訓練兵隊⑧
第三守護壁が破壊される1時間前。
その連絡が来たのはいきなりであった。
ガリア・グラストン第一小隊長の元に障壁が破られたと連絡が来た。
ガリアは自身の第一小隊とすぐに動ける第四小隊、第五小隊を引き連れて討伐に向かう事となった。
三か所同時攻撃。
今まではどこか一か所のみ攻撃を受けることはあったが、三か所同時攻撃を受けたことはなかった。
東には殲滅隊が。アレン・シスクードがいるなら心配することはないだろう。
西には機工隊が。ビリー・ガーランドは機工隊でありながら殲滅隊に匹敵する実力を持っていると聞いている。
そして南は討伐隊が任された。
できれば第二、第三小隊を連れて行きたかったが非番ですぐに動ける状態ではなかった。
「ミア、状況を教えてくれ。」
私の妻、ミアは戦闘面より頭脳に優れた兵士だ。
状況把握や戦況を左右する局面を瞬時に見抜き適切な指示を出す。
いわば軍師のような才に恵まれていた。
ミアは現地から届いた速報を片手に難しい顔を見せる。
「状況は悪い。南の防衛隊はほぼ壊滅。侵略者は複数体確認されたみたい。気になるのは黒い四足歩行の侵略者を見たと書かれているわね。」
「黒い四足歩行だと?まさか……。」
「ガリア、私も貴方と同じ想像をしてると思う。」
4年前、カーバイツ達を死に追いやり第一小隊を壊滅に追いやった化け物。
「恐らくあの時の化け物ね。どうする?戦力が足りるとは思えないけど。」
「今更別の隊を用意しても間に合わん。我々だけでなんとかするしかない。」
「ま、あの時の仇を討てる機会が来たってことね。せめて最後にあの子たちの顔を見ておきたかった。」
「最後なんて言うんじゃない。可能性は捨てるな。」
「外壁防衛隊もほとんど機能していないのなら私達3つの小隊だけでその化け物と殺り合う事になる。勝率はどう頑張っても2%といったところでしょうね……。」
ミアの戦況を把握し適切な判断を下す頭脳をもってしてもその程度かと、自分達の弱さが嫌になる。
あの元第一小隊長ジン・カーバイツですら敵わなかった相手だ。
我々も昔より強くなったがそれでも勝てる気がしない。
「ミア、もしも第三守護壁に攻撃を加えられたらどれくらいもつ?」
「うーん、破られた電磁障壁ほどではないけど、壁には薄く電磁障壁が纏うように展開されてる。だから反射壁なんて名前が付いてるんだけど、猛攻を加えられた場合、1時間持てば御の字かな。」
「たったそれだけか……あとどれくらいで到着できる?」
「後15分もあれば。」
「なら到着して30分程度の余裕はあるということか。」
「でもあくまで普通の侵略者の攻撃を想定した場合ね。黒い化け物のようなイレギュラーは考えていない。」
「ようは、実際どれだけ持つか見当もつかないってことか。」
「そういうことね。」
あの黒い化け物を討つには殲滅隊の戦力が必須。
ならば今すぐ連絡し、数人の殲滅隊をこちらに回してもらうしかない。
後は到着するまで我々が耐えればいい話だ。
「ミア、殲滅隊に連絡を。数人でいいからこちらに戦力を回してもらえるよう伝えてくれ。」
「もう既にしたわ。特殊個体の可能性あり、殲滅隊副長ゼノン・ティーガーを南に回して欲しい、ってね。」
流石だ、何が最善か瞬時に把握してくれる。
出来ればアレン隊長に来てほしい所だが、向こうの指揮を疎かにはできないだろう。
第三守護壁では慌ただしく兵士が動き回っている。
外壁防衛隊の指揮官らしき人物に近づき、話し掛ける。
「討伐隊第一小隊のガリア・グラストンだ!状況は?」
「来てくれたか!我々でなんとか侵略者を抑え込んでいたが黒い化け物が現れた途端一気に戦線は崩壊した。生き残った者たちで第三守護壁まで下がり部隊を再編していたところだ。」
やはりというべきか、4年前の化け物と同じ奴だろう。
「外壁防衛隊は壁の守りを最優先に。侵略者は我々討伐隊が受け持つ。」
「頼む、ご武運を!」
壁に隣接された監視台に上り辺りを見回す。
侵略者の数は20体ほど。
数では勝っているが、黒い化け物の姿が確認出来ない。
しかしいつまでも見ているだけでは遠くからやってくる侵略者共の接近を許すだけだ。
第一、第四、第五小隊の前に立ち部隊を鼓舞する。
「敵は20体!!数では勝っている!1人1人が全力で戦えば勝てない訳がない!我らは討伐隊!必ず奴らを根絶やしにするぞ!」
至る所から拳を掲げ叫ぶ者たち。
「しかし!特殊個体が現れたと報告があったが目視での確認は出来なかった!もし遭遇した場合は数の利を生かして応戦しつつ後方に下がり信号弾を撃て!それを見たものは援護に回れ!俺もすぐに向かう!作戦開始!!!」
小隊長の位置に就いてから部隊を鼓舞するのも様になってきたと感じる。
「行くぞ!門を開けろ!第一小隊並びに第四第五小隊!出る!」
黒狼のゼクトはしゃがんで遠くから彼らを見つめていた。
障壁を突破し壁に向かう我々を迎え撃つ為、また人間が中から大量に出てきた。
先ほど死を振りまいたというのに、また殺さなければならない。
人間を殺す事など、ゼクトにとっては単純作業でしかない。
過去に一度アレンという男から傷を負わされたが、それまで人間相手では戦いにすらならなかった。
無駄に同胞を殺されるのも気が進まず、重い腰を上げる。
出てきた人間を自ら屠るために。
彼ら人間にとっては、黒狼のゼクトは侵略者ではなくもはや災害。
ただ何もできず死んでいくのみ。
抗える者がいるとするならば、人間の特殊個体だけだろう。
それを知らぬ人間たちは雄たけびを上げ、無意味に侵略者へと足を進めるのだった。
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