邂逅⑧
――地球――
シュラーヴリ帝国のある一室では焦った表情の男が皇帝陛下を前に何やら火急の要件を持ってきていた。
「かなり急いで来たようだが、何があった?」
皇帝は焦った男の様子を見てただ事ではないと感じ部屋に招き入れた。
本当はレイナと雑談をしていた時間ではあったが、あまりに急いでいたようだったので一度会話を止め彼の話を聞くことにした。
「皇女殿下との歓談中失礼いたします。地球外通信室から報告が上がってきました。」
いつもならその程度はいちいち報告して来ない。
しかしわざわざ自分の、それも皇帝の前まで持ってきた雰囲気から察するに大事が起きたのだろう。
「して、内容は?」
男は言いづらそうにチラッとレイナの方を見る。
聞かせて良いものかどうか判断に迷ったのだろう。
しかしそれだけ重要な内容であるとも言える。
「レイナはいずれ私の後を継ぐ。良い、聞かせても。」
「畏まりました。地球外通信室から火急の連絡がありましたのでご報告をと参りました。ベータに真実が漏れた、との事です。緊急を要するとの事でしたので戦艦級輸送船バルバトスと暴徒鎮圧用アンドロイド1000体を送り出しました。」
恐れていた事が起きた。
ベータに真実が漏れたという事は、確実に復讐を考えるはず。
だからこそ、地球外通信室の判断で即座に攻撃能力を備えた最新艦を送ったようだ。
しかし皇帝陛下よりも大きくリアクションを取ったのはレイナであった。
「そんな!!ライルやアスカが!!すぐに中止して下さい!!彼らは、暴徒になるような人じゃありません!」
「辞めよレイナ!……お前が過ごした数年間の思い出を汚したくはないが、彼らはベータなのだ。我々地球人と相容れぬ事くらい分かるだろう?」
レイナは涙を浮かべ、悔しそうに歯を噛み締めている。
火星から帰ってきた時にはとても嬉しそうにベータの話をしてくれていた。
しかし規定で決まっている。
もしもベータに真実が漏れた場合、即座に制圧し侵略作戦を再度やり直すと。
有り得ないとは思うが、万が一彼らが地球に攻め込んでこれば悲惨な戦争がまた繰り返される。
唯一懸念点としてあるのが、アルファとベータを送り込んだ時の輸送船だ。
技術を持たないベータに動かせるとは思えないが、万が一がある。
彼らは普通の人間ではないのだ。
普通の常識を当てはめる事は愚考でしかない。
だから最初に決められていた。
真実が漏れるような事があれば、焼き払えと。
何の罪もない彼らを殺すのは忍びないが、皇帝陛下の一存で規定を変える事など出来ず、仕方なく、であった。
「レイナ、分かってくれ。彼らは人間ではないのだ。共に歩む事など……出来ないのだ。」
「お父様……ライルやアスカは何も悪い事はしていないのですよ……なのに……真実を知ったからって殺すなんて!!」
報告を持ってきた男はどうしていいか分からずオロオロしている。
そんな男を気の毒に思い皇帝陛下は手で制止する。
「気にするな。地球外通信室の判断は誤っていない。それでいいと伝えておいてくれ。」
「はっ。畏まりました。」
それだけ伝えると男は出て行った。
そもそも今更レイナの言うように辞めようと思っても、既に船は火星へ向けて出発している。
途中で引き返す事など出来ないのだ。
「……もし、彼らが地球に来たら、お父様はどうしますか?」
落ち着いたのか急に変な事を聞いてくるレイナを怪訝な目で見る。
「どうする、か。誠心誠意謝罪し、許しを得るほかないだろう。」
「でも、実際に命令を下しているのはバルトステア王国です。お父様はあくまで命令に従わされているだけではないですか。私なら……もし彼らが地球に来るのであれば、彼らに力を貸してバルトステア王国を討ちますわ。」
ギョッとするような事を言うレイナに驚いた。
もしも今の会話を王国に聞かれでもしていたらと思うと冷や汗が止まらない。
「滅多な事を言うんじゃない。……私もそうなればいいとは思うが……彼らがここに来ることはまず不可能だ。」
「何故そう言い切れるのですか?彼らは強化人間です。力も知能も人間を遥かに超える能力があります。」
「どれだけ頭が良かろうと、あの輸送船は動かせん。一万人が乗る事の出来る船だぞ?普通の巡回船などではない。巨大な動く街みたいな物だ。ただでさえ宇宙船の操作が分からない事に加えてあの巨大さだ。ベテランのパイロットでも難しいと言うレベルなのだぞ、彼らでは動かせんよ……。」
理解したのかレイナは肩を落とし落ち込んでいた。
ほんの少しでも期待していたのかもしれない。
しかし、どう考えても無理だ。
もし動かせるとすれば、当時の操作方法を記録しておき、尚且つ操縦可能な司令官か副司令官が協力するのであれば可能だ。
司令官と副司令官は万が一の事を考え船の操作マニュアルを読み込んでいる。
だが残念ながら彼らは地球人だ。
地球側の人間であり、ベータとは一線を置いている。
そんな彼らを説得し操作させる事が出来たのであれば地球に来れるかもしれない。
しかし皇帝陛下はそれをレイナに伝えはしない。
ほんの少しでも希望を持たせるのは酷だと判断したからだ。
それに船の操作が出来た所で、地球の軌道上を守る惑星守護艦隊を突破する事は難しいだろう。
輸送船イカロスとアポロンは攻撃能力を備えてはいるが、所詮は数百年前の兵装である。
最新鋭の艦隊を突破する事など絶対に不可能だ。
「レイナ、では1つ約束しよう。もしも万が一彼らがこの星に来る事が出来たら、その時は彼らと手を取り共に戦う事を誓う。まあ彼らが我々を許してくれるのであればだがな。」
そう言ってやると、レイナは嬉しそうに微笑む。
親である以上やはり娘にずっと悲しい顔をさせるのは忍びないと、叶うかも怪しい儚い希望を持たせてやった。
「許してくれますよ、ライルやアスカは優しいですから。」
レイナはそう言って今日一番の笑顔を見せた。
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