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5.あなたの代わりはどこにもいないって!

「あー危なかった!大会に出られないとこだった!!」

『自信満々にやってきて出場資格を得られなかったら、きっと絶望していたな…』


製菓学校にある大会の事務局に訪れたところ、大会の参加資格を得るためには現役の料理人やパティシエ、はたまた製菓業界の人の推薦状が必要だと言われてんやわんやだった。思いっきりテンパっていたらアルが前に出てきて、さっきお世話になったばかりのコルテス家の料理人さんに魔道具のメモで連絡を取ってくれて、無事推薦状を手に入れる手筈が整った。


取り急ぎ申込用紙を記入し、明日推薦状を改めて提出して受理されたら受付完了となる。アルからはこっそりひっそり申し込むよう厳命されていたが、このゴタゴタがきっかけで領主の次男が見習い菓子職人の大会に参加することは関係各位に瞬く間に知れ渡った。


『これは間違いなく家族の耳に入るな。どうしてくれるんだ……』

「え、隠すつもりだったの?どうやったってバレるんじゃない?」

『隠し通せると思っていたわけじゃないが、こんなバレ方をするのは想定外だ。受付出来たらそれとなく知らせようと思っていたんだ…』


こうやってぼやくアルだけど、私に諦めさせるのではなく推薦状を得るために動いてくれたし、文句を言いながらも力を貸してくれる。もしやアル自身も大会参加に意欲的なのではなかろうか。アルに似合うエプロンと三角巾を買って帰るべきか。


『この様子だと、兄上の耳に入るのも時間の問題だな。王都にいる兄上には隠し通すつもりでいたが…』

「え、お兄さんにバレたらなんかまずいの?叱られちゃったりする…?」

『叱られはしないだろうが…うーん…』


アルのお兄さんは騎士団勤めだというし、なにかと厳しいのかもしれない。公爵家の次男がお菓子作りなんていかーん!と反対されやしないだろうか。ここまで来たら大会参加を諦めるつもりはないけど、私のせいでアルが家族に叱られたり揉めたりするのは避けたい。家族の揉め事にいいことなんて一つもない。


「お兄さんって怖い人なの?たしか歳が離れてるんだよね」

『怖くは…ないと思う。僕みたいな弟にも愛情を注いでくれる優しい兄だと思うが、少し変わっているというか…』

「僕みたいなっていうのがよくわからないけど、アルみたいなしっかりしてよく気が回る弟がいたら、お兄さんは嬉しいんじゃないかな」

『…リモーネは、義妹のことが煩わしいだろう?半分しか血の繋がりがない上に我が物顔で父親を独占されたら嫌な気持ちだろう』

「義妹だからどうこうというより、あの子の事は単純に人として好きじゃないな!」


私が義妹のことを快く思わないのは、血の繋がりが半分とかそういう問題ではない。よく知りもしない私のことを当たり前のように下に見て、母親の言うことを鵜呑みにして自分で考えることもせず、自分が次期ライネーリ女伯爵になれると思い込んでいるところが嫌なのだ。


「血が繋がっていようがいまいが、人として尊敬できるところがあったり素敵だなと思える相手の事は好きになるよ。だから私は、血の繋がった父親だって尊敬できないし好きじゃない」

『そうだったな…すまない、浅慮な発言だった』

「ふふ。そうやってすぐ謝ってくれるアルのことは、優しくて気遣いのできるいい人だなって思うよ。お兄さんもアルのそういうところを知っているから、愛情を注いでくれるんじゃない?」


そう返すと、しばらくアルは黙り込んだ。何かを考えているようなので、考えの妨げにならないよう私も静かにゆっくり歩くことにする。


『リモーネ…少し、僕の話を聞いてもらってもいいだろうか』

「もちろんいいよ!なら、話がてらどっかで休憩していこうよ」


◇◇◇


アルが頭の中で指示してくれた道を辿り、行きに通った道を外れると人気のない小さな公園があった。時間帯によっては近所の子供たちで賑わっているそうだが、今は散歩中のおじいさんくらいしか見当たらない。木製のベンチに腰掛けて、先程買ったギモーヴを一ついただく。瑞々しい林檎の香りが口いっぱいに広がり幸せな気持ちになる。


「やっぱり、甘い物は人を幸せにしてくれるなぁ。このギモーヴなら毎日食べられるよ私…!」

『口の中でさっと溶けるからな。僕はレモン味がおすすめだ』

「レモン味!次はそれにしよっと!!」

『リモーネは、異国語でレモンの意味だろう?』

「おぉ、さすが公爵家の坊ちゃんは博識だね。母が付けてくれた名前なの」


母は私に沢山の宝物を遺してくれて、その中でも一番大切にしているのがこのリモーネという名前だ。だからこそ、今こうやってアルがその名で呼びかけてくれることが嬉しい。


『…兄上は病で亡くなった最初の公爵夫人の息子なので、僕とは半分しか血が繋がってないんだ』

「そっか、だからお兄さんと歳が離れてるんだね」


アルはぽつりぽつりと、言葉を探しながら語り始めた。


アルのお母さんは訳あって最初の婚約が破談になり、なんの瑕疵もなく相手方の都合だったため、不憫に思った王家の計らいで、その当時奥方を亡くして消沈していたコルテス公爵の後妻に収まることとなったらしい。


