13.招かれざる訪問者
公爵邸に戻ったら軽めの昼食を食べて、二品目の試作をしそれをミシェル様とのお茶会に持参する予定なので、寄り道せずまっすぐ帰宅した。
『では、二品目は決めたのだな?』
「うん…!どうせなら私の名前にちなんでレモンのお菓子にしようかなって」
『どら焼きが甘みの強い菓子だから、もう一品はレモンで酸味の利いた菓子にすればバランスがよさそうだな』
「そうなの!でね、どら焼きは手で食べられる一人一個ずつ取るものだから、もう一品は大人数で切り分けるお菓子にして…」
アルと話し込んでいたらあっという間に公爵邸まで着いたので、真っすぐ厨房に向かうべく更に歩みを進めようとしたら、異変に気付いた。
「アル…なんかちょっと、様子がおかしくない?」
正面玄関で、貴族らしき男の人が執事に詰め寄っているのが見えた。ただの来客ではなさそうだ。アルと相談して正面玄関からの帰宅を取りやめ裏口から入り、メイドさんから話を聞いた。
「お騒がせして申し訳ありません、坊ちゃま」
「いえ…それより、あの人は一体?」
「それがどうも、人を探してコルテス領にやって来た貴族の方なのだそうです。自分は次期ライネーリ伯爵で、行方不明になったライネーリ伯爵令嬢の足取りを辿ってきたらこの領地の付近で途絶えたので、何か手掛かりがないか探しに来られたとのことでして」
「はぁ!!??」
次期ライネーリ伯爵!?それって私じゃなかったっけ?一体どこの誰なのだろう。
『ライネーリ伯爵令嬢…兄上が探しているご令嬢だな。その男は次期伯爵を名乗っているということは、ご令嬢の婚約者だろうか』
いいえ、全く知らない人です。
「旦那様は王都に滞在中ですし、些か乱暴な物言いをされるので奥様ではなくブルーノ坊ちゃまに対応をお願いしたいのですが、ちょうど今王都からいらした部下の方々をお迎えに行っているのです。戻られるまでは使用人たちで対応しているのですが…」
あぁ、うちの関係者らしき人物がご迷惑おかけしてごめんなさい…!
きっと後妻の親戚筋の誰かなのだろう。何台も乗り継いだ馬車の足取りを追ってここまで辿り着いたのはちょっと凄いけど、どうしてコルテス公爵家に突撃したんだろう。あまりにも身の程知らずだし、そんな言いがかりをつけて無事でいられると思ったのだろうか。その家の次男坊の身体を間借りしている私が言えたことじゃないかもしれないけど、一旦横に置いておくとする。
『あまりにしつこいようなら、兄上が戻るまで僕が相手をした方がいいかもしれないな。使用人には尊大だが、仮にも貴族であるなら公爵家の人間に乱暴なことはしないだろう。リモーネ、交代してくれるか?』
ここでアルに交代した方が安全だとわかってはいたけど、なんだか身内の問題を彼に押し付けるようで気が引ける。
「アルが出向く前に大人しくなるかもしれないし、とりあえずこのまま私が行ってもいいかな?大丈夫そうだったらすぐにお菓子の試作に取り掛かりたいし。危なそうだったらすぐアルに代わるからさ」
『…くれぐれも気を付けるんだぞ』
私たちのどちらが身体の主導権を握るかは、どうしてだか私しか決められない。アルの身体なのに彼の意思では交代出来ないので、それを利用してひとまずこのまま向かうことにした。
なんとかうまく言いくるめて追い返せますように…!
