新たな人生⑦
大規模作戦まで後3ヶ月を切った。
厳しい訓練のおかげか殲滅隊のみんなと互角には戦えるようになってきた。
しかし未だ勝ちはない。
最終的には体力が尽きて負ける。
こればかりはすぐに身につくものではないとわかってはいるが、急がなければ大規模作戦までもうあまり日がない。
もし、大規模作戦で黒狼のゼクトに敗北すれば……
そんな事になれば、作戦に参加した者全てが死ぬことになるだろう。
失敗は許されない。
しかし、どれだけ訓練を積んでも黒狼のゼクトを倒すビジョンが見えない。
あの爪で切り裂かれた経験が身体を震わせる。
「ライル、来い。」
訓練中いきなり隊長に呼ばれた。
「はい!」
「お前とはまだ1度もやっていないだろう、これからやってやる、構えろ。」
「え?」
アレン隊長はそう言うと剣を突き付けてきた。
殲滅隊に入って、初めてアレン隊長自ら相手をしてくれるというのだ。
あまりに強すぎて、僕が自身を喪失しないようにと、アレン隊長の訓練は避けられていた。
それがいきなりだ。
よく意図は分からなかったが、断る理由もない。
僕はサウズを起動する。
「死ぬなよ。」
それだけ言うと目の前から、消えた。
文字通り、消えたのだ。
相手から視線を外せば、負ける。
今までの訓練で学んだ事だ。
すぐにアレン隊長を探すが、その必要はなかった。
僕のすぐ後ろから声が聞こえて来たからだ。
「遅いぞ。」
首に剣が添えられていた。
ありえない、同じ装備を着けているにも関わらず目で捉える事すら出来ないアレン隊長に畏怖する。
「隊長ぉ、それはずるいですよ〜。」
ザラさんも一部始終を見ていたのか、苦笑いしながら近付いて来る。
「ライルきゅん、アレン隊長はアタシ達と違って特殊なガスを使ってるんだよ〜。圧縮強化ガス?とかいうやつ。」
「なんですかそれ?」
「要はアタシ達とはガス噴射した際の加速が違うって事〜。」
ガスが違うなんて気付くわけないだろ。
どおりでいきなり消えたように見えたはずだ。
「おい、ザラ。ネタバラシが早すぎるだろ。」
「え〜でもアタシはライルきゅん気に入ってるんで〜。」
「ちっ。まあいい。ライル、俺の使っているガスはお前らがいつも使うガスを更に圧縮したものだ。」
「そんなものが存在するんですか。」
「知らなくても無理はない。俺以外に使えるやつはいないからな。」
ガス噴射で加速する際、少なからず身体にGが掛かり負担になる。
最高速度を出す時なんて、凄まじいGが掛かる。
故にアレン隊長の使うガスは他の者には扱えないのだ。
アレン隊長の使うガスは僕らの使う圧縮ガスを更に圧縮したものとなる。
最大噴射した際の最高速度は300キロ。
身体に掛かるGで意識を失っても可笑しくはないレベルだ。
そんなものを使っていてなぜアレン隊長が無事なのか聞いてみたが、耐えればいいだけ、となんとも役に立たないアドバイスしか貰えなかった。
「さあ、続けるぞ。」
最高速度から放たれる刃は、一閃。
気付いた時には首が落ちている事だろう。
駄目だ、速すぎて見えない。
こんな速度で飛び回っていてなぜ平気な顔が出来るのか。
アレン隊長も特殊個体なのでは、疑ってしまうほどだ。
「やはり、お前の反応速度でも対処できないか……、時間だ、終わるぞ。」
アレン隊長は僕に期待して訓練を持ち掛けてくれたのか。
「待ってください!やれます!見切ってみせます!」
ならば、その期待に応えるだけだ。
僕だって殲滅隊の1人なんだ。
ずっと燻っていた気持ちが晴れる気がした。
今、この時、僕が一番輝けるかもしれない時なんだ。
「そこまで言うならのぼってみせろ。人外の領域に。」
「はい!」
腰を落とし、アレン隊長だけを見つめる。
一挙手一投足に集中する。
恐らくアレン隊長もこの一撃は最高速で来る。なんとなくそんな気がした。
剣の微細な動き、瞬きの瞬間、指先の揺れ。
全てに意識を集中させる。
