偽装と後悔③
――宇宙暦400年――
ディランは生きていた。
本来であればもうとっくに老衰で死んでいてもおかしくないのに、だ。
それには一つのカラクリがある。
遺伝子改造を可能とする技術があれば、クローン人間を作る事も可能だという事だ。
今この時を生きるディランは二代目であった。
「ドワイト、元気か?」
病室でディランは年老いた男に話し掛ける。
その男はもう自分の足では立てないほどに衰弱しており顔もしわくちゃでおじいちゃんと呼ぶにふさわしい人物だった。
ディランはその男から急用がある、すぐに来てくれと言われ急いで病室へと向かった。
「司令……私はもうあれを書くことが出来ません。息子に託してもよろしいでしょうか?」
その男はもう自分の命が短い事を悟っていたようだ。
ベットから体を起こし言葉をゆっくりと紡ぐ。
何十年も昔に与えた任務の事を言っているだろう事はすぐに分かった。
「ああ、構わん。ドワイト、あれは嘘と真実を交えて書いているか?」
「はい……ですがなぜ嘘を交える必要があったのでしょうか……。」
疑問に思いながらも司令官から与えられた任務を確実にこなしてきた。
しかしもう命は風前の灯。
今であれば聞けると、ディランに問う。
「あれは、未来の人間にあてた手紙のようなものだ。恐らく今後も軍司令部が実権を握りこのトリカゴを運営していく事になる。しかしあの本を見たものが何を思う?自分達は駒ではないと憤るはずだ。そしてその怒りは何処へ向かう、真実を隠していた軍司令部と地球だ。我々を火星に追いやった地球の者共に怒りの矛先は向くだろう。そしてそのまま軍司令部と地球に反撃してくれればいい。遥か未来の話になるだろうが、いつか我々を追いやった奴らに報いを受けさせてやりたいのだ。」
「それならば真実だけでも良かったのでは?」
確かにドワイトの言う通り真実だけでも良かっただろう。
地球へと怒りを向ける為に仕掛けた罠は十分効果を発揮していたはず。
しかし嘘を交えなければならなかったのは、カイルを殺してしまったからだ。
それをドワイトにも分かりやすく説明する。
「俺はカイルをこの手で撃った。それは今でも後悔している。カイルが老衰で亡くなったと嘘を書かせていたのは理由がある。俺が殺した事を未来の人間に気づいて欲しくなかったからだ。だがカイルの事だけ嘘を書けばいつかそれが明るみになった時、カイルを殺した俺にも怒りの矛先が向く。それを避ける為に他の嘘も混ぜたのだ。複数の嘘が混じり合っていればどれが本当でどれが嘘か判断が付きにくいだろう?その為だ。」
納得したのかドワイトは無理やり起こした体を寝かせた。
カイルを殺した事だけは絶対にバレてはいけない。
人類の至宝とも言えるほどの頭脳を持った彼を殺したディランは大罪人だ。
カイルの偉業は後世にも語り継がれるはず。
だから嘘と真実を混ぜた本を書かせた。
「ドワイト?」
急に静かになった彼を不審に思ったディランは名前を呼ぶ。
しかし反応はない。
「ドクター!!!早く来てくれ!!」
急いで医者を呼んだが、既にドワイトの命の灯は尽きていた。
知りたかった事を知れて満足したからだろうか。
死に顔はとても安らかだった。
現在アーレス星人との戦いは静かになった。
人間では太刀打ちできないほど戦力に差があるせいで人類側から攻める事がなかなか難しかった。
アーレス星人もまた、過去に核弾頭を撃たれた事が記憶に新しいのか、攻めては来ない。
核の威力を恐れているのだろう。
戦いがないとなれば、トリカゴ内の街は少しずつ発展していく。
しかし技術を制限しており強大な力を持たないようにしているせいで発展は遅い。
もしも技術の制限を無くせば、凄まじい速度でトリカゴ内は発展していくだろう。
だが、強大な力を得た民が軍司令部に牙を剥くことが恐ろしく、技術の制限をしていた。
この火星で生まれ死んでいく彼らを憐れむのはディランと記憶操作を受けていない者達の子孫だけであった。
ある日の事、地球から通信があった。
司令宛てらしく、通信室に呼び出されたディランは何事かと足早に向かう。
地球からの通信など数年に一度あるかないかだ。
だからこそ急を要する指令が来たのだと急いだ。
「こちら火星侵略先行軍総司令ディラン・ノクティス。何かあったのでしょうか?」
出来るだけ丁寧に応対するディランは大人の対応と言えた。
地球の者達は憎くて仕方がない彼からすれば、よく我慢できた方だ。
「こちら、シュラーヴリ帝国地球外通信室。本件は極秘であるとご理解頂きたく。」
極秘と聞き、生唾を飲み込む。
それだけ重要な事かと身構える。
「現在そちらに向かっている輸送船アポロンにはアルファの後継、ベータが乗っています。それを有効活用し火星侵略に役立ててください。」
「ベータ?一体それは何でしょうか?」
「詳細は後から送るデータを確認して下さい。後一か月もあれば到着するでしょう。通信終了します。」
一方的に伝えられ一方的に通信を切られた。
ディランはその対応に腹が立ったが、後から送られてきたデータを見て更に怒りが増す。
その内容とは、ベータの事であった。
ベータとはアルファと同じく遺伝子改造を受けた強化人間でありアルファに比べて数倍の身体能力を有するとの事。
また人間を駒にしたのかと憤るがその怒りは何処にもぶつけられず拳を握りしめる。
通信室から出たディランを待ち構えていたのは副司令官であった。
「ノクティス司令、今回はどんな内容だったのでしょう?」
正直に話すべきか迷ったが、彼は記憶操作を受けていない者の子孫であり伝えるべきだと判断する。
「また地球の奴らがここに人間を送り込んでくる。今度はアルファより強いらしいぞ。ほんとに地球の奴らは俺らの事をなんだと思っているのだろうな。」
「強化人間……ですか。彼らもまた何も知らず戦わされるんですね。」
副指令官は地球のやり方が気に食わないのか、歯を噛み締め怒りを露わにする。
まだ若い彼はディランのように怒りを隠すことが下手なようだった。
「一か月後だ。軍司令部本部の後方に着くはずだ。その時までに記憶操作を受けていない者達を集めておけ。くれぐれも記憶操作を受けた者達に気づかれるなよ。そうだな、表向きは生き残っていた人類が合流したという事にしておけ。」
副司令官にそう告げるとディランは私室へと帰って行った。
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