◇◇◇
「だから!俺は次期ライネーリ伯爵だと言っているだろう!!使用人風情が対等な口を利くんじゃない!!!」
「そうはおっしゃいますが、お客様が次期ライネーリ伯爵だと証明できるものは何かお持ちでしょうか。それに、当家とライネーリ伯爵家に個人的な付き合いはございません。更に付け加えますと、我々の主人はコルテス公爵であって、お客様ではございません」
「…ッ!生意気な…!」
玄関で執事に詰め寄る男の様子を少し離れた場所で隠れて見守っていると、とても貴族とは思えない振る舞いが目に飛び込んできた。
うわぁ、関わりたくなーい!なんだあの偉そうな男は!!後妻そっくり!!!あの言動、大した教育を受けていない私よりマズいのではなかろうか。
『あの男、学園で見掛けたことがあるな。最終学年の生徒で、オアス男爵家の次男だったか…』
予想通り後妻の実家の人間だった。成人目前の人間の振る舞いがアレだなんて、後妻はまずそうな家で育ったんだろうと想像してたけどその想像を軽く超えそうだ。
「お客様がお探しの伯爵令嬢は当家にはいらっしゃいません。お引き取りいただいても?」
「ならば屋敷の中を見せろ!匿っていたら誘拐罪で訴えてやる!!」
「主人の不在中に見知らぬ者を屋敷に入れることはできかねます」
「俺は貴族だぞ!!!!」
かなりの勢いで怒鳴られても動じずに全て涼しい顔で受け流す執事さん、強い。これならきっと大丈夫だろう。
「ブルーノお兄さん、そろそろ戻ってくるよね?」
『あぁ。あの男は兄上に任せよう。ライネーリ伯爵家の事情やいなくなった伯爵令嬢のことを知っているようだからちょうどよかったかもしれない』
ここで出て行っても場を乱すだけだろうとそっと離れようとしたら、玄関の外から女性の声が聞こえてきた。
「これは一体、何の騒ぎなのですか…?」
「お兄さまは?いないの?」
『ッ!母上!ノルベルトまで…!』
幼い男の子を抱き上げたミシェル様がそこにいた。
◇◇◇
「こ、公爵夫人、ですか?」
「えぇ、わたくしがこの屋敷の女主人です。当家に何か御用でいらっしゃるの?」
一目見て高貴な御方だとわかるミシェル様が現れたことに驚いたのか、中に入れろと怒鳴っていた男の勢いが削がれた。
「お、俺は、いや僕は、次期ライネーリ伯爵になる者です。こちらに、行方不明のライネーリ伯爵令嬢がいるのではないかと思い、屋敷内を検めさせてもらいたく…」
「では、あなたはライネーリ伯爵家の方なの?かの家に男児は居なかったと思うのだけど…」
「僕は行方不明の令嬢の、義妹の婚約者です。次期伯爵と定められています!」
「かの伯爵家には、亡くなった女伯爵のご息女が一人居るだけだったと思うのだけれど…もし女伯爵のご夫君である今の伯爵代理が後妻を迎えられて、その方との間に子を儲けたところで、その子に爵位など継げないわ。だってライネーリ伯爵家とは何の関係もない子供だもの。そしてあなたはどこの家の、なんという御方かしら?」
「そ、そんなはずはない…僕を次の伯爵にするんだと叔母上はおっしゃっていた!!!」
儚く繊細なミシェル様が、毅然と前を見て冷静に対処していく様子を見て思わず拍手してしまう。
「ミシェル様カッコいい!すごーい!!女主人ってあんな感じなんだね!!!」
『あぁ、さすが母上だ。父が不在の間、公爵家は母が取り仕切っているんだ。安心して任せられるだろう』
昨晩息子を想って涙していたミシェル様と、今目の前にいるミシェル様は、同じ人なのに全然違って見えた。ミシェル様と対峙したことで男の勢いもすっかりなくなり、後はもうブルーノお兄さんの帰りを待つばかりだ。そう油断してしまったのがいけなかったのかもしれない。
「お母さま、早く中にはいりたいです!」
「ノルベルト、ごめんね。もう少し大人しくしていてね」
「…ぼくはお兄さまをお茶会にご招待しにきたのです。変なおじさんの相手をしにきたんじゃないです」
どうやらミシェル様は下の息子さんとアルを迎えに来たところ、この場に出くわしたようだ。
待ちきれなくなった弟くんはミシェル様の腕の中から抜け出し、男の横を通って室内に駆けていこうとしたのだが――
「誰が変なおじさんだ!!このガキ…ッ!」
「危ない!!!!」
悄然としていたはずの男だが、小さい子供におじさん呼ばわりされたことで頭に血が上ったようだ。弟くんを蹴り飛ばそうとしたので、咄嗟に飛び出して割って入った。私の身体では間に合わなかっただろうから、アルの身体能力のたまものだ。
「――――ッ!」
脇腹を強く蹴り上げられて、身体はアルだけど中身はリモーネのままなので、受け身の取り方なんて知らずそのまま転がって頭を殴打した。
それがアルの中で起こった最後の出来事だった。




