21.元生霊令嬢のこれから
「リモーネ、来週末の連休は王都のコルテス邸で過ごさないか?一時帰宅の申請をしようと思うんだが…」
「後から合流でもいいかな?ユリアーナさんとクララベルさんと一緒に厨房を借りてお菓子作りする予定があるんだよね」
「…聞いていないぞ」
「さっき決まったばっかだから!お二人が婚約者にお菓子を作ってあげたいって話してたから、思い切って誘ってみたの。お友達と休日に一緒にお菓子作りが出来るなんて夢みたい。入学出来てよかったなぁ」
全くさっぱり令嬢らしくない私だけど、この学園は貴族のお嬢様だけじゃなく平民の特待生も在学しているし、なによりみんな凄く優しい。ミシェル様が色んな作法を丁寧に教えてくれたお陰でそこまで浮かずに過ごせているし、私が何か間違えたり上手くできなくても誰かが教えてくれる。小さい頃からしっかり教育された貴族のお嬢様はなんと親切なのだろうと感動する日々だ。
「…では、それが終わったら一緒に帰ろう。魔道具の手紙で連絡をしてくれ」
「え、待ってなくていいよ。コルテス家の王都屋敷の場所なら覚えてるし、女子寮からもめちゃくちゃ近くてすぐ行けるから…」
「まさか一人で歩いて行くつもりじゃないだろうな?」
そのまさかでした。
「うぅ…たまには一人でブラブラ歩いてみるのもいい経験になると思うんだけど…?」
「君の事だから、ちょっとその辺を歩くだけのハズが、あっちもこっちも気になって予定していた時間を大幅に超えてようやく到着するのだろう。それは看過できない」
「一つも否定できない自分が憎い…」
ライネーリの屋敷に居た頃は使用人同然の暮らしをしていたので、一人で出歩くことは珍しくなかった。伯爵令嬢としてはあり得ないことだとわかってるけど、学園を卒業し成人したらアルと結婚してライネーリ伯爵位を継ぐことが決まっているので、今以上に許されなくなるだろう。だったら今しか出来ないことを沢山しておきたい。
「君は、僕と過ごす時間を増やしたくないのか?」
「増やしたいよ!あと領地経営の勉強もしたいし、図書館で借りた本も読みたいし、お友達とお茶をする時間も欲しいから、一日が10時間くらい伸びたらいいのになぁ」
「一日の時間が増えたら、それだけ君と結婚出来るのが先延ばしになってしまうな」
「またすぐそういうこと言う…!恥ずかしい!!」
アルは過保護だと思うけど、私自身が危なっかしい自覚もあるのでなるべく彼の提案は受け入れるようにしている。過保護なのはそれだけ私を大事に想ってくれているからだし、かつて家を飛び出して馬車の事故に遭いしばらく目覚めなかったことがあるせいか、私が一人でいることを嫌がる傾向にある。そうやって私を気遣ってくれることへの有難さを感じる反面、そこまで心配しなくてもいいのになと思う気持ちもある。
「せっかくだし、ブルーノお兄さんに連絡して一緒にご飯でも食べたら?きっと喜ぶよ」
「兄上に連絡すると休日の時間はすべて共に過ごそうと提案してくるので、それは避けたい…」
「お兄さん、アルの婚約が決まって淋しいんだよ。なるべく一緒に過ごしてあげなよ…」
「リモーネが僕にそう言ったと知られると火に油を注ぐことになりそうだな」
「うぅ…私は円満にやっていきたいのになぁ…」
弟が大好きすぎるブルーノお兄さんは、可愛い弟が自分より先に婚約した挙句遠くの他領に婿入りしてしまうことがあまりに淋しくて嘆いてばかりいる。まだ幼いノルベルトくんに「ブルーノお兄さまは、アルお兄さまの幸せを祝福できないのですか?一番大きいお兄さまなのに?」と素で不思議がられていた。
「あ、そろそろ寮に戻んなきゃ。今日は先輩方が刺繡を教えてくれるから、頑張ってくるね!」
「もうそんな時間か…。当たり前だが、同じ学園に在籍していても、学内で共に過ごせる時間は少ないな」
「そう言うけど、朝はわざわざ迎えに来てくれるしお昼ご飯だって週の半分は一緒に食べてるでしょ。授業が終わったらこうやって一緒にお茶だってしてるじゃない」
「それはそうだが…はぁ…」
アルは見かけによらず淋しんぼだというのは、入学してから知った新たな一面だった。
◇◇◇
「それにしても、リモーネさんとご婚約されたコルテス様はお幸せそうですわね」
「復学すると聞いたときはディアレイン様にまた言い寄るのではないかと心配でしたけど、リモーネさんしか見えていないとよくわかるので、わたくしたちも安心ですわ」
「こら、ノーラってば!そんな言い方は…」
「あ、気を遣わなくても大丈夫ですよ!アルがやらかしたことは知ってるので!」
「お二人は本当に仲睦まじくていらしゃるのね。遠慮のない関係を築いているようで、見ていて羨ましくなりますわ」
「コルテス様は第一王子殿下の側近でいらした頃は近寄りがたい雰囲気でしたけど、リモーネさんには柔らかく微笑んでおられるので、傍から見ている私たちにまでお気持ちが伝わってきてとっても素敵です」
「ディアレイン様も、王子殿下の婚約者で居たときよりも今の方がお幸せそうですもの。やはり恋は人を変えるのですわ!」
「真実の愛なんてものに振り回されるのは愚かなことですけど、互いに想い合い支え合える方と出会えたら、舞い上がってしまう気持ちはわかります」
「はぁ…私も早く素敵なお相手を見付けたいわ…」
女子寮の談話室にはどんどん人が集まってきて、今では刺繍だけでなく皆さんそれぞれやりたいことをして過ごしている。ライネーリの屋敷の使用人たちと一緒で、女性が沢山集まったら恋愛の話で盛り上がることが多い。自分が話の中心にいるのがこそばゆいけど、普通の女の子らしい会話に混ざれるのは嬉しい。
「私、ここに来るまではお友達なんて一人もいなかったので、毎日すっごく楽しいです!先輩方は…こんなこと言うのはおこがましいんですけど、お姉ちゃんが居たらこんな感じだったのかなって」
「まぁ…!」
「リモーネさん…!」
アレッタ先輩とコーデリア先輩が、左右からひしっと抱きしめてくれた。このお二人は特に可愛がってくれる先輩で、何かと気に掛けてくれるのでとても助かっている。
「はぁ…リモーネさんに婚約者がいなければ、うちの兄たちの誰かをオススメしたのに…」
「ふふ、本当に姉だと思っていつでも頼ってちょうだいね。恋の悩みだっていつでも聞きますからね」
「じゃあ、早速一つご相談が…」
アルが物凄く過保護で私にべったりで、もうちょっと自由度を上げたいと思っている話をしたら、談話室にいる全員がこちらに注目していた。何か変なことを言ってしまったのだろうか。
「えっと…まだ婚約したばっかりで、貴族同士の婚約が普通どんな感じなのかよくわかってないんですけど、何か変なところがありましたか…!?」
「そんなことないわ、リモーネ。想う相手といつだって一番近くに居たいと思うのはごく自然な感情です。コルテス先輩は間違ってないわ!」
「ユリアーナさん!来てたんだね」
「色々ありましたけど、コルテス様がお幸せなようで私も安心したわ」
「ディアレイン先輩まで!」
いつの間にかほとんどの女生徒が集まっていたようだ。談話室がぎゅうぎゅうになっている。
「リモーネさんが嫌だと思うなら、正直にその気持ちを話してみてはいかが?あんなに大切に想っているのですから、きっとリモーネさんのお気持ちを尊重してくれるわ」
「うーん。嫌じゃないんですけど、もっと自分の事に時間を使ったらいいんじゃないかと思うんです。卒業したら婿入りしてライネーリ領に来ることが決まってるし、学生のうちくらいお友達と楽しく遊んだり、王都でしか出来ないことをすればいいのになって」
「コルテスさんが今一番したいことは、リモーネさんと過ごすことではないのかしら」
「でも、私とはこれから先もずーっと一緒にいるので、やっぱりお友達と遊ぶべきだと思うんです!第一王子殿下ともまた話せるようになったみたいですし…」
第一王子やその側近たちにさぞ嫌われているだろうと思いながら復学したアルだったけど、ディアレイン先輩に振られながらも新たな恋を掴んだ猛者として「どうやったら素敵な恋愛が出来るのか」と質問攻めにされ、彼らの恋愛に助言をする立場になっているらしい。特に第一王子は隣国の幼い王女様からグイグイ来られて難儀しているようで、どうにかして回避出来ないかと相談を持ち掛けてられているそうな。
そんな風にアルに想いを馳せていたら、ユリアーナさんが目をキラキラ輝かせてこう言った。
「ずっと一緒にいるだなんて、素敵…!リモーネ、あなたはどうかずっとそのままでいてね」
「ユ、ユリアーナさん?どうしたの?」
「それと、いつまでもさん付けだなんてよしてちょうだい。婚約者をこよなく愛する同志として、ユリアーナって呼んでと何度も言ってるでしょ!」
「いやだから同志じゃないってー!こよなく愛するだなんてそんな恥ずかしい…!」
周りを見ると、なんだかみなさんニコニコしている。
「リモーネさんってば、本当にお可愛らしいこと」
「コルテス様は幸せ者ですわね」
「女子寮にいる間はわたくしたちとも遊んでくださいませね」
「またリモーネさんの作ったお菓子もいただきたいわ。美味しい茶葉をお父様から送ってもらったから、皆でお茶にしましょう」
「はい、もちろんです!」
この未来は、私が頑張って行動しただけじゃ掴めなかった。アルが私の傍にいてくれてこそのものだ。
◇◇◇
「だからさ、私ばっかお友達や先輩と楽しい時間を過ごすんじゃなくて、アルも同じように楽しい思いをして欲しいんだよ!」
「リモーネ…そう言いながら今夜も呼びつけるということは、僕の顔が見たかったのか?」
「そうだよ!話したいことがいーっぱいあるもん。時間が足りなければ夢を有効活用するしかないでしょ!」
以前より能力を自分で制御することが上手くなってきた私は、こうして夢の中で好きな時にアルに会うことが出来る。
「…友人の話を聞いて欲しいだけなのか、僕の顔を見たいという気持ちが少しでもあるのか…」
「ん、どしたのアル?」
「いいや、なんでも。じゃあ、今夜も二人きりのお茶会としようか」
「うん!」
とびっきりのお茶とお菓子を用意して、今日も大好きな人と秘密のお茶会。
こうしてアルと二人で歳を重ねていこう。おじいちゃんおばあちゃんになっても、ずっと隣にいよう。
お付き合いいただき、ありがとうございました!




