トリカゴの住人③
黒く大きい体躯を持ったソレは辺りに散らばる人間の死体を見下ろしている。
ソレからすれば、人間は脆く矮小な存在でしかない。
何故そこまでして戦うのか、ソレには理解が出来なかった。
しばらくすると1人の男が近寄ってきた。
「お前が特殊個体……だな?」
辺りを見回し惨状を目にしたのち、睨むような目つきでソレを見つめる。
この男は確か人類最強と呼ばれていた男だ。
そんな男を当ててくるとは、特殊個体をなんとしても討ち取りたいのだろう。
ソレはゆっくりと口を開く。
「問おう、貴様がレオン・ラインハルトか?」
低く身体に響くような声を発したソレを見た私は震えた。
「な…………言葉を……理解しているのか……?」
有り得ない。
今まで言葉を理解出来た侵略者は居なかった。
だからこそ、今この目の前にいる化け物が恐ろしく感じる。
「言葉を理解していないとでも思ったか?」
狼の見た目で声帯はどうなっているんだ、と聞きたいことはあるがなんとか飲み込む。
「ああ、今までお前達が言葉を理解していたことがなかったからな。」
「まあガルオン共では無理だろう。」
「ガルオン?」
聞いた事のない言葉にオウム返しをしてしまう。
「そんな事も知らぬのか。まあ当たり前か、言葉を介したのは今回が2度目だからな。」
「ま、待て!ガルオンとはなんだ?それに言葉を介したのが2度目だと!?」
有り得ない事が起こりすぎて、私の頭はパンク寸前だ。
「話しすぎた。忘れておけ。今から殺し合うのに理解は必要ないだろう。」
「まあそうだが……ならせめてお前の名前はなんだ。これから殺し合うんだ、一方的に名前を知られてるのは些か気分が悪い。」
「ふん。まあそれくらいなら良かろう。我が名はゼクト。ただのゼクトだ。」
ここまで化け物と会話できた事を早く軍部に伝える事こそ一番重要な事だろうが、今ここで背中を見せれば即座に殺されるだろう。
「さあ、始めようか英雄よ。」
「先手は譲ってくれるのか?」
「それくらい構わんよ、来るがいい英雄レオン・ラインハルト。」
私は背中に担いだ大剣を抜く。
並の兵士なら両手で持つことすら厳しいだろうが、私はこれを2本、片手に1本ずつ持つ。
双剣の英雄、レオン・ラインハルトの名は伊達ではない。
地面を強く蹴りゼクトへと迫る。
大剣を目前でクロスし切りつけるが、既にそこにゼクトの姿はない。
「遅いぞ人間!!!」
声が聞こえたのは背中からだ。
慌てて振り向きざまに剣を振るうが、身体に衝撃が走り気付いた時には大岩に叩きつけられていた。
「がふっっ……」
大量の血を吐く。
叩きつけられた衝撃で内臓をやられたか。
英雄がこの様とは、先代が泣くな。
気を振り絞り、立ち上がりゼクトを見上げる。
「英雄と言えどもこの程度とは……嘆かわしい事だ……」
「くっ!言ってくれるな侵略者!!ならこれを受けてみよ!!」
捨て身の一撃。
これなら確実に当てられる自信があった。
全身に力を入れ、一気に懐へと潜り込む。
剣を両方ゼクトの身体に叩きつけるが毛皮が硬すぎるのか刃は通らない。
「その程度の武器では我の身体に傷すら付けられんぞ。」
「それはどうかな?」
ニヤリと口角をあげ、剣の柄に取り付けられた引き金を引き絞る。
「これが、捨て身の一撃だ!!!」
トリガーを引いたと同時に剣の刃に仕込まれた爆薬に火が着いた。
炸裂剣。この時代の主要兵装は剣に仕込んだ爆薬を柄に取り付けられた引き金を引いたと同時に炸裂させる物。
大抵の化け物であれば、剣を突き立てて炸裂させると身体はバラバラになり死に至る。
しかしレオンの武器に取り付けられた爆薬は通常の2倍。それが2本だった。
そんな物を至近距離で炸裂させれば、本人も無事では済まない。
だからこその捨て身の一撃であった。
轟音と爆風が辺りに鳴り響く。
遠くにいたガロンにも聞こえただろう。
