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4.親切な店員たちと訳アリ坊ちゃん

お菓子を食べたばかりなので、昼食はトマトクリームスープともちもち食感の丸い小さいパンで軽めに済ませた。チーズが入ってて、表面は香ばしいのに中はもっちりな絶品だった。レシピを知りたいけど、教えてもらえるだろうか。


「本当に私が街を歩いてもいいの?」

『大会の受付会場までの道のりにはいろんな菓子店があるから、お前が見ておいた方がいい。初めてなんだろう?』

「あ、またお前って呼んだ」

『……リモーネが見ておくといいだろう』


咄嗟に飛び込んだ間借り先ではあるが、アルの身体に入れてよかったなと心の底から思う。ぶっきらぼうだけどこちらのことを気遣ってくれているのがわかるし、大貴族の次男坊なのに偉ぶっていないというか、何事にも凄く丁寧ないい人だとあらゆる部分で感じる。美味しい物なんて食べなれているだろうに、私みたいな素人が作ったお菓子を躊躇いもなく食べてくれたし、細かな感想までくれるとは思っていなかったので驚いた。この調子だと大会に出すお菓子にもアドバイスをくれそうなので有難い。出会ってまだ一日ながら、アルのことをかなり好きになっていた。学園に通えていたらこんな風に友人が作れていただろうか。


「アルは自由に外出していいの?許可を取ったり、護衛の人について来てもらわなきゃいけないかな?」

『領都くらいの範囲内であれば、ある程度の自由は許されている。それ以上行動範囲を広げるのは護衛が居ても不可能だが…』

「それならよかった。もし外出するのが駄目だったら、アルの身体を抜けて次のお宿を探さなきゃいけないとこだったよ~」

『お宿って…人に取り憑くことを宿泊感覚で言うんじゃない……』


大会への参加受付は、コルテス領の中心部にある製菓学校で行うことになっている。参加者の半数がここの学生なのと、学園長が大会実行委員長を兼任しているからだ。領外からの参加者はこの大会を足掛かりにして入学資格を得ようとしている者もいるし、学園側も惜しくも大会では勝ち抜けなかったものの将来有望な人材がコルテス領に留まってくれたら願ったり叶ったりなので、よく出来た仕組みだと思う。遠方からの参加者も少なくないため、大会前日まで受け付けてくれるのも有難い。


『さっきの菓子は美味しかったが、大会参加者は例年実力者揃いだと聞いている。自信はあるのか?』

「それなりにはあるかな。なんてったって貴族の奥さまとお嬢様に絶賛されたこともあるからね!」

『貴族の?屋敷の下働きでもしているのか?』

「まぁそんなとこ。あのお屋敷の奥さまたちは大嫌いだけど、こちとら10年以上逆境に負けず生きてきたから、どんなことでも糧にしてやる!って思って頑張ったよ!!」

『嫌いな相手でも、貴族の舌を唸らせたなら大したものだ。逞しいな、リモーネは』

「褒めてくれてるの?ありがと!」


下働きの皆は、一緒に仕事している同僚のようなものだと私は思っているけど、あっちは私が本来なら仕えるべきお嬢様だと知っているので、逞しさを褒められるなんてことはなかった。憐れんで色々教えてはくれたけど、その瞳には同情の色が濃かった。しかし、同情でお腹は膨れないのだ。だからこそアルの素直な感想が嬉しくて、じんわりと胸が温かくなった。


◇◇◇


「アル、あのお店寄っていい!?なにあの包装紙すんごい可愛い!!!」

『待て!落ち着け!!誰が払うんだ!?』

「私が食べたものは全部アルの栄養になるから安心して!無駄遣いにはならないよ!!」

『そういうことを言ってるんじゃない!!!!』


学園への道のりは通称”甘味通り”と呼ばれていて、様々な菓子店がずらりと軒を連ねていた。もしかして私は実は亡くなっていて、ここは死の国へ至る最後のご褒美的な道なのかと錯覚してしまう。それぐらい素敵だった。アルの懐と胃袋の限界に挑むつもりでいこうと決意して、落ち着いたローズピンクのドアの菓子店に入った。すると店主らしき女性がすぐこちらにやってきて、驚いた表情でアルに声を掛けた。


「アルノルト坊ちゃん、お久しゅうございます。領地にお戻りだと聞き及んでおりましたが、まさかいらしていただけるなんて…!今日もお母様と弟君に贈り物をお探しでしょうか?」

「あ、いや、今日は自分で食べようと思って…」


突然親し気に声を掛けられしどろもどろに答えたが、よく考えたら贈答用と答えた方が可愛いラッピングをお願いできたかもしれないと気付いた。アルの弟くんとお母さんにお土産を買うべきだろうか。


「まぁまぁ!坊ちゃんは甘いものは好まれないかと思っておりました!!」

「さ、最近目覚めたんだ。甘いものは心身にいいし食べると元気になるなーって…」

「まさにその通りです!そちらにおかけになって、少しお待ちくださいね」


店主はそう言い残し、お店の厨房に下がっていった。何か素敵なものをふるまってもらえそうな予感にワクワクする。


「アル、ここの常連さんだったんだね」

『僕自身が常連というか、ここは母のひいきの店の一つだ。特にバターサンドを好んで食べるので、時折買いに来ていただけだ』

「よし、それを今日お母さんに買って帰ればいいんだね?」

『そんなことは言ってない!余計なことを考えるな!!』


ほどなくして店主が戻って来て、テーブルに涼し気な一皿をそっと置いた。


「こちらは店内飲食のお客様にだけお出ししているアイスサンドなんです。せっかく足を運んでくださったことですし、お代は結構なんでお一ついかがですか?」

「そんな、悪いです。ちゃんと払います!!」

「元気な顔を見せてくださっただけで、今日は十分ですよ。領民一同坊ちゃまを心配しておりましたので…ささ、溶けないうちに!ね?」


心配とはなんだろうと疑問に思いつつ、溶ける前に食べた方がいいのは最もなので、ここはご厚意に甘えていただくことにした。


「お……美味しい………!バターの風味がしっかり効いてる濃厚なクッキーだけど、中のアイスがかなりミルキーだからバランスを取るために薄めの生地になってて全然くどくない…!小ぶりだから崩さずにパクっといけるし、満足感凄いのにもう一つ欲しくなっちゃう!!!」

「坊ちゃんにそう言っていただけると嬉しいです。次は是非ご家族でいらしてくださいね」

「はい!必ず!!」


お礼を言いつつ、いくつか焼き菓子を購入してお店を後にした。他にも何軒かの菓子店に入ったけど、どこのお店のお菓子も絶品だったし、店員さんは皆アルのことを気に掛けているように感じた。

当の本人は『あまり勝手なことをするな!行きにくくなる!!』と最初のうちは抗議していたが、店員さんたちの安心したような様子を見て次第に静かになっていった。領民たちからあんなふうに心配されるだなんて、一体アルは何をやらかしたんだろう。普通の貴族なら王都の学園に通っている時期のハズなのに領地に戻ってきていることと関係があるのだろうか。無事に大会受付を終えたら聞いてみよう。

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