トリカゴの住人⑥
「僕の両親が亡くなってリッツ達の両親が報告に来たときに聞いた話なんですが……」
グラストン夫妻曰く、その日もいつも通り侵略者討伐を行っていたらしい。
しかし、いきなり前線で戦っていた1人が吹き飛ばされて来たそうだ。
身体には鋭利な爪で引っ掻かれたような傷。
何事かと全員が飛ばされてきた方向に目を向けると、黒い狼のような化け物が佇んでいた。
明らかに他の侵略者とは違う様相。
すぐ迎撃体制に入ったが、速すぎて誰も目で負えなかった。
1人、また1人と殺られていく様を見せつけられ小隊は撤退することを選んだ。
殿を努めるのは極めて危険であり、ほぼ確実に死を持って時間を稼ぐことになるのは明らか。
グラストン夫妻は真っ先に殿を努める事を提案したが、即座に拒否された。
僕の両親が殿を努めると言い出したのだ。
部隊を率いる身でありながら、仲間を死なせるわけにはいかないと自身の命と引き換えに生きろと、命令したそうだ。
その後は全力で逃走する彼らを追ってくる黒い狼。
殿を努めたのは隊長と副長ともう1人。
すぐに1人殺されたのが見えた。
しかし今更戻った所で全滅するのが目に見えている。
隊長の思いを無駄にする訳にいかず、前を見て走った。
ある程度距離が離れた所で振り返ると、奮闘している2人が見えたが、次の瞬間には真っ二つに切り裂かれ1人が戦死。
もう1人はなんとか粘っていたが、奮闘虚しく戦死。
それがグラストン夫妻の見たカーバイツの最後だったそうだ。
「ごめんなさい……貴方にとって辛い話をさせてしまって……」
「いいんです、それが真実なんですから。だから僕はその異質な侵略者を討つ為兵士になりたいんです。」
「その黒い狼の事は知っているわ。」
なぜそんなことを彼女は知っているんだ?
そう思ったが続きを聞くことにした。
「その侵略者の名前は黒狼のゼクト。私の父上が負けた唯一の侵略者よ。」
なぜ名前が分かるのか、聞こうとしたが口を塞がれた。
「この続きは後で私の家で話すことにするわ。もう始まるみたいだから。」
今僕の頭の中には聞きたい事だらけで、今更公開訓練など見ようとも思わないが、後から聞けると言うならそうしよう。
「なんか妙な話になってきたな……」
リッツも横で聞いていたみたいだが、微妙な顔つきになっていた。
公開訓練が始まると辺りは熱狂に包まれた。
改めて思ったが、やはりサウズを着けた戦いは尋常ではない迫力がある。
もちろんサウズを着けるということは、四肢のいずれかを戦闘によって失くしたという事。
シンプルに喜べないかもしれないが、人類の戦力増強という面で見れば、とても心強い存在になれるだろう。
たまに出てくる色の付いたサウズを着けた人が居るがあれはなんだろうか。
「もしかして色付きの事、見てるの?」
アスカさんに話しかけられ、頷く。
「色の付いたサウズは着けたその人の適合率が90%を越えている証拠なの。本来は50%の適合率があれば実戦で十分活躍でき精鋭と呼ばれるらしいけれど、適合率が高ければ高いほど自らの腕や足と同じ感覚で使えるらしいわ。もし、父上の時にサウズが普及していれば……」
サウズの事はあまり詳しくないが、確かに見ていると色付きサウズを着けた人の動きは常人を超えていた。
しかし3色もあれば、1つ1つの色に意味がありそうだ。
「黄色は適合率が70%を越えた人、橙色は適合率80%、赤色は90%を越えた人よ。100%は未だにいないらしいけど何色になるのかしらね。」
黄色と橙色はちらほらと見かけるが、赤色は1人しか見ていないな。
「あの赤色のサウズを着けた人が、殲滅隊隊長アレン・シスクードよ。」
「アレン・シスクード……赤髪の人ですね。初めて聞きました。そもそも殲滅隊って公開訓練に出てきたの初めてですよね?」