一方的な婚約破棄で傷ついた年若いご令嬢を目にしたコルテス公爵は、この儚く可憐な存在を守っていこうと決意し少しずつ気力を取り戻し、いつしか彼女に深い愛情を注ぐようになった。代々当主は王都の騎士団長という名誉ある職に就いているものの、目立った特産品はなく観光資源に乏しく地味な領地だったコルテス領が甘い物で溢れる華やかな領地に生まれ変わったのは、ひとえに領主が愛する妻の笑顔が見たいがためで、気付けば領内外で『コルテス公爵は年の離れた奥方を溺愛している』と知られるようになった。


……が、当の奥方本人はそれを信じていなかったというのだから驚きだ。


『母は最初の婚約が破談となったことですっかり疑い深くなり、自分が夫に本気で溺愛されているとはつい最近まで信じていなかったんだ』

「周りはみんな知ってるのに?逆にすごいね」


公爵も妻の事を愛してはいるものの、自分のような年の離れた夫は好まれないだろうと奥方に対しては少し臆病になり、また王都での職務が忙しくあまり夫婦の時間も持てなかったため、二人の間にはどんどん溝が出来ていたという。そうして生まれた心の隙間を、アルのお母さんはアルで埋めようとした。


『母の望みを叶えようとして、僕は罪を犯した。ある人の婚約破棄のキッカケを作り、その行いを反省するべく今は領地で謹慎中なんだ』

「学園はどしたの?休学中?」

『そういうことになっているが、戻れるかどうかは…わからないな』


今のアルの表情を見ることは出来ないけど、きっと悲しそうな顔をしているんだろうなと思った。私がちゃんとした伯爵家の令嬢で学園に通えていたら、アルと友達になって「一緒に行こう!」と声を掛けられたかもしれないのに、という考えが頭をよぎったけど、もしもの話を考えたってしょうがない。


「じゃあ、私がこのままアルの中に残って学園に通ってみる?憧れてたんだよね~学園生活!」

『お前はいつまで居座るつもりだ!?万が一元の身体に戻れなくなったらどうするんだ!』

「やっぱりアルっていい奴だなぁ。真っ先にそこを心配してくれるんだね」


アルのおすすめのレモン味のギモーヴを口に入れると、キュッとしたレモンの酸味に柔らかい砂糖の甘味が混ざり合って、口の中が爽やかになった。これがアルの好きな味なんだな。


「アルが戻りたいんだったら戻ればいいし、そうじゃないなら無理に戻る必要なんてないよ。領地でも勉強は出来るし、このまま菓子職人の道に進むのも大いにアリじゃない?」

『菓子職人はともかくとして、学園や貴族生活にこだわらなくてもいいとは考えている。爵位は兄上が継ぐし、母の息子はもう一人いる。僕一人この家から出たところでコルテス公爵家は揺らがないし、むしろ醜聞を起こした僕がいつまでもここにいるよりいいだろう』

「あ、またそういうこと言う!?それは違うでしょってさっき話したじゃん!アルの代わりはどこにもいないって!!」


この後ろ向きなところはどうにかしたほうがいいだろう。私がアルの中にいる間に、少しでも私の前向きさが伝染しますようにと祈っておこう。


「アルがどうしても自分の親兄弟が嫌で学園にも辛くて通いたくないなら、全部捨てて新しい物を掴みに行くのもいいと思う。でも、アルはそうじゃないよね?家族の事が好きで、好きだから迷って悩んで苦しんでるように見える。だったらまずやることは、その苦しみを取り除く努力じゃない?」

『…たとえば、どんな?』

「そうだなぁ…まず、今日買ったお菓子を後でお母さんの部屋に持って行って、アルが紅茶を淹れてあげるの。久しぶりに二人でお茶して、今まで話してこなかったようなことを沢山話してみるのはどう?」

『もう、随分母と話していないんだ。何から話せばいいだろうか』

「そういう人のために、美味しいお菓子があるんだよ。一緒に食べて美味しいねって言い合えば、それだけで笑顔になれるでしょ?」

『幼い頃は、そんな時間を母と共にしていたように思う…幸せなひとときだった。まだ、間に合うだろうか』

「だいじょーぶ!そうと決まればすぐに帰ろう!!」

『リモーネ!?』


アルの返事を待たずに、私はさっと立ち上がり公爵邸を目指してダッシュした。アルの決意が固いうちに急ぎ帰って準備しようと思い立ったのだ。驚いていたアルだけど、猛ダッシュしているうちになんだか笑っているような気がした。それにしてもアルの身体って凄い。走る速さが私と段違いだし、息切れする気配もない。心底羨ましい。


◇◇◇


「アルノルト!あぁ、アルノルト、僕の天使!!」

「わぷっ!!!」

「こんなに息を切らせて…早くお兄ちゃんに会いたかったんだね?あぁ、急いで戻ってよかった!!」


公爵邸に戻って即、ガタイのいい美丈夫に全力で抱きしめられた。


『あ、兄上が何故ここに…!?』


どうやらアルも聞かされていなかったようで、物凄く驚いているのが伝わってきた。


「アルノルトの推薦状はこの兄が書くから、安心してくれ。これでも兄は前々回の大会では特別審査員として名を連ねたんだ!」

「そ、そうだったんですね、兄上…?」

「そんな他人行儀にしないでくれ、アルノルト。いつでもお兄ちゃんと呼んでくれて構わないんだよ?」


どうも私が想像していたお兄さん像とはずいぶん違うけど、アルの事が大好きなようだ。

更新ペースが亀になってきました。頑張ります。

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