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9. side:アルノルト・コルテス

突然身体に入り込み、どこまでも突き進むような強引さで嵐のように僕の暮らしを引っ掻き回した女の子、リモーネ。


名前と年齢しか知らず、顔を見ることも出来なくて、本人は自身を生霊だと言い張るけどその実生死すら不明な謎の少女。愛する母を亡くし、父の愛を得られず後妻と義妹に虐げられていたというのに、彼女はどこまでも明るく自分の目標に向かって真っすぐ進んでいく。


当初は祟られたらどうしようとか、幽霊なら早く成仏させてやらないといけないとか、はたまたそれすらもどうでもいいような投げやりな気持ちで接していた。


公爵家の汚点となり果てた僕は、貴族の子弟として最低限の義務である学園生活を終えたら成人と同時に家を出て、コルテス家と関りのない遠く離れた地で生きていこうと思っていた。


(カレンデュラ王太子殿下はそんな僕の考えを見通していたのか、家族全員ときちんと向き合い和解することが復学の条件だと言った…)


正直、母とどう接したらいいのかは未だにわからない。僕の行動は僕が一人で決めて実行に移したことだし、第一王子殿下の婚約者に懸想してしまったことはそれこそ僕個人の事情なので、母に対して思うところは一切ない。


それでも母は自分のせいだと己を責めるし、悲観的になって僕の将来を憂うばかりの母に掛ける言葉も見付からない。幸いにも僕には弟が、すなわち母の実子がもう一人いるので、僕一人公爵家からいなくなったところで母の立場は揺るがないだろう。だからこそ僕がここを離れることが一番いい思っていた。


だけど、亡き母の遺したレシピを大切に受け継ぐリモーネを見て、このままではいけないと強く感じた。僕の母はまだここに居て、声が届くのだ。伝えられるときに伝えないと、いなくなってからでは遅い。


そしてそれは、リモーネに対しても言えることだ。


「幽霊や生霊だなんて、魔術でも証明できない不確かな存在だと思っていたが、自分の身に降りかかってみると”いる”のだと思わざるを得ないな…」


リモーネはこともなげに言ったが、生者の意識が身体から抜け出て他人の身体に入り込むなんて現象は見たことも聞いたこともない。どんな魔道具を使ってもそのような事象は再現できないだろうし、そもそもリモーネは平民で魔術なんて扱えない。王家に伝わる古の魔術遺産ならそのようなことを可能にするのかもしれないが、それは公爵家にだって手が出せない領域だ。


魔術仕掛けではないからこそ、リモーネの今後が酷く心配になる。本人がこれだけ自信満々に言うので彼女はまだ生きているのだろうと思うが、身体はどこにあるのか。どうやったら戻れるのか。叶うことなら彼女の顔を見たいし、直接向き合って話をしてみたい。家を追い出されて戻れないようならコルテス領で住み込みの菓子職人の職を用意することが出来るだろうか。見たことのないレシピを持つ彼女ならきっと引き合いがあるだろう。なんだったらコルテス家の見習い菓子職人として雇い入れるのはどうだろうか。


「魔術仕掛けのオーブンを何の説明もなく使いこなしていたし、おそらくリモーネの働き先はどこかの貴族の家の下働きか…それなら我が家の厨房でも問題なく働けるだろう」


そこまで考えて、少し冷静になる。

リモーネが僕の身体に間借りするまでは、第一王子殿下やその元婚約者のこと、そして家族のことばかり考えていたのに、今はもう彼女のことで頭がいっぱいだ。


「…とりあえず今は、目の前の事に集中しよう」


リモーネと出会うまで厨房に立ったことさえなかったのに、僕の身体に入り込んだ彼女は鮮やかな手つきで菓子を作り上げた。素朴だが目新しく、心を和ませてくれるような味だった。


巻き込まれてなし崩しで参加することになった大会だが、リモーネの望みというだけではなく僕自身も楽しみになってきている。忙しい兄上まで協力してくれることになったので、兄上が推薦してよかったと思えるだけの結果を残したい。今まで受け取った愛情を返せるような機会に出来たら嬉しいと思う。


大会がひと段落したらリモーネが元に戻る方法を探さねばならないが、兄上にも何かお礼がしたい。手伝えることがあるといいのだが、一介の学生にすぎない僕にできることなどなにかあるだろうか。リモーネだったら『疲れが吹き飛ぶような、甘くて癒されるお菓子を作ってあげようよ!』とでも言うのだろうか。僕の中で既に眠っている彼女の存在を微かに感じながら、寝台に潜り込み灯を落とした。


「リモーネ…おやすみ。明日も一日よろしくな」

いつの間にか9月が終わってました…

10月中に完結できたらいいなという気持ちで緩めに更新していきます。

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