに案内されて工房を渡り歩いたがどれもこれもデルフィ工房より数段劣っている。
しかし、機会を与えないとウデの磨きようもないので、各工房に100個づつなら卸すとカリナさんに伝えると、めっちゃ喜んでくれた。
夕方に王都から出航する船に乗ってロンデル川をジョンキル子爵領まで下る。船着き場で船から降りるとマリスを探したら相変わらず後ろの方で旗を掲げてぴょんぴょん飛んでいる。アスターとマリスの後ろに転移するとマリスの手を引いてデルフィ工房の馬車に乗る。
マリスはやっと私達だとわかったようで喜んでいる。
「話は工房についてからね?」
そう言ったら馬車で人が跳ね飛ばされるくらいのスピードで工房前まで馬を急がせた。
散々な乗り心地にアスターも唸っている。急に止まったから馬車の天井で頭を打ち付けたのだ。
馬車のドアが開き、私はマリスに引っ張り出された。アスターが慌ててついて来る。
客でいっぱいの店内を通り越して店の奥の工房へ。
「出しなさいよ!!!」
「わかったから、落ち着いて?」
ピサロさんに手間賃を渡して数えてもらった2000個の指輪用のアンデットの魔石を木箱のまま渡す。
「「「フォオオオオオオオオオオオ!」」」
フタを開けると3人の職人のテンションは最高潮だ。
ドン引きしてる私達2人は、とりあえず夕食を食べる為に裏手にある宿の食堂に行き、地元の人達と話して情報収集する。
ジョンキル子爵領で賑わってるのはこの街だけらしい。
旅人には王都から直ぐだから似たようなものが並んでいてつまらないらしい。
そこで船着き場があるリュクスを銀細工の街として売り出すと大当たり!
大体の工房が宿を持ってるようだ。
その中でも王都からわざわざ買いに来るのはデルフィ工房だけ。
マリス、ばりー、ユンの3人全員が紫証を持つ職人で、王都にもそんな工房はないらしい。
おかげで同業者から妬まれて宿の予約を妨害してるようだ。
話してくれたおじさん達に、酒を奢り冷めた食事を食べる。
「……アスター」
「はい」
ただでさえ妬まれてるデルフィ工房。
独占的にアンデットの魔石の商品まで売り出したら?
「このままじゃダメだよね?」
「マズい事になりますね」
宿の部屋で私達はある作戦を立てた。
まず女将さんを説得した。
女将さんが大変重要な役割を果たすので心を込めて説得したら、デルフィ工房の不安定な立場に最悪王都に行くしかないかと思い詰めていたらしい。
店の領外への移転は赤証からの出発になる。
つまり、仕事が限られて収入が減り仕入れが困難になるのだ。それに王都の土地は高く工房地区は10年以上住まないと土地が買えない。
だから、王都に店を構えているのは王都に代々住む職人だけだ。
以上カリナさん情報である。
今から作戦開始だ!
女将さんが工房に差し入れの夜食を持って行く。
私とアスターは工房の外の窓から洩れ聞こえる室内の声に耳を澄ませる。
[やったー!夜食待ってました!]
大きな声なら普通に聞こえることがわかってアスターとうなづき合う。
[マリス、アンデットの魔石の商品売るのやめましょう]
始まった!
[な、何言ってるのよ?母さん!喜んでくれてたじゃない!何でそんな事言うのよ!!!]
[この工房だけ儲け過ぎてるのよ。嫌がらせもあったけど、まだ、耐えられるくらいだったわ。私の宿の利益を考えなければいいだけだったもの]
[だからこそ、この魔石で儲けてお客さんを呼ぶんだ!]
[その結果、デルフィ工房は儲けるでしょうけど、宿も食堂も何をされるかわからないわね。…貴方達には黙っていたけれど、食堂に乱暴な人達が1日に何度も繰り返し来たわ。新商品が売れ始めた頃の事よ]
[アイツらぶっ殺してやる!]
