訓練兵隊⑦
「ライル、お前は知っているか?」
「何をですか?」
残された僕にガデッサ教官は意味深な事を質問してくる。
「英雄レオン・ラインハルトは知っているだろう、彼は人外の領域に到達していた人間の特殊個体だ。極稀に人類の中にも特殊個体が生まれる。彼のように突出した何かを持って生まれた存在は過去にも存在する。」
「確かに普通ではあり得ない力を持っていたと聞いたことがあります。」
「そうだ、彼は腕力が常人を遥かに超えていた。かのカイル・ドルクスキーは頭脳だ。そしてお前は、恐らく反射神経が異常に発達した結果だろう。」
「僕も特殊個体だと言うことですか?」
「ああ、私はそう考えている。ビリーもそう思ったんじゃないか?」
僕の反応速度は持って生まれたものということだ。
しかしそんないきなり生まれるものなのだろうか。
「カーバイツ家に何かある、というわけではない。いきなり、どこの誰かも分からないが何かしらの能力が異常に発達した者が生まれてくる。」
「それは、分かりました。でも何故それを僕に伝えたんですか?」
「人間の特殊個体は侵略者に対する最大の武器となるだろう。お前に死なれては困るのだ。」
「はぁ……。もちろん死なないように頑張ってますけど。」
「お前にはその自覚をしてもらいたかった。キツイ言い方になるがただの兵士が何人死のうと特殊個体の価値には到底及ばない。だから、意地でも生きろ。戦場で死が目前に迫ったとしても誰かを犠牲にしてでも生きて戻ってこい。」
教官が言っていい言葉とは思えなかったが、その場は頷き後にした。
僕が特殊個体……、アスカだって戦闘に関しては天性の才がある。
僕よりよっぽど特殊個体に近いと思うが。
兵舎に戻ると早速アスカに詰め寄られた。
「ライル、何を言われたの?」
「ああ、ちょっとね。」
こんな事言えるはずがない。
他の兵士を犠牲にしてでも生きて戻れ、なんて。
僕の雰囲気を察したのか、アスカはそれ以上突っ込んでくる事はなかった。
宇宙暦804年。
訓練兵隊に入隊して2年が経った。
2日後には訓練も終わり各々各部隊に配属されていく。
僕、リッツ、リコ、アスカいつもの4人は常に一緒にいた。
そこに加えて今では、試験の時に同じ班となったレイン、ルナもよく一緒に居ることが多くなった。
アリアとレイスは2人でよくつるんでいるところを見かける。
ジェイドはビリー隊長が来た次の日には機工隊に移ってしまった為ここにはいない。
オルザは相変わらず1人だ。
ジェットスラスタの操作についても、全員が地上高速機動でまごつくことは無くなった。
空中機動に関しては全員出来ることは出来るが、地上の時ほど自由自在に動く事はまだできなかった。
僕以外はほぼ完璧と言っていいが、どうも空中を自由に動くというのは慣れなかった。
アスカやリッツ達にみっちりとしごかれたが、やはりなかなか上手くはいかない。
人は地面を歩くものだ。
足が付かない空中でコントロールが効かなくなるなんて当たり前の話だろう。
リッツは地面も空中も似たようなものだ、なんて言うけれどそうは思わない。
いつものように、訓練が終わり各々兵舎へ戻って行く。
しかし、今日はいつもと違うことがある。
それは、基地内が何やら騒がしい事だ。
怒号や叫び声なんかも聞こえてくる。
「どうしたのかしら?何か落ち着きがないわね。」
「なんかあったんじゃないか?教官があそこにいるぜ?」
リッツが指差した所に難しい顔をしたガデッサ教官が他の兵士と話をしていた。
「教官、何か基地内が騒がしいですけど、なんかあったんですか?」
「む?お前達か。何でもない気にするな、と言いたい所だがリッツ、お前がいるなら話さない訳にもいくまい。」
「え?俺?」
「先程侵略者の襲撃があった。そして」
言い終わるかどうかの所で周りの兵士達は上を見上げ叫び声を上げる。
「おい!!あれみろ!!」
「嘘だろ!?障壁が!」
「そんな…………」
何事かと僕らも上を見る。
そこには、外側から消えていく青白い半透明の障壁があった。
「おいおい……どうなってんだこれ……」
「障壁が……破られた?」
開いた口が塞がらない、とはこの事だろう。
「そうだ、3方向から同時の襲撃により、障壁が破られた。」
今まで1度も破られた事はなかった。
こんな事は壁を築いて初めての事だ。
「教官、でもリッツに関係があるってどういうことですか?」
「3方向のうち、1つに討伐小隊をいくつか率いてグラストン第一小隊長と副長が迎撃に向かった。」
「俺の父さんと母さんが!?」
第一小隊長を任されるほどだ。
いつかこんな時が来るとは思っていたがまさか今この時とは。
「リコたちも行こう!」
「駄目だ!!お前達訓練兵が行った所で何の役にも立たん!」
「ですが、何もせずやられていくのを待っていたくはないです!」
「リコ、気持ちは分かるが駄目だ。私はお前達の教官である。故にお前達の命を守るのはこの私だ。今の実力では侵略者1体すら倒せないだろう。」
悔しいが教官の言う通りだ。
僕らはまだ新兵。経験も実力も足りない。
今戦えば誰かを犠牲にして相打ち、がいいところだ。
辺りに警報が鳴り響く。
外側から中心に向かって、第三、第二、第一守護壁と名前が付いている。
今僕らが居るのは第三守護壁と第二守護壁の間の区画。
もし第三守護壁が突破されれば、ここも戦場になるだろう。
「お前達は一般人の避難誘導を優先しろ!!装備は全員着けろ!いいか!?もし侵略者と出会った場合は戦闘になる。都市防衛隊が到着するまで持ちこたえろ!これは訓練ではない!覚悟を決めろ!」
行動を共にするのは、慣れたもの同士が一番いい。
僕らは受験の時に組んだ班で行動することにした。
アリアとレイスは共に組もうとしていたようだが、万が一戦闘となった場合を考慮し、アリア班、レイス班と別々にされていた。
全員の準備が整い、教官の前に一列に並ぶ。
「今期の訓練生は既に部隊に配備された物を除き350名と例年に比べると多い。避難誘導であれば死者が出ることもないだろう。しかし壁が突破されれば悪夢の再来となる。誰一人欠けることなくここに戻ってくることを誓え。」
「はい!!!!」
「よし。いい返事だ。行け!!!!各自私が決めた班長の指示に従い行動せよ!」
僕らの班長はいわずもがなアスカだ。
オルザも優秀ではあるが人を率いる事には向いていない。
どちらかというと単体行動を得意としていた。
通信機で連絡は取りあえるが、アンテナを壊されればただの玩具に成り代わる。
その為、オルザは緊急時に飛び回る連絡要員としての立場を与えられていた。
最初の頃はオルザも空中機動が苦手だったというのにも関わらず、一度上手くできてからは飲み込みが早かった。
流石は序列4位といったところか。
僕らも早速基地を出ようとした瞬間、兵士の悲痛な叫びと街を震わせる地震のような揺れと轟音が耳に入ってきた。
「緊急伝令!!!討伐隊が対応していた第三守護壁の一部が破壊され、突破されました!!!!」
それが意味するのは、討伐隊の壊滅だった。
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