7.コルテス兄弟の距離感
アルのお兄さんことブルーノ・コルテス公爵子息は、いずれコルテス公爵になり王立騎士団の団長になる予定の尊き御方、らしい。
実際に本人を目の前にすると、とにかく弟の事がめちゃくちゃ大好きな溺愛兄という印象が凄い。それに加えて、なかなかの美食家なのだと知った。
「まず、誤解がないように最初に言っておこう。僕がアルノルトの推薦状を書くのは、ただ君という弟を愛しているからというだけではない。先程厨房で君が午前中に作ったという二つの菓子を食べたのだが、どちらもとても良い出来だった」
「た、食べたのですか…?」
「あぁ、もちろんさ。帰宅したらすぐに料理人たちが出してくれて、君が大会に参加するための推薦状を求めていることを教えてくれたんだ。これでも僕は前々回大会では審査員として登壇した身なので、生半可なものを推薦出来ようものがない。それを承知の上で彼らは僕に菓子を出したのだから、その時点で期待はかなり高まっていたよ。僕が推薦するにふさわしいものなのだろうとね」
この大会は規模と知名度の割に参加者は毎回5組前後と少な目で、ひとえにそれは推薦者も大会の重みを理解しているが故のことだった。推薦をするということは、すなわち参加者の後見人になるということ。料理人として太鼓判を押せる出来の菓子を作れる職人だけに推薦状を書いて然るべきなのだ。
「君の作ったレモンケーキは、レモンの苦みが出ないよう丁寧に果物を扱っているのがよくわかる味だった。好み的には僕はアイシングが好きだけど、アイシング代わりのホワイトチョコがレモンの酸味と調和していて、心地良い甘さに仕上がっていたね。ああいった繊細なバランスの菓子は多くの貴人に好まれるだろう。一方でパンケーキサンドは初めての味だった。料理用の豆を甘く煮て製菓の材料にするのはこの国では一般的でない調理法なのに、よく知っていたね!手掴みで食べられる気楽さもいい。菓子が王侯貴族だけの贅沢品だった時代はとうに過ぎ、今や老若男女誰でも楽しめる嗜好品であるからこそ、こういった素朴な一品は大会に相応しい。本番もこの二品で挑むのかい?」
「それはまだ検討中ですが…パンケーキサンドはどら焼きという名称で、このコルテス領でもまだ知られていない菓子です。中に挟む甘く煮た豆はアンコというのですが、もっと丁寧に潰し滑らかにすることで食感に変化を付けたり、生クリーム以外にもアンコと相性がよさそうなフルーツやナッツを挟んでも美味しく仕上がるでしょう。こちらは是非出したいと考えています」
なんと。私的にはどら焼きはちょっと地味かなと思っていたので、見た目が華やかになるようにアルが考えてくれたことが嬉しい。それに、母が遺してくれたレシピで大会に挑むのだと思えば、母が傍にいてくれるような気持ちになれて心強い。
「そうなると食べやすさが課題だね。二枚の生地で挟むのではなく、大判の一枚の生地で包み込むような形の方がいいかもしれないな」
「いいですね!そうすれば上部からクリームやフルーツが見えて、見た目にも楽しめるでしょう」
「アンコが要の菓子だろうから、一緒に包むものとの相性はよく考えなくてはいけないね。アンコの良さを生かせる食材を、料理人にも相談してみるといいだろう」
「はい、兄上。推薦状を書いてくださるだけではなく、助言までいただけるなんて思ってもいませんでした…ありがとうございます」
「い、今の言葉をもう一度言ってくれないか!?すぐに録音の魔道具を起動するから!!!」
前のめりなお兄さんに、アルは内心ちょっと引きつつも要望に応えてあげていた。まっすぐな愛情を向けてくれるお兄さんに対してどことなく引け目を感じているようだったけど、アル自身もお兄さんの事を好きなのだろう。それが伝わるからこそお兄さんもアルを溺愛するんだろうし、仲良しな兄弟だなと思った。
◇◇◇
「ところでアルノルトは、いつから菓子作りに目覚めたんだい?」
「…友人の影響で、興味を持ちました。その者は自分の気持ちに正直で、どこまでも真っすぐ突き進むような者なのです。菓子作りに情熱を注いでいる姿を見て、それほど没頭できるものがあるのは羨ましいと思い、いつしか自分も興味を持つようになりました」
「そうか!よき友情を築けている相手がいるのだな!!君の学園生活が辛いだけのものじゃなかったなら、兄は安心したよ…」
う、すみませんお兄さん。私、学園の生徒じゃないんです…
そしてアルも、私に付き合って渋々お菓子を作ってくれたのだと思っていたけど、この口ぶりだと案外本気でお菓子作りに興味を持っているのかもしれない。私がこの身体から出て行った後もアルがお菓子作りを楽しめるように、レシピノートを残していこうかな。ギクシャクしてるらしいお母さんにも振舞ってあげたら、きっとお兄さんのように喜んでくれるだろう。それがキッカケで母子の距離が縮まれば、少しは恩返しになるだろうか。
「さぁ、そろそろ仕立て屋が来る頃だ。君の鮮やかな新緑を思わせる瞳の色に合わせたものを中心に、温かみがありそれでいて質の良い生地を沢山用意させているから、最高の一枚を仕立てよう!いや、一枚と言わず何枚だって!!」
「そ、そんなに沢山はいりません…!」
張りきったお兄さんに引きずられていったアルは、仕立て屋さんが帰った後もその日の晩餐までお兄さんと共に過ごし、ようやく自室に戻った時にはクタクタになっていた。今日の晩餐もお母さんは同席していなかったけど、お兄さんが居てくれて沢山話し掛けてくれたから賑やかだったし、料理人たちも兄弟が揃っているからか昨日より気合が入っていた。
ここにお母さんと弟くんも揃う様子を、アルの身体から出ていくまでに見れますように!