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邂逅⑩

火星を発つ前夜。

僕は両親のお墓にいた。

戻って来ない訳ではないが、もしかしたらこれが最後になるかもしれないと、お墓に手を合わせに来た。

父と母にこれから地球に行ってきますと言ったらどんな顔をするだろうか?

何を言っているんだと笑い飛ばされそうだ。


今僕らは歴史の一ページを刻む第一歩を踏み出そうとしている。

それを誇らしいと呼ぶか安易な行動だと罵るか、僕は誇らしいと思っている。

本当の故郷に帰る事ができるのだ、こんな素敵な事はない。


しばらくお墓で手を合わせていると、足音が聞こえてくる。

誰かが墓地に入って来たらしい。

振り向くとアスカがお花を持って立っていた。


「私も手を合わせていいかしら。」

僕が頷くとアスカは膝を曲げて墓前に花を添えた。

手を合わせて目を瞑っている横顔はとても儚げに見えた。



「ちょっとその辺歩かない?」

「そうだな、久しぶりにこの辺散歩するのもいいかもしれない。」

そう言って2人は墓地を出た。

自分が生まれ育った街並みを見ながら歩く。

夜だからか静かなものだ。

そういえばこうして二人でここらを歩くなんていつぶりだろうか。

そんな事を考えていると、アスカが口を開いた。


「ねえ、あの先にある見晴台に行かない?リッツとリコがあそこで待ってるから。」

「あの二人にも声を掛けてたのか。なんだか懐かしい感じがするな。四人が集まる事って最近なかったから。」

訓練兵になる以前からの仲。

アスカも火星を発つ前夜くらいは四人で過ごしたいと考えていたのかもしれない。



「お、来たな。随分待たせやがって。」

「悪い悪い、って何やってたんだよ。」

リッツは見晴台でシートをひいて寝転がっていた。

どうやらリコも一緒になって夜空を眺めていたらしい。

僕とアスカも2人に促され横になる。


夜空をいくつもの星が埋め尽くしていた。

火星の星空だ。

地球で見ればまた違った見え方をするのだろうか。


「綺麗ね。」

ふとアスカが呟く。

横を見ると少し微笑んだアスカの横顔があった。

だからだろうか、つい溢してしまったのだ。


「ああ、綺麗だな。」

それはアスカの耳にも入ってきたがライルが自分を見ながら言った言葉だとは思っていない。

しかしリッツとリコはなんとなく気付いたようで突っ込まれた。


「おいおい、今は四人でいるんだぜ?そういうのは後にしとけ。」

「?そういうのって何かしら。」

「アスカは気づいてないようだけどリコ達には分かっているからねライル。」

火照った顔を見られまいとアスカとは反対方向を向く。

それで察したのかアスカも黙ってしまった。


四人が全員黙る。

黙って星空を眺めるのも悪くない。

火星の星空も捨てたものではないと、改めて思った。

過酷で戦いに明け暮れる毎日だったが火星での暮らしも悪くはなかった。

新しい出会いもあったし、地球では見る事の叶わない景色だって見る事が出来た。


今までの事を振り返る。

リッツとリコと共に遊んだ日々。

アスカとの出会い。

訓練兵隊への入隊。

痛みと死の実感。

殲滅隊での過酷な訓練。

親しき者との別れ。

新たな出会い。

そのどれもが濃厚な思い出だ。

忘れる事はないだろう、いや忘れられる訳がない。

彼らと歩んだ軌跡は未だ止まる事はない。

これからも続いていく、そう信じて明日への一歩を踏み出すのだ。

もちろんこんな事を三人には話さない。

恥ずかしいのもあるが口に出さない事こそ美しい事だと思っている。

リッツ、リコ、アスカは今何を思っているのだろうか。

ただ黙って時間だけが過ぎていく。


静寂を破ったのはリッツだった。

「さ、俺はそろそろ戻るぜ。」

「リコも。2人はゆっくりしてから戻ってくるといいよ。」

そう言って2人は去って行った。

残されたアスカと僕は何も言えず黙って星空を眺めている。

お互いに気恥ずかしさもあってか口を開こうとしない。



しかし今言っておかねば後悔しそうだ。

これからの戦いは必ずしも生きて帰れるとは到底言い難い。

だからこそ今言っておきたい。

先に口を開いたのは僕だった。


「アスカ、言っておきたいことがあるんだ。」

アスカはこちらを振り向き続きを待っている。

僕は意を決して続く言葉を紡いだ。


「僕はアスカの事が好きなんだ。正直言うと失いたくはない。だから本音を言えばトリカゴに残ってほしい。」

「それは私も同じよ。前にも言ったと思うけど貴方と共に生きると。ここに残ってというのならそれは受け入れられないわ。」

キツイ視線を向けてきたアスカは僕の願いを聞き入れられないと言った。

しかしこの言葉には続きがある。


「そう思っていたんだ。でも今は違う。共に来て欲しい。一緒に戦って欲しい。僕はもうどうしようもなく君が好きみたいだ。」

「それって……。」

「片時も離れたくはない。僕と人生を共に歩んで欲しい。」

起き上がり彼女の方を向いて手を差し出した。

アスカはその手をジッと見ている。


「もちろんよ。私はずっとそのつもりだったから。」

アスカは僕の手を優しく握った。

微笑んだ彼女は今までで一番美しかった。

頬に少し朱が差しているのは僕も同じだろう。

今、僕の心臓の鼓動は戦っている時よりも早い。


「全部が終わったら言いたい言葉があるんだ。でもそれは今言えない。ほら、よく言うだろ。フラグを立てるなって。」

「フフフ、そうね。多分貴方の言いたい言葉は分かるけど。私の返事はもう決まっているわ。」

お互いに口には出さない。

それを口にするのは全てが終わってからだ。


2人の顔はゆっくりと近づく。

頬に朱が差した2人の顔はやがて重なり唇を合わせた。



抱き合う2人を照らした星空の明かりは、いつか来る幸せを願う祝福の光のようであった。

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