アイオリス山脈③
アイオリス山脈へと向かう車列の1台にライル達は乗っていた。
同乗者はアレン、ライル、アスカ、そしてリーだ。
「それで、もし到着次第攻撃されればお前はどう動く?」
「隊長、それは杞憂です。そんな事にはなりませんよ。」
「何がお前にそう思わせる要素がある。あのゼクトも敵には変わりないんだぞ。」
「何となくですけど分かるんです。ゼクトは争いを望んでいない。平和を求めて僕らに対話の席を用意したんだと思います。もしその気なら他の特殊個体も含めて一気にトリカゴに襲撃してきていると思いますし。」
「ライル、希望的観測はあまり褒められる事ではないわよ。」
何がそこまで信用に足る事があるのか、と問われれば答えるのは難しい。
しかし、あのゼクトが人類を根絶させる為にそんな遠回りをするだろうか。
いやしない。
そもそも僕と戦った時も本気ではなかったような気がした。
その気があれば、適当に僕を痛め付けた後街中暴れ回れば人類は壊滅的打撃を受けたはず。
だがゼクトはしなかった。
何年も何十年も対話による平和を求めて、その相手を探していたような、そんな気がした。
「ふうむ、ライル殿。貴方がそこまで信用するゼクトとやらに早くワタクシも会いたいものです。ワタクシはその何の根拠もない信用は嫌いではないですよ。対話による平和への道のり。それが出来ていれば今人類はこんな事にはなっていなかったのでしょうね……。」
「リー隊長?」
「あ、いえいえ、少ししんみりしてしまいましたが今はもう振り切れているので大丈夫ですよ。ワタクシも身内をこの戦争で亡くしたものでしてね。」
そうだった。
いくらゼクトが信頼に足る存在だったとしても、殺された人たちは戻らない。
僕の両親だって彼に殺されたんだ。
でも、戦争だから……仕方ないと思ってしまう気持ちもなくはない。
出会い方が違ったら、今とは違う未来もあったのだろうか。
既にトリカゴを出発して3日経つがまだ山脈の麓には辿り着かない。
今日も見晴らしのいい荒野で野宿となった。
夜になり眠れずテントの外へと出る。
空に浮かぶ満天の星。その明かりだけが辺りを照らす。
何処を見渡しても遥か地平線まで荒野がずっと続いている。
人が生きた文明の跡など何もない。
所々に大きなクレーターが目立つがそれ以外は多少大きな岩が点在するだけで後は赤土の大地が続いている。
荒廃した世界。
そんな言葉がよく似合いそうだ。
「眠れないの?」
後ろから声が聞こえ振り返ると寝巻姿のアスカが立っていた。
星の明かりに照らされ髪を掻きあげる仕草が様になっている。
「アスカか。お前も眠れないのか?」
「まあそうね。こんなだだっ広い荒野に野営しているんですもの。落ち着かないわ。」
横に座ったアスカから石鹸の香りが漂い鼻をくすぐる。
「ん?なんかいい匂いするな。なんかつけてる?」
「当たり前でしょ、お風呂に入れなくて身体を拭くくらいしか出来ないのだから女性はみんな香水を持ち歩いているわ。」
それでか。
たまに訓練中シャンプーをした後のような香りがアスカから漂っていたのはそういう理由か。
「別に臭くないだろ、そんなのつけなくても。」
鼻を近づけると首を絞められた。
「乙女心を分かっていないわね。好きな人の前では着飾っていたいものなのよ、香りもね。」
「そ、そうか。」
なんとなく気付いていた。
アスカは僕に気があるという事に。
僕だって何の気もないなんて言えば嘘になる。
ただ、好きな人というより家族愛みたいなものだ。
アスカも僕と同じだろう、と思っていたがアスカの僕に対する気持ちは異性に対しての愛だと最近何となく思った。
でも返事はしない。
今ここで男女の関係になってしまったら、僕は確実に戦場で思わぬ行動に出てしまうだろう。
人間とはそういうものだ。
アスカに危機が迫れば全てをかなぐり捨ててでも助けに行ってしまう。
一兵士としてあるまじき行動だ。
だから僕は返事はしない。
分かっていない振りをするのだ。
「ライル、平和な世界の先に貴方は何を望むのかしら?」
「平和な世界の先?まだ平和になってすらいないのにそんな先の事考えられないよ。」
「そうかしら?私は意外と今回の対話が上手く行くような気がしてる。近いうちに平和は訪れる、そんな気が。」
理想論などだれでも言える。
高い理想を掲げていた時、その理想が儚く崩れ去ったらもう立ち直る事はできない。
だから僕は理想はあっても口にはしない。
「まずはこの世界が平和になるように願う事しか考えていないな。」
「平和になれば、彼ら、侵略者達とも共存する未来があるのかしらね。」
共存。
もしそうなれば人類は飛躍的な発展を遂げる。
彼らの高い技術と僕らの高い繁殖力が合わされば、強大な国が出来上がるだろう。
「そうなったらいいけどな。ま、今はとにかくアイオリス山脈まで無事に辿り着ける事を祈っておこう。」
「安心しなさい。貴方は絶対に死なせないから。」
「そういうお前こそ僕が守ってやるよ。」
「私より強く確実に勝てるようになってから言いなさい。」
これだ。
なんとなく家族の気持ちになるのは、姉ができたような感覚になるからだ。
いつも弟を守り引っ張ってくれる、そんな存在。
だから僕は家族という目でしか見ていなかったのかもしれない。
リッツだったら付き合ったらあんなことやこんなことができるぞ、なんて言うだろうけど今はこの関係が心地いい。
もう一度アスカを見る。
星明りに照らされサラサラの黒髪が風に揺られる横顔は美しかった。
「な、何?」
「いや、綺麗だなって思っただけ。」
「そ、そう。」
赤面し少し俯き微笑むアスカは何よりも美しいと思った。
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