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訓練兵隊⑩

ミアが壁内に戻り、数分が経った。

黒い化け物は追ってきていない。

殺し尽くして満足したのかと思うほどだった。

もしかすると第四第五小隊が援護に駆け付け時間を稼いでいるのかもしれない。



しかしそれも杞憂に終わる。

「な、なんだあれは!!なにか来る!!備えろ!!」

監視台から大声が街中に落ちてくる。


その日、ゼクトの名を知らぬ者はソレを黒き災害と呼ぶこととなる。


街中に衝撃音が響き渡る。

火薬庫に火が着いたのかと思うほどの轟音。

数百年無傷だった第三守護壁には4メートル程の穴が空いた。


破壊したのは黒い化け物だった。

民衆は怒号と悲鳴を上げながら逃げ惑う。

壁の外を見たことがない一般人からすると、ソレは未知との遭遇でもあった。


「なんだよ……あれ……黒い狼か?」

「終わりだ……もう終わりだよ人類は……」

「嫌だ!死にたくない!助けて!」


民衆を掻き分け前に躍り出るのは外壁防衛隊の生き残りと数人の都市防衛隊だった。

まだ都市防衛隊の本隊は辿り着いていなかった。


「本隊が来るまで我々でここを死守する!何としてもこれ以上奴の好きにさせるな!!」

「無理だ!!あんなのと戦って勝てるわけがない!あれを見てみろよ!討伐隊があんなボロボロになって逃げてきたんだぞ!」

「そうだ!討伐隊が無理なら俺達じゃ話にならなねぇ!」

都市防衛隊はもはや機能していなかった。




ゼノン・ティーガーはミアからの連絡を受け即座に行動を開始した。

間に合ってくれ、その思いでバイクを南に走らせる。

あのミアが殲滅隊に増援要請をしたという事実が物語っている。

討伐隊では勝てないと判断した時だ。

噂に聞く黒い化け物が現れたと推測できる。


ゼノンが現地に辿り着いた時には悲惨な惨状しか残されていなかった。

黒い化け物はおらず、あるのは討伐隊と思われる遺体の欠片のみ。

その中に見たことがあるサウズを見つけた。

ガリアが自分のサウズに今まで倒した侵略者の数を刻んでいたのだ。

1度だけ見してもらった事があったのを思い出し、すぐガリアの物だと判明した。

ガリアの遺品だと、分かってしまった。


「先に逝っちまったか……みんな僕を置いていくなぁ、死に損なうのはいつも僕だ……。」

悲しい独り言は誰にも聞かれることなく、景色へと溶け込んでいった。



「今の音……。それに第三守護壁が、破られたって……。」

「ま、待ってくれ!なああんた!!討伐隊はどうなったんだ!!!」

リッツは伝令を持ってきた兵士に掴みかかる。

興奮しているリッツを兵士から引き離しとりあえず話を聞くことにした。

「ああ、君達は訓練兵か。討伐隊は第一小隊3名が生き残った。しかし第四第五小隊は分からない。」

「たった3名……だけ……?」

リコは呆然としている。

「そうだ。壁内に戻って来れたのは3名。それも全員瀕死の状態だ。直ぐに治療班に運ばれてったよ。」

「じゃあ!!!父さん母さんは!」

リッツの悲痛な叫びに応える者はいない。


「南側の所だな?私が行く。お前達は避難誘導を優先しろ。」

「ガデッサ教官!!お願いです、俺たちも行かせてください。」

「家族の心配は痛いほど分かる。だが感情に左右されるな、兵士ならば命令に従いその命令を遵守する事だ。安心しろお前の両親の安否も私が確認しに行く。」

「ありがとうっっ……ございますっ!」

リッツはなんとか教官の説得に折れてくれたみたいだ。

リコは未だ呆然としている。

「リコ?」

「リコ、行ってくるね。」

「は?待て!!おい!リコ!」

ジェットスラスタを起動させ南側へ向かってしまった。


「ちっ!これだから訓練兵は!リコは私が追う!一般人の避難が終われば嫌でも戦闘に参加してもらう!さっさと行け!」

教官もジェットスラスタを起動させ、直ぐに空中機動に入りリコの後を追っていった。


「リコのやつ……無事でいてくれよ。」

「リッツ、心配するのは後だ。まずは僕らの出来ることをやろう。それにリコなら大丈夫さ、体力お化けなのは知ってるだろ。」

「あ、ああそうだな、アイツが簡単にくたばるとは思えねぇ、俺の妹だ。逃げるだけならなんとかなる。」

僕とリッツ、アスカ、レイン、ルナの5人は避難誘導の為街中へ向かった。


「皆さん!こちらへ避難してください!すぐそこまで侵略者は来ています!」

「家財道具なんて必要ないわ、死んだらただのゴミよ。さっさと避難しなさい。」

「こっちでーす!ボクに着いて来てください!!」

各々が避難誘導に尽力する。


アスカ達と離れて1人で誘導していた時だった。

「僕の指差す方向に走ってください!もうそこまで奴らが……うわっ!!!」

避難誘導もほどほどに僕の目の前に岩が飛んできた。


「いってぇ……なんだよもう……」

吹き飛ばされた僕は目を擦り、何が起きたか確認する。

目の前に岩があった。

侵略者が暴れているせいで破壊した建物の破片がここまで飛んできたのだろう。

「当たらなくて良かっ、」

独り言だが最後まで言い切れなかった。


僕の目の前に落ちてきた岩の下から大量の血が流れてきたせいで。

目の前で人が死んだ。

岩の下敷きになって。

初めて目にした人の死。

吐き気が襲い掛かりその場で嘔吐する。

「おえぇぇ……。」


ひとしきり吐いた後、もうその場には生き残っている人々は居ないことを確認する。

その時少し離れた場所に、ソレはいた。


