1話 5歳になりました
初めましてよろしくお願いします!
持っている木剣が汗で滑り遠くへ弾かれる。
「勝負あり!勝者シュガル殿!」
あー!よし、負けた!これで1036戦1036敗だ。
「ありがとうございます!シュガルさま!」
シュガル様は大きな傷のある片頬をひきつらせるように笑い尻もちをついた私が立ち上がるのを手を取って助けてくれた。
「アレクシード様、手のマメがつぶれてますよ。今日はこれまでで」
そう言われると手のひらが痛くなった気がした。手のひらを開くと血塗れだ。
…もう1戦と思ってたけど、これは仕方ない。教会の者に治して貰おう!
「ありがとうございます!シュガルさま!またあすもよろしくおねがいします!」
シュガル様は私の手を水魔法で洗ってくれた。
そして、苦笑しながら私に問う。
「何故、貴方が負けるかわかっていますか?」
「……シュガルさまがおつよいからです!」
剣術を初めて2年経つがリトワージュ剣術最強の師匠には手抜きされても勝てないばかりで、毎日落ち込んでる。
食べて寝たら忘れるけどね!
「違います。貴方の剣技は、そこら辺のリトワージュ剣術の騎士を打ち負かせる程です」
「ホント⁉︎」
師匠に毎日負けてる私が?
審判を務めてくれた壮年の男性メルキュールを見つめると苦笑しながら後退りしている。
後で手合わせして貰おう!
「だからといって私の弟子達の心を折らないでください。戦うのは、私だけ、ですよ?」
「えー!どうして⁉︎」
「……今の貴方では、勝てないからです。お優しいのはわかりますが本気を出して打ち込めないなら、貴方は騎士には向いていません!」
「だってケガするといたいでしょう?みんなはちちうえがなおしてくれないし」
「私を馬鹿にしているのですか?貴方如きに私がケガを負わされると思いますか?
それに聖魔法を使えるのはクロスディア枢機卿様だけではありません!
教会にも癒やし手が何人もいます。
氷月からはその勘違いを正して差し上げますから、覚悟なさって下さい」
シュガル様はそう言うと踵を返して訓練場から去った。
シュガル様を怒らせてしまった。
そういえば何で1カ月半も訓練無いんだろ?
ひょっとして王都に行くのかなあ⁉︎
馬車に乗るとお尻が痛いけど、ラスター街道にはいろんなお店があって面白い!
馬車の窓から見てるだけでワクワクする。
「アレクシード様!まだ、こんな埃っぽいところにいらっしゃったのですか!お風呂に入りましょう!」
あー、リリシアが来た。
私はにっこり笑ってリリシアに同意する。
「そうだね、ちちうえのおいいつけでなかったら、わたしもこんなところにくるのはこりごりだよ。ああ、はやくおふろにはいってサッパリしたい」
リリシアは我が意を得たりとばかりに私の手を引いてズンズン屋敷に向かって歩き出す。
私は、メルキュール達、シュガル様のお弟子さん達に空いた片手を振りアイコンタクトしてリリシアについて小走りで屋敷に向かった。
リリシアは、父上の妾でいつも私を見張っている侍女頭だ。
父上は私の母上が亡くなってから1年経たない内に屋敷中の若い娘に満遍なく手を出し、それだけならまだ良かったのだが、母上と結婚している時に作った私と同い年の弟までいるのだ。
今の義母上、隣のラスター子爵領の姫エメラダ様が弟を連れて来た時には屋敷中が不穏な空気に包まれたが、無邪気で可愛い弟はあっという間に屋敷内の住人を掌握した。
それでも私には味方も居た。
私が3歳の魔与の儀式までは。
私は魔力が多かったので、クロスディア辺境伯家の跡取りとしてかなり期待されて育った。魔力の量を増やす辛い特訓にも耐えて、その頃には父上と変わらないくらいの魔力を手にしていた。
クロスディア辺境伯家の仕事は東側に広がる森と草原の古戦場跡地に出るアンデットの浄化と隣国ブラストへの監視、警戒だが、どちらかというと5000年前の200年戦争で亡くなってアンデット化した怨霊の浄化が主でありそんな危ない古戦場跡地を侵略しようとするバカな国は今のところない。
7人いる枢機卿の内、聖魔法の属性が強かったクロスディア家が4500年前から、古戦場跡地から際限なく湧いてくるアンデットを今も浄化し続けているのである。