[待ちなさい!話はこれからよ!宿の客はあきらめるから、食堂と工房には手出ししないでくれという約束をしてやっと普通の生活に戻ったの。
……でも、今度こそ見逃してくれないわ。アンデットの魔石の商品の独占販売なんて!
私は、他の工房も同じように魔石が手に入ると思ってたのよ。アレク様に聞いて青くなったわ。
マリスお願いよ!アレク様達に頼んで他の工房にもアンデットの魔石がいくらか回してもらえるようにしてから販売してちょうだい!
それがダメなら…皆で王都に引っ越して赤証から始めましょう!]
ヨシ!!!やりきったね!女将さん!
さ、部屋に戻って寝よう!
朝までぐっすり寝た。ベッドから上体を起こして驚いた!
部屋にあるソファに座って声を殺し泣いているマリス。
「……やっと、起きたのね!話がある!!!」
「着替えるから、ちょっとだけ待って」
しかし、マリスは待たなかった。夜着姿の私をソファに引きづって行き座らせた。
そしてマリスは床に座って手を床について頭を下げた。
「リュクスの他の工房にもアンデットの魔石を卸して下さい!!!お願いします!わぁああああん」
「……いくつ工房があるの?王都で売ったからそんなには在庫持ってないけど、1週間待ってくれたらそれなりに用意出来るよ?泣かないでください。マリス」
「……ぎいでぐる!いぐづぼじいが!」
「多くても1年で1000個までにしておいてください。
値段はデルフィ工房より安い値段では売らない事にしてるから、それも伝えておいてね」
「ありがどう!!!アレグ!」
走って部屋を出て行ったマリスにこれで大丈夫かなと、作戦を確認しながら貴族の服に着替える。
あー!ラッカ男爵に支払いと仕立てを何着か頼まないとな。
アスターが1刻後にやっと起きた!
中間報告しているとすごい勢いで誰かが階段を上ってこの部屋に入って来た。
ユンさんだった。
「アレク様!!!直ぐに食堂に来てください!他の工房の代表が一度ご挨拶したいと、押し掛けてきたんだ!」
「アスターが着替えたら行くよ。お茶でも出しておいて」
「はい!」
ユンさんが部屋を出て行った。
アスターが着替え終わった。
そして私の服の着方を直してくれる。
「思っていた通りになって来ましたね?アレク様」
「うん。アスターの考えてた通りに事が進んでいるね」
私達は部屋を出て1階の食堂に降りた。
1.2.3.4.5…12.13.14か。割と少なかったな。
「集まってくださってありがとうございます。しかし、どう言う集まりなんですか?私はこの通り子供ですし、マリスに条件は伝えてますが?」
偉そうに、だ。生意気な子供だと思ってもらわないといけない!
「あの小娘ではなく貴方様と商談をしたいのです!」
「悪いけど、マリスは私の友達だから皆にアンデットの魔石を買う機会を与えて欲しいっていうお願いを聞いてあげたんだけど?マリスと話が出来ないなら面倒だからお話しない!」
「私共に任せてくだされば楽に話が進みますよ?」
「アレクシード様、聞いて差し上げても良いのでは?」
アスターなかなかの役者だなあ。
「アスターが相手すればいい!私は絶対マリスを通してしか依頼を受けないからね」
私は部屋に戻って待ってようか。
部屋に戻るとお腹が鳴った。
「……なんか、食べ物無いかな?」
こんな時に不謹慎だがそう思ったのだ。
異空間蔵を全部出して見たが見事に服とアンデットの魔石しかない。
また、お腹が鳴った。
もう待ってられない!
1階の食堂まで降りる階段の途中で止まった。
あの穏やか〜なアスターの怒鳴り声が聞こえる?
[条件の1つも貴方達と来たら守ってもらっしゃらない!怒りたくもなります!アンデットの魔石は青証のハンターであるアレクシード様が命がけで取って来たものなのです!こんな安い値段で売れるものですか!