コチラをジッと見つめているソレ。

黒狼のゼクト。

初めて見たが確実にアイツがそうだと言える自信がある。

四足歩行で3メートル程の大きさの黒い狼。爪は鋭く大きなものが備わっている。

アスカとグラストン夫妻から聞いた特徴そのままの化け物がいた。


こいつさえ居なければ……

全てはこいつのせいで……

気づけばサウズを起動し臨戦態勢に入った自分がいた。


「お前が……お前が黒狼のゼクトだな。」

僕の言葉が分かるのか、鋭い眼光で見つめてくる。

「貴様……その名を何処で知った。」

「やっぱり、言葉が分かるんだな。お前が過去に戦ったレオン・ラインハルトからだ!!!」

「レオン……そうかあの男が……。」

「お前を殺す前に聞きたいことがある。なぜここまでするんだ。」

「その質問はそのまま貴様らに返そう。」

「?どういう意味だ!」

「分からぬというのも罪だと知れ。」

「もういい!!」

それだけ言葉を交わすと僕はジェットスラスタを起動させる。

勝ち目がないと分かっていても、やらなくてはやらない時がある。

それがいまだ。


「またそれか。最近の人間はよくそれを使うな。どういう仕組みだ?」

「黙れぇぇぇ!!!」

加速した身体はみるみる黒狼のゼクトへと迫る。


「無駄な事だ、儚き命をここで散らす必要はなかった。」

ゼクトは巨大な爪を振るう。

たったそれだけで人が死ぬ。

それを分かっているからこそ、油断が生まれた。


圧倒的な速さで繰り出される巨大な爪で殺された人間は数多い。

しかし、ライルは違った。

完全回避。

ライルの卓越した反応速度は巨大な爪すらをも躱す。


「何!?」

気付いたゼクトの眼前には刃を突き立てんとするライルの姿があった。

首を捻り避けようとしたが、もう間に合わない。


ゼクトの瞳にサウズの剣が突き刺さった。


「ガァアアアアアアア!!!」


痛み。

ゼクトにとって久しぶりに味わう感覚であった。

人間相手にここまで痛みを感じさせられたのは初めてだった。


「グウゥ、貴様、さっきの反応速度は何だ……」

「分からないならその程度ってことだ黒狼のゼクト!」

「むむ、そうか貴様、人間の特殊個体だな?」

「それがどうした!!」

「くくく、また特殊個体と遭遇するとは……運がいいのか悪いのか……。」


何が可笑しいのか、ゼクトは堪えきれずクツクツと笑う。


「何が可笑しい!!!」

「面白い、面白いぞ人間。貴様、名はなんという?」

「ライル。ライル・カーバイツだ!!!」

「貴様の名、覚えておこう。死にゆく者の名を覚えるのはこれが2度目か……」

レオンの事を言っているのだろう。


喋りもほどほどに再度ガスを噴射し高速機動に入る。

このまま避け続けて切り刻めば、勝てる。

そう判断した僕はまたゼクトへと迫る。


「二度は食らわん。」


そんな言葉が耳に残るが、無視を決め込み刃を首に沿わせようとした。

が、空振りしバランスを崩した僕は地面を転げ回った。


当たる場所に剣を振ったはず。

そう思い剣を見ると、何もなかった。

肩から先が全て。


「う、うわぁぁぁぁあ!!」


痛い痛い痛い痛い痛い。

肩先がジンジンと熱く感じる。

しかしこのまま地面でしゃがみ込み喚いていても、敵は待ってくれない。

もう片方の手でサウズを起動し、剣を形成する。


「くそがぁぁ!!!!」

「ヤケクソになっても我を殺すことは出来ん。我が爪は最速の一撃を放つ。その身で受けよ!!特殊個体!!」


風が僕の体を通り抜けた。

何も見えなかった。

気づいたら僕は地面を這っている。

何が起きた?

突風?

立ち上がろうと足を踏ん張るが上手く立てない。

三半規管がやられたかもしれない。

額を切ったのか目に血が入り、状況がうまく飲み込めない。

血を拭う。

しかし拭えない。

頭を振り、血を吹き飛ばすと少し視界が晴れた。


腕がない。

両腕が何もない。

ショックで頭が冴えてしまったのか、足も急に痛みが襲って来た。

切られたのだろうか、折ったのだろうか?

目線を落とすとそこにあるはずのものがなかった。


ライルは四肢を切り飛ばされ胴体と首だけになり地面に転がっていたのだ。



「死にな化け物。」

そんなセリフと共に聞こえる銃声。


今の時代に似つかない音だ。

薄く目を開けると、誰かが戦っている。

運良く当たったのか黒狼のゼクトは背中から血を流している。


「ぐっ、人間ごときがぁ!!!」

「その人間様に目をやられてるじゃないか。もう片方も潰してやるよ。」

戦闘が激化し数分の攻防が続いている。

意識が朦朧とし何も考えられなくなってきた。


寒い……寒いはずがないのに寒く感じる。


「ライル!!!ライル!!」

「おい!寝てんじゃねぇ!起きろ!早く!衛生班来てくれ!!ライルが!ライルが死んじまう!!」

「嫌よ!!貴方がいない世界なんて、私は生きたくない!!!」


アスカか?リッツの声も聞こえる気がする。

頬に冷たい何かが落ちてくる。

誰かが僕の顔を覗き込んでいるみたいだ。


でも僕は眠い……だめだ……何も考えられない。


「まだ……合う!止血……機工……て行け……」


声が遠くから聞こえる……


僕はそこで意識を手放した。



宇宙暦806年某日

今回の黒き災害の襲撃により、死者は約400人、負傷者約数千人にものぼった。


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