偽装と後悔④
――宇宙暦450年――
この時代のディラン・ノクティスは初代から記憶を引き継いできた三代目だった。
記憶だけで言うと既に150年以上生きている事になる。
そんな彼にも妻ができ、子供が出来た。
火星で生まれ地球を知らない子供という事に多少の憐れみを持つがやはり自分の子供となれば可愛いものだった。
何故いきなり妻を迎えたのか。
もちろん理由がある。
彼のクローン装置が壊れたからだ。
今を生きるディランは本当の意味で最後の命と言える存在であった。
最後の人生くらい人間らしく生きたいと、妻を迎えたのだった。
クローン装置を直せる技術者など火星には存在しない。
唯一カイルであれば直せたのかもしれないが、今はもういない。
「ベータはどうだ?」
指令室に入ると早々に副司令官へと現在の進捗を伺う。
アルファに比べて数倍の身体能力を持つとデータに記載されているが、実際のところどれほどアーレス星人に対して有効なのかは分からなかったからだ。
「ベータですが、やはりアルファに比べて戦闘能力や学習能力など比較にはならないほど高いですね。これならば恐らくアーレス星人にも対抗出来るかと。」
化学兵器や光学兵器と呼ばれる最新鋭の武器は彼らに与えていないが、身体能力だけでアーレス星人を上回る事が出来るのだろうか。
「ああ、そう言えば彼らを纏める人物から報告がありましたよ。何やらトリカゴの壁外へと出る部隊の編成をしたいと。」
「軍として組織を作るつもりか?」
「分かりません。ただ彼らから言い出した事です。どうなろうと我々には関係のない話ですが。」
ディランは腕を組み考える。
ベータの身体能力はただの人間と同じに考えるのは間違っている。
強化人間などディランなどからすれば十分化け物の領域だ。
そんな彼らが軍を作ると言い出せば簡単に許可を出すことは憚られた。
もしもその力が我々に向けば、この軍司令部は壊滅する恐れがある。
しかし、そんな考え込んでいるディランとは対照的に副司令官は楽観的な考え方であった。
「良いのではないですか?彼らを軍として民衆の前に立たせれば、我々軍司令部がいちいち手を出さなくても彼らのみで問題は解決するでしょう。それに、民衆は現状に英雄を求めていると思いますよ。」
「英雄……か。良いだろう、奴らに民衆を守り率いていく立場を与えてやれ。」
考えた末、ディランはベータの独立部隊を作ることを容認した。
軍司令部とはまた別の軍が出来上がる事になるが、彼らの記憶は、地球への侵略者に反撃する、というものでしかない。
もしも火星侵略が成功するのであればそれはそれで結構なことだ。
「そうだな、部隊名は"討伐隊"なんてどうだ?侵略者を討伐するのだからな。」
10年後、ディランは病気で死んだ。
長く総司令官の地位にいた者としては呆気ない終わりであった。
その後を継いだのはディランの子供である。
真実の継承者が総司令官にならなければならない。
これは副司令官やほんの僅かな記憶操作を受けていない者達との取り決められていたことである。
齢20歳の総司令官が誕生した瞬間であった。
――――――
そして月日は流れ行く。
代々ノクティス家に受け継がれてきたディランの書記。
今それを持つのは、ヴァイン・ノクティス。
唯一全ての真実を知る人物であった。
私室でディランの書記を読み終えた彼は目を瞑る。
分厚い年季を感じる一冊の本には事細かく真実が記載されていた。
今まで1度も手に取った事はなかったが、何の気なしに金庫を開けた際、古びた本に目が行き手に取った。
一度読み始めると止まらなかった。最後のページを捲った時にはたかが2時間程度の時間しか経っていないにも関わらずドッと疲れてしまった。
それほどまでに濃密に書かれたその本は歴史の重みがあったのだ。
少しは父から聞かされていた事もある。
この星は地球ではないと、侵略戦争を起こしたのは我々人類なのだと。
しかし遺伝子改造の事や、カイルの死の真相等は知らされていなかった。
いや、父もこの本を読んではいなかったのだろう。
口伝により教えられた事だけを父はヴァインに教えていたのだと、この本を読んでから気付いた。
最後の数ページには、カイル・ドルクスキーに宛てた謝罪と後悔がツラツラと書き連ねられていた。
文字も汚くなり最後の方などは読めたものではなかったくらいに。
涙を流したのか、文字が滲み霞んでいるところも所々あった。
泣くほど後悔していたのだろうか?
カイルは親友と呼ぶに値する人物だったのだろうか?
ディランに直接聞きたいことは山ほどあるが叶わない。
書記を読み終え、ヴァインは今後軍司令部をどう作っていくか考える。
彼ら、討伐隊らに真実を明かすべきか、それともこのまま隠し続けて人生を終えるか。
地球への憎しみなどそこまで感じないヴァインはどうすればいいか分からなかった。
もしも彼らベータに真実を明かしたとして、軍司令部はどうあるべきなのだろうか。
ベータと手を組み、アーレス星人も巻き込んで地球へと乗り込むべきだろうか?
幸いにも、アルファやベータを火星へと送り込んだ輸送船の操作方法が書いてあった為そんな手段を取る事も出来た。
「……我が先祖が残した真実か……。私はどうしたらいい?私は、何をすればいいのだ。誰か教えてくれ……。」
そのつぶやきは誰に聞かれることなく空気に溶けていった。
ヴァインがディランの書記を開いた時、
宇宙暦802年、ライルが16歳になった年であった。
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