「そうね、殲滅隊は精鋭中の精鋭。なぜ出てきたのかは分からないけど。」
「僕も殲滅隊に入りたいですね。」
「私もよ。」
息を吐くように返事をしたアスカに驚いた。
リッツとリコも驚いた顔をしている。
まさかお嬢様が自ら兵士を希望、それも殲滅隊を希望するなんて。
死が怖くないのだろうか。
それを言えば僕らもそうだが、死を覚悟してでも侵略者に一矢報いたいのだろう。
大切な人を失った人はみな、兵士を目指す。
そして一矢報いる為に戦場に立つ。
大抵の者は一矢報いることすら叶わず死んでいくのだが……。
「アスカさんって僕らと歳が近いですよね。」
「私は15歳よ、貴方達は?」
「全員14歳です。」
「じゃあ再来年の兵士採用試験を受けるのね?」
「そういうアスカさんもですよね?」
兵士採用試験は2年に1度ある。
ちょうど僕らが兵士になれる16歳で試験があるのだ。
アスカさんも受けるということは、受かれば全員同期だ。
「おいおい、ライル。これは本気で兵士採用試験に受からないといけないな……こんな美人と同期なんてやるしかねぇよ。」
小声で話しかけてくるリッツ。
そんな話をしている内に公開訓練も終わったようだ。
その足で約束通りアスカさんの家に向かう事となった。
アスカさんの住む家は思っているほど豪華な屋敷ではなかった。
ラインハルト家なんてとても大きな屋敷だと思っていたが。
そんな思いは見透かされていたのか、アスカさんは苦笑いしながら話しかけてきた。
「ああ、家の小ささに驚いているの?」
「あ、その失礼だとは思ったんですが、その、想像してたよりは……」
「この家は父上が亡くなってから引っ越した所なの。私とフィーネの2人きりでこの家の3倍はある屋敷を維持するなんて、とてもじゃないけど出来ないわ。」
「なるほど、理解しました。」
客間に通され、紅茶を出される。
この茶器一式ですら、僕らの手が出ないような金額なのだろう。
「さて、何から話しましょうか。」
全員が一息ついた所でアスカさんは話し始めた。
「私の父上、レオン・ラインハルトは人類最強と呼ばれていたわ。そんな父上が唯一倒せず返り討ちに合った侵略者、それが黒狼のゼクト。」
レオン・ラインハルトの隊に所属していた副長から聞いた話をそのまま話してくれた。
レオンと相対した黒狼のゼクトは言葉を理解していたらしい。
死の間際に副長にその事を伝えて亡くなったそうだ。
その副長に話を聞いてみたくなったが、今はもう何処に居るかも分からず行方不明らしい。
「そして貴方の両親の話に繋がるわ。カーバイツ夫妻を殺したのは、貴方の話を聞いた限り恐らくその黒狼のゼクト。英雄に引き続き優秀と呼ばれていた第一小隊も負けるとはね……」
特殊個体の事も詳しく聞くことが出来た。
現段階で分かっているのは、2体。
1体はアスカの祖父が命と引き換えに倒したが、もう1体は黒狼のゼクト。
普通の侵略者とは比較にならないほど強いということだ。
「でも1つ気になることがあるの。なぜ黒狼のゼクトを倒せ、ではなく探し出せと言い残したのか。多分だけどゼクトとやらは何か重要な事を知っているのだと思うわ。」
「その為にアスカさんは兵士の道を選ぶというわけですね。」
「その通りよ。」
少なくとも英雄の領域に立たなければ、黒狼のゼクトと対話など夢のまた夢だろう。
僕らはイタズラばかりしている悪ガキだが、これから兵士採用試験までに出来るだけ修練を積まなければならない。
「それで、貴方達に提案があるわ。私と共に訓練をしないかしら?」
僕ら3人は顔を見合わせた。
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