お話し自体なかったことにしていただきます!不愉快だ!!!出て行け!]
[し、しかし、隣りのマルカン公爵領ではこの値段で卸されていると言うではありませんか!不公平というもの]
[何ぃ⁈それは本当か!!!]
出て行こうか。階段を下りて食堂に顔を出してアスターに聞く。
「何怒ってるの?アスター、部屋まで聞こえてくるから降りて来たんだけど?」
アスターは私の前にひざまづいた。
「ご報告申し上げます!辺境伯様がチェルキオ聖教に喜捨してる魔石がマルカン公爵領内で安値で売られているそうです!」
「うわぁ!大変、父上どうするかなあ?言っておくけどこれから安値で市場に出回ったりさせないから、私が、ね!デルフィ工房はもし、王都に引っ越しても私が支援するよ。最初からそうすれば良かった!
ま、おかげでマヌケな安売りしてる奴の情報も手に入ったし、ま、いいか。女将さん昼食3つお願いします」
私がカウンターに腰掛けるとアスターも隣りの席に座った。
「このまま、実家に帰ることにした。父上にドゥルジー市国に抗議の申し立てに行ってもらわないと行けないから、その間私が代わりにアンデットの殲滅に取り組むよ。アスターはモンタナ領で待機してて」
「……今ほど私が強ければと思ったことはありません!」
「私はアスターの知識に助けられているよ。いつも、ありがとう。剣は私が振るうからアスターは知識で私を支えてね」
「アレク様…わかりました。私如きの知識でいいなら幾らでも捧げましょう!」
アスターがニコニコになった。
そうそう、アスターはこうじゃなきゃいけない。
「しかし、工房を屋敷内に作るなら一旦、王都に戻りましょう。ラフネ男爵に事情を説明しないといけませんし」
そうか、それもあったなあ。
「食べたら行くよ」
「はい」
リュウキュウの酢和えは初めて食べたけど美味しかった。
女将さんいわく、通の味なんだとか。
メインはやっぱりアンユの塩焼き。
それから腹持ちがいいあの白い粒と茶色のしょっぱいスープ。どれも家庭の味って感じで美味しくいただきました!
女将さんに荷物をまとめておくようにいい、王都の南門へ転移する。
こちら側は交通量が少ない検問所らしい。直ぐに通れた。採取組合まで転移して青証の窓口でカリナさんに声を掛けて個室に移動する。
なんだかいつもより良いお部屋だ。
紅茶をサーヴされアスターとごちそうになりながら工房併設の屋敷が売りに出て無いか聞くとあるけど古くて大きな屋敷なので買ってからが大変だと言われたがこちらの事情を話すと、直ぐに売ってくれた。
公用金貨2500枚が飛んで行ったが久し振りに見た残高がえらいことになっていて、金貨2500枚くらいいいか、と思えた。
カリナさんが大興奮している。
「まさかのデルフィ工房の移転!!!これはもういろんな人に話しちゃうわよ!」
マリスの父親の代に何度か王都に移転しないかと王都組合が話をしても首を縦に振らなかったらしい。
マリスが跡を継いでもヘキサゴナル国内屈指の銀細工工房の名を国外にも広めている超人気工房なのだそうです。
知らないというのは恐ろしい事だな。
特例で工房を持つ事を認められることになったが赤証からのスタートには変わりが無いらしい。
「……それでね、屋敷を使えるようにして欲しいんだけど?金貨1000枚くらいかかってもいいから1週間以内に終わらせて欲しい」
「依頼ね⁈素敵!何組かのクランに依頼しておくわ!代金は口座から引き落としておきます!さあ、依頼書を書きましょう!教えますから」
何回か単語の綴りを間違えて高い羊皮紙をダメにすること十数枚。
アスターとカリナさんにちっとも笑ってない笑顔で言われた。
「「勉強しましょう!」」
そう、私は脳内まで筋肉な人だったと自覚した瞬間だった。