第20話 いろいろ腑に落ちない
「ねえ、あの弁護士さんが言っていたことなんだけど……」
「ん? ああ、直樹に手を出していた連中に対する話か」
「そう。ねえ、本当なのかな?」
「そうだな。俺としては父親として何もしてあげられない感じがして、正直気は進まないけど……でも、俺がしてやれることには限度があるし、それを橋口さんが代行してくれると思っている」
「そう……」
直樹の通夜の準備をしながら、美千代が守に確認していたのは、昨日橋口が二人に話した内容についてだった。
橋口は二人に対し、直樹をイジメていた全ての人間に対し、刑事、民事の両方で訴えを起こすと伝えたのだ。それも二人の承諾を得るつもりはなく、これは橋口の雇い主の意向である為、直樹の両親の二人に対しては単なる報告に過ぎないということを伝えられたのだ。
守は最初、それを聞いて学校に対して監督責任を追及しての民事訴訟を起こすのかと聞いたが、橋口は「それだと責任の所在が曖昧になるので」と言い、しっかりと一人一人に対し訴えると言ってきたのだ。
しかし、守がそんなことが可能かと問えば、「実はこんなものが」と言われ、橋口が見せてきたのは、直樹のイジメに関連する人物の詳細な情報と、直樹に対しどういうことをしてきたかというのが当人の写真と共に子細に書かれているのだ。しかも、直樹に対しては何時されたのかがハッキリと記載されている。
「凄い……でも、誰がここまでのことを」
「それは私達も調べてみましたが、これらの内容が事実であること以外は分かりませんでした」
「でも、ここまで個人情報が晒されているのであれば、司法機関が掲載を止めさせるのでは?」
「それはですね、このサイト自体が国外のサイトなので。司法が動いて掲載を止めるように、このサーバーの運営に注意したとしても時間が掛かるし、相手国も自国の司法機関からの命令書でもない限りは止めないでしょうね。それと」
「まだ何か?」
「はい。守さんは、URLをご存知ですか」
「まあ、人並みには……それが何か?」
「ここを見て下さいね」
橋口はそう言って、キーボードを叩き表示されているサイトのURLのドメインの最後の部分、所謂国名に値する部分だけを書き換え、エンターキーを叩くが何も変わった様子はないので、守は橋口が何をしたいのか分からず思わず確認する。
「あの、一体何をしたのですか?」
「今、国名に当たる箇所。ドメインの最後の箇所だけ変更しました。日本ならjpと表示されている箇所です」
「はぁ、それが何か?」
「ですから、それを変更しても同じ内容が表示されるのです。私の言いたいことが分かりますか?」
「え? まさか……」
「はい、複数の国のサイト上に全く同じ内容で掲載されています」
「ええ! 誰がなんの為に?」
「それは私達も引き続き調査していますが、何も掴めていません。それに雇い主からもそんなことよりも先にすることがあるだろうと叱られまして……はい」
「そうなんですね。まあ、気味が悪いのは確かですが、有り難いのも確かですね」
「ええ、私共もそう思い、今は裏付け調査を行っているところです」
「分かりました。よろしくお願いします」
守は橋口に深く頭を下げると橋口も頭を下げてから「では、また明日」とソファから立ち上がり部屋から出て行くのだった。
美千代も守から、ある程度の話は聞いていたが、そんなサイトがあることを知り、気味が悪いと自らの肩を抱き身を震わせるが、守からは直樹の為だからと言われ、無理矢理に納得させられる。
守自身も最初は美千代と同じ気持ちだった。誰が用意したのか分からないのもそうだが、書かれている内容が子細過ぎるのだ。直樹が用意していたのなら分かるが、あの子がここまでのことをするのは無理だろう。「なら誰が」と思う気持ちはあるが、今は橋口の言うように訴えを起こすための材料として利用させてもらうだけだ。
「ま、今の俺達にはそんなことを危惧するよりは、今日のお通夜と明日の葬儀を無事に終わらせることだな」
「そうよね」
守達はそんな風に自分達の気持ちに蓋をすることで、納得するしかないと言い聞かせる。
『また、ミルラ様だ。もう、なんでこんなことをするんですか!』
『え~なんでいいじゃないですか。実際にあの家族の役には立っているのですから』
『それでもヤリ過ぎだと言っているんです! なんですか、この子細な内容は! それこそ神の領域ですよ!』
『まあ、実際に私は女神様ですし』
『知ってます! ええ、よく知ってますよ。でも、これだと、あの少年の呪いだと言われるかもしれませんよ』
『なんで?』
『なんでって……実際にこの内容を見て既に家族が崩壊していますよ。いいんですか?』
『だから、なんで?』
『……なんでって』
『だって、あの子に対してしてきた事実を並べているだけですよ』
下級神の女性は何も反省する様子がない女神ミルラに対しハァ~と嘆息すると、それに気付いた女神ミルラが声を掛ける。
『また、溜め息ですか。幸せが飛んで行きますよ』
『もう、飛んで行く幸せなんてありません! そもそも、これだけのことをする理由があったんですか? あの少年が言うようにこれだと呪いの伝播と言われても仕方が無いですよ!』
『もう、大袈裟ですね。何が呪いですか。いいですか、これは自業自得と言うのです。分かりましたか?』
『でも、それも女神ミルラ様があの少年に目を着けたから……ですよね?』
女神ミルラは下級神の女性にそう指摘されると『うふふ』と笑って見せる。
『ミルラ様?』
『うふふ、そうですね。笑うところじゃありませんね。ですが、あの子の犠牲でこの国はあと数十年は安泰なのですから』
『それは分かりますが、他に方法はなかったのですか?』
『ありますよ』
『なら『ですが、それだと永く保ちませんから』……え?』
下級神が言うように他に手段がない訳ではない。だが、それだと短期間でのメンテナンスが必要となるため、女神ミルラが単純に気乗りしなかったのだ。
『本当はですね、もっと早くこうなるハズだったのです。ですが、あの子が思ったより自制心が強かったのもあって、三年も掛かったのです。でも、そのお陰で濃密なものになったから、結果オーライでいいと思っています』
『濃密……』
『はい。もうドロッドロのこってりとした感じに仕上がりました』
『ミルラ様は邪神ですか』
『失礼ですね。あの子にもそう思われましたが、私は善神とも言ってませんよ』
『そうですか……』