どんな些細な動きも見逃さない。
来た。
アレン隊長の指がほんの少し動く。
基本的な動作は僕らと変わらないはずだ。
指を開いた時、ガスが噴射される。
刹那、目の前に立つアレン隊長がボヤケた。
動いた、瞬きすることすら忘れ最高速度で接近するアレン隊長から目を離さない。
アレン隊長の姿は掻き消え、ガス噴射の音だけを置き去りに、僕の真後ろへと移動する。
その瞬間、殺気が感じ取れた。
身体を捻り、最高速で放たれる一閃の斬撃を首の皮一枚で躱す。
少し掠ったか、血が滲み出すが拭うことすらしない。反撃の為に無駄な挙動は極力避けねばならないからだ。
躱すと同時に左手に固く握られた剣を振るうが既にそこにアレン隊長の姿はない。
見失ったら終わってしまう。
意識を全周囲に向ける。
左後方から凄まじい殺気が飛んでくるのが分かった。
脇腹へ一直線に伸びる侵略者すらも一撃で屠る突き。
左後方へ振り返ると共に剣の腹で軌道を逸らす。
パワー負けしたのか、少し掠ってしまったようだ。
脇腹から血が流れてくる。
「クッ……」
「及第点だな。」
完全回避とまではいかなかったが、直撃は避けられた。
自分的にはかなり動けたとおもう。
「えー!ライルきゅん凄いじゃーん!隊長の攻撃避けるのなんてアタシも無理だよ!」
ザラさんはずっと観ていたようで、自分の事のように喜んで抱き着いてきた。
「ちょっ!」
「凄い凄い!でも隊長〜及第点は厳しすぎません?」
「ふん、完全に避けれてこその反応速度だろうが。もっと精進するんだな。まあ、殲滅隊の戦力としては数えてやる。」
いつも通り不機嫌そうな顔でそう言うとさっさと兵舎へ戻って行った。
「アレン隊長はああ言ってるけど、十分認めてくれてるよあれ〜。戦力に数えるってもう認めてるようなもんじゃん。」
「はは……まだ不完全ですけどなんとなく感覚は掴めて来た気がします。」
「いいんだよそれで、焦って強くなろうとしなくても。」
真っ直ぐ僕の目を見て、真剣な眼差しを向けてくる。
「ザラさんは、なんでそんなに僕の事を気に掛けてくれるんですか?」
ずっと気になっていた。
ザラさんだけが、ここまで気を回してくれる。
「んーそうだねぇ、昔話をしようか。アタシには弟がいたんだよ。生きてたら丁度ライルきゅんと同じ歳のね。身体が弱くてね、ずっとベットで生活するような子だった。家は貧乏でさ、高度な治療は出来なくて。いつの日か兵士になるんだって言ってたよ。ある日アタシが外に出て討伐に出掛けた時両足を失って帰ってきた。でも誰もアタシの治療室に来なかった。弟に何かあったんじゃないかと思ってその辺にあった車椅子を掻っ払って自宅に帰ったんだ。でもそこで見たのは弟の首を絞め殺した後首を吊った両親だったものが……あっただけ。遺書にはこう書いてあったよ、先に逝きます。ってね。弟はまだ生きたがっていた。それを!アタシの両親は!奪ったんだ!!」
想像以上に重い話で、何も言えなかった。
拳を握り締め涙を浮かべるザラさんは初めて見た顔をしていた。
「それでアタシは弟の分まで生きるつもりでサウズ手術を受けた。で、今があるって訳よ。その弟とライルきゅんが凄い似ててね。最初見た時に弟かと思ったくらい。」
「そんな事が……あったんですね。すみません、そんな話をさせてしまって。」
「いいのいいの、もう今は気にしてないから。それにライルきゅんがいるしね!」
「僕で良ければ、心の拠り所にしてください。その弟君の名前は何ていうんですか?」
「ありがと、弟の名前はカイ。」
「いい名前ですね。」
「カイも喜んでると思うよ、だからライルきゅんは絶対に死なせない。死なないでね?」
ザラさんの気持ちを知り、死ねない理由が増えてしまった。
もっと強くなろう、そう感じさせる1日のだった。
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