土煙が晴れると、そこには全身血だらけの満身創痍の男が突っ立っている。
目の前には黒い狼が、脇腹の辺りから血を流してはいるがしっかりと4本の足で立っていた。
「なるほど、爆薬か。我に傷を付けるとは称賛に値する。」
「ぐぅ……」
もうまともに喋れないレオンにそう声を掛けたのは、素直に称賛できる程の事だったからだ。
遠くからはレオンの切り札が使われた事を知り、全速力で駆け付けようとするガロンの姿があった。
「最後に言い残すことはあるか?英雄レオン。」
何も喋らない。いや、喋れない、が正しいのだろう。
少し間を置いたが何も発さない所を見届けると、ゼクトは大きな爪を振り上げる。
後は振り下ろすだけで、この戦いは終わる。
「……しん……しゃ……」
何かを話そうとしているのが聞こえ、ゼクトは動きを止めた。
耳を澄ますと微かに聞こえる。
「侵略者め……人類はまだ負けてはいない……最後に勝つのは人類……だ……」
掠れて振り絞ったであろう言葉がそれかと、ため息を付きかけるがどうせ最後だろうからと、ゼクトもそれに応えた。
「ふん、侵略者はどっちのことやら。我らからすれば貴様らが侵略者だ。」
聞こえたのか、レオンは目を見開きゼクトを見上げる。
「どういう……意味……だ。」
「これから死ぬ者には関係のない話だ。」
それだけ言うと、振り上げられた爪を振り下ろした。
瀕死となった男を前にしてゼクトは呟く。
「お前の勇姿を称えて、ここは退いてやろう。人間共はこいつに感謝するんだな。」
遠くで黒い狼とレオンが戦っている。
助けに入りたい、が行っても足手まといになるのは明白。
ガロンは行こうか行くまいか、悩みながら侵略者を屠っていた。
暫くして、レオンの向かった方角から途轍もない爆音が聞こえてきた。
レオンが切り札を使った音だ。
あれは使った者を確実に死に至しめる諸刃の剣。
使ってしまったのか、と残念でならない気持ちを抑えつつ隊員に命じる。
「お前達はここで奴らを殲滅せよ!私はレオン隊長の元へと向かう!!」
「ですがガロン副長!貴方まで失えば我々は!」
「黙れ!!これは命令だ!!私抜きでここにいる侵略者共を殲滅せよ!」
隊員はまだ何か言っていたが無視を決め込みレオンの元へと向かった。
見えた。
遠くにだが、1人の男が巨大な狼に相対し立ち竦んでいる。
まだレオン隊長は生きている。
まだ間に合う。
そう思いバイクに跨ったガロンはアクセルを全開まで回す。
次の瞬間、狼の爪が男を引き裂いたのがはっきりと目視できてしまった。
ガロンは目の前が真っ白になった。
あれは確実に助からない一撃。
遠目から見ても分かるほどだ。
「レオン隊長ぉぉぉおおおお!!!」
気づいたら叫んでいた。
狼はその声を聞いたからか、その場から駆け出し何処かへと去って行った。
レオンの元へと辿り着いた時には、もう虫の息。
「隊長!!目を!目を開けてください!!」
もう助からないのは明白だが、それでも声を掛けずにはいられない。
「ガ……ロン……か……」
息も絶え絶えだがなんとか絞り出した声に気付いたガロンは嬉しそうな顔を見せた。
「隊長!!」
「よく……聞け……奴は……奴の名は」
「名!?名前ですか!まさかあの狼と会話ができたのですか!?」
「奴の……名は、黒狼のゼクト。奴は人類が知り得ない事を……知っている……だから……後世に伝えろ。そして……探し出せ……奴の知る情報は何よりも……人類に必要……だ。そして、人類の罪とやらを見つけ出せ……」
「黒狼のゼクト?人類が知り得ない情報とはなんですか!?隊長!隊長ぉ!!」
もう息はなかった。
最後の最後にガロンに伝えた内容は、人類史上初めて知り得た情報であった。
そして、この日人類最強であった反撃の刃を失った。
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