訓練兵隊⑥
アスカにとってライルは、誰よりも手放し難い存在である。
元々、努力が実る瞬間を見る事が好きだった。
彼、ライルは隠れた才能に気づかず生きてきた。
そんな彼も今では私を超える力がある。
それが反応速度。
全ての行動に対して、人は何かしらのアクションを起こす。
飛んできたボールを掴む、落ちていくコップを拾う、殴られかければ顔を守ろうとする。
そのどれもが個々の反射神経により、結果は変わるだろう。
運が良ければ、掴めるかもしれない、拾えるかもしれない、守れるかもしれない。
運の要素を除けば、見て反応する、その速さが物を言う。
しかしライルは、見たと同時に行動を起こす。
一般人からしてみれば、未来予知にでも見えているだろう。
正直、昨日の出来事は夢を見ているようだった。
見えるはずがない死角からの攻撃。
誰であろうと当たることは必然。
ライルはカンだと言うが、それも1つの才能だろう。
訓練した結果が今である。
2年を共に過ごした。
もちろん2人きりというわけではない。
リッツもいたし、リコも居た。
ただ、彼が一番成長した。
たったそれだけだ。
なのに昨日はあれほど激昂してしまった。
何故なのかはわからなかった。
自分でも何がそこまで私を駆り立てたのか分からない。
リコはそれは愛だと教えてくれた。
私は今まで愛というものを経験したことがなかった。
だから今ライルに対して想うこの気持ちは、愛なのかどうかも分からない。
でも1つだけ言えることがある。
私は誰よりも彼と共に生きたいと、そう思えた。
「アスカ!起きて!訓練始まっちゃうよ〜!」
リコに起こされ、直ぐに支度をする。
私達は入隊してからずっと兵舎で過ごしている。
同部屋のリコに起こす事はあっても起こされる事は初めてだった。
「ごめんなさい、寝坊するなんてね……。」
「ほんとだよ!