3歳の魔与の儀式は、誰もが魔法を授かる大切な儀式である。
儀式は大司祭から上の身分の者が行うことになっている。
父上は枢機卿なのでもちろん行えるが、箔をつける為に同じヘキサゴナル国内のチェルキオ聖教総本山ドゥルジー市国まで足を延ばして教皇に魔与の儀式を行なってもらうことにした。
そこで告げられたのは聖魔法と光魔法以外の全属性が備わっているという衝撃的な言葉だった。
そして弟のアレクシードには聖魔法と光魔法が与えられたという事実だった。
父上は、アレクシードを「ルークシード」と呼び、私はクロスディア辺境伯家では落ちこぼれの「アレクシード」と呼ばれることになった。
初めて会うお祖父様にもアレクシードが紹介された。
お祖父様はヘキサゴナル国の国王で母上はこの国の第2王女だった。
幸運にも父上に似た華やかな美貌のアレクシードはお祖父様に気に入られクロスディア辺境伯家の次期当主としての教育をお祖父様の元で行うことになった。
先祖返りで両親にすら似てない茶髪に翡翠色の目の私はお祖父様の視界に入らなかった。
父上は辺境伯領地の屋敷の使用人を始末し、私がルークシードと知る者をこの世から消した。
知ってるのは、義母上と義母上の実家の兄のラスター伯爵だけ。
王都の屋敷の使用人たちは初めて会ったので私を腫れ物扱いした。
あれから2年。
私は出来のいい兄に憧れるダメな弟を演じている。
私にそうするように演技指導してくれたのは師匠だ。
2年前古戦場跡地に死にに行った私を救ってくれ、リトワージュ剣術とルーサス流弓術と魔法を教えてくれた師匠。
師匠はリトワージュ剣術の始祖で剣1本で辺境伯にまでなった傑物だ。
今から4900年前のこの地の領主で、シュガル様なんかよりメッチャ強いのだ!!!
そう、実は私はシュガル様なんか5秒で殺せるくらいには強い。
その私よりも師匠はメッチャ強い!!!
大事な事なので2度言いました!
覚えたての転移で古戦場跡地に行きアンデットに囲まれて死のうとした私を片手で抱えてリトワージュ剣術で次々にアンデットを倒した師匠。
超長生き種族のエルフでも、魔王でもない。
「子供がこんなところで何してるんだ?理由を話してごらん?」
師匠は立派なスカルナイトだった。
私は恐ろしさのあまり良く回転しない頭でとりとめもなく今の自分の立場を話していた。
「じゃあ、お屋敷に帰ったらこう言ってごらん。私はお兄様を支える騎士になりたいです、って明日もまたここにおいで。木剣を持って来るんだよ!」
言う通りにしたら、父上は喜び、剣の家庭教師を即日用意した。
その翌日は朝早くからリトワージュ剣術の稽古。
昼からは村に遊びに行ってくるといい、師匠のところへ転移した。
まず、座学の授業を1刻、リトワージュ剣術の基礎を1刻。弓術を1刻。
1年続けたら、実践を1刻、師匠との訓練を2刻するようになり、帰りが遅くなる日が続いているが、父上はまだ子供だからいいだろうとご機嫌だ。
自分の思い通りに私が行動し、厄介払いができて良かったのだろう。
アンデットと戦った後に残る魔石が異空間蔵にたんまりあるので、早く王都の素材取り扱い組合に加入して売ってしまいたいのだ。
馬を買って師匠に乗馬を教えてもらうのだ!
それに7歳から通える幼年舎騎士学校に行って友達を作るのだ!
王都に小さな家なら借りられるくらいの魔石はあるだろうと師匠からお墨付きをもらっているから、換金が楽しみで仕方ない。
あー、あと、師匠からお使い頼まれてるから、ちゃんとした格好で行かなきゃ!
あー、剣買ってから行くように言われてたっけ!
ムフ〜!!!どんな剣帯にしようかなあ。
師匠の剣帯蔦模様の刺繍で、格好いいよね!
剣の良し悪しなんて分からないから、お店の人に聞こう!
今日は夕食に間に合うように帰って父上と久しぶりの夕食。
…今日は、何にも獲れなかったから、卵のスープかあ。
年々、貧しくなってるよね。
エメラダ様親子の所為で。
父上、よく我慢してるなあ。
スープと野菜サラダしかないってどんだけ貧しいの!
「アレクシード。最近、狩をしてくるようだな。ありがとう。お前のおかげで時々でも肉が食べられる」
父上が私にお礼を言った!
「ちちうえはおしごとでいそがしいのですから、おきになさらないでください!わたしは、じかんがあるのでいいのです!」
「王都に行ったら採取組合に加入したいそうだな。最初だけ付き合ってやろう」
やった!!!大量の魔石が売れる!
「綺麗な鳥の羽根でも売るのか?」
「いいえ、アンデットをたおしていたら ませきがたまったのでうってしまいたいのです!」
父上はポカンとしている。
「こ、古戦場まで行ったのか⁈何て危ない真似を!!!」
「ようねんしゃきしがっこうにいきたいので、ためていたのです!いけませんでしたか?」
悲しそうな顔をすると父上が食事をやめて私の席まで来た。
「異空間蔵からテーブルの上に魔石を出してみなさい」
「はい!」
ズシャーー!!!ザラザラザラザラ
食堂のテーブルでも乗り切らなかったね〜。
あー!スープの中入ったや。
父上を見ると凍っちゃっている。私の視線で解凍したようだ。
「…これだけあると、さすがに見過ごせないな」
ん?どう言う事?
父上は困った顔で私に説明を始めた。
「クリスディア領のハンターは、獲った魔石の1割を領地に納めなければならないのだ。10個や20個なら子供から本来なら取り立てたりしないのだが、2000〜3000個になるとさすがに誤魔化せない。今から数を数えるから明日の朝、王都で売る分は必ず返す」
「わかりました!よろしくおねがいいたします!」
1割かあ。300個は辛いなあ。
騎士達を呼び、20人体制で魔石のカウントが始まった。
私はサラダを食べると父上におやすみなさいを言って部屋に帰り、リリシアに寝かし付けられたフリをして古の森に転移して、イノシシを狩る。
父上、ちゃんと食べてないから青白くなってた。
食べさせなきゃ!
コックさん達は宵っ張りなので今から獲物を持ち込んでも、大歓迎される。
イノシシの大人を5匹仕留めて厨房の勝手口からお邪魔する。
「ランタナ、居る?」
「アレク様!お待ちしてました!何狩って来ましたか?」
コック長のランタナはちょっと変わってて私がクロスディア家の落ちこぼれでも、一向に構わないらしい。
美味い肉が食べられるなら。
だから、私は厨房では結構大事にされている。
大ぶりのイノシシ5頭を床に置くと、早速裏庭で解体する。
ここ2〜3カ月は師匠の指示で解体を手伝っている。
出来れば料理の仕方も習えと言われたが調味の才能が壊滅的に私には無かった。
炎月の1カ月間頑張ったけど、最終的に私に任されたのは魚と肉と野菜の切り出しと、食器洗いだけだった。
地味に落ち込んだが望むものが努力して得られないものなら仕方あるまい!
出来る人に任すだけだ!
「アレク様、解体はもう教えることがありません。コレをどうぞ」
木の鞘に入った使い古されているが大切に使われているナイフだ。
「ありがとう、ランタナ。大切にするよ」
「「「「俺たちからはコレを!」」」」
大人の片手に収まるサイズの皮の巾着袋を手渡され中を覗くと塩だった。
高いのに…。無理させたな。
「最悪、焼いて塩振って食えば、なんとかなります!」と新人のドルム。
「肉は薄く切るんですよ!」と魚のさばき方を教えてくれたヤグ。
「サッと振るだけで結構味付け出来ますから!」と私に何度も味付けのダメ出しをしたメナン。
「直に焼いちゃダメですよ!」私が短気を起こして火魔法で魚を炭にした時ため息とゲンコツをくれたサージ。
「ありがとう。大事に使うね」
解体が終ると風呂に入る。
使用人用のお風呂にお湯を入れ1番風呂をいただく。
大風呂で、お風呂の作法を知らないとお湯を汚して顰蹙を買うのだとランタナから入り方を習った。
ここ2〜3カ月で庶民的生活が出来るようになって来たと師匠に言うと頭を撫でられた。
師匠からはロンデル川での水浴びを習った。
ハンター達は氷月の雪が降る中でも血で汚れたら川や泉で水浴びが当たり前らしい。
瓜の擦り布は使ってもいいけど、石けんで川が汚れたら魚が住めなくなるから洗剤は使ったらダメだと言われた。
洗った後の匂いが気になるなら、手首と耳の後ろに少しだけ香水を擦り付けたらいいと師匠に教わったが、実践したら狩りが出来なくなってお小遣いで買った香水はリリシアに下げ渡した。
そう言えばあの後から監視が緩くなったな。
さすがに疲れて部屋に転移した。ベッドに潜り込んで目を閉じたら翌朝までぐっすり眠れた。
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