矛盾×推敲
時は春秋戦国時代。中華の各地で争いが頻発している。最近ではここ楚の隣国の秦が領地を拡大させているようだ。
俺は武器商人。何度も足を運びようやく都市一の鍛冶師から矛と盾を卸してもらえるようなった。都市の人が最も集まる昼の広場。その時間にサクラを雇い数十の矛と盾を広げ高値で売りさばく予定だ。良品を大勢の人がいる中で販売し一気に利ザヤを稼いでしまうのは商人としての華である。
「さぁ都市一番の鍛冶師作の盾だ!ウリは何と言っても鉄壁さだ!矢だろうが槍だろうが、これを貫き通すものは存在しないぜ!」
「さぁこちらは都市一番の鍛冶師が拵えた矛だ!鋭さは想像を絶するぜ!相手がどんな鎧を着ていようが関係ねぇ!貫けないものなんてない!」
数人のサクラがおぉーーー!!すげーーっ!!と拍手をする。それを聞き周りに人だかりができてくる。予定ではここから数量がここにあるだけだから早い者勝ちだよと言う話に持ち込むはずだったのだが、
「あんたのその矛でその盾を貫こうとしたらどうなるんだい?」
と行商人の一人が尋ねてきた。
俺は頭が真っ白になり何も答えられなかった。そこからは商売にならなかった。一人、また一人とその場から離れていく。問うた行商人もニヤニヤと笑いながらすぅーっとその場から離れていく。
用意した矛と盾は間違いなく逸品である。これらを販売する権利を得るためにどれ程下げたくない頭を下げ、時間とお金を使ったかは分からない。サクラを用意し、最も人通りの多い時間帯を調べ売るための場所を押さえ念入りに準備してきたつもりだ。それが無自覚な一言で台無しにされたのだ。結局、矛も盾も1つとして売る事は叶わなかった。
「……………」
考えなしに質問をした行商人の居所と身元を調べ、俺は尾行し始めた。隣の町から行商で来ているようでこれから隣町へ帰るところのようだ。ヤツは4人組で行動している。ヤツが一人になる機会を待つ。夜になりテントを張り野営するようだった。その夜は満月であり辺りは驚く程に明るい。息を潜めて見張っていると深夜にその男が小用を足しに簡易的なテントから出てくる。チャンスである。
テントから少し離れた崖の上から、その下に小を足そうとゴソゴソしている隙に、俺を右手に矛、左手に盾を持ち、忍び足で背後まで移動した。
(左手の盾で推して崖から落とすか、右手の矛で敲き殺すのか、どちらが良いだろうか。推して崖から落として殺せば事故死に見せかけることができるかもしれない。後から死因が調べられるかもしれないならば推した方が良いのかもしれない。)
「敲き殺せ!貴様の悔恨の情は矛に血を吸わせなければ晴れるはずが無いだろう!」
という声がはっきり脳内に響いた。気づくと商人を敲き切っていた。満月の夜に人が狂う理由の一端を知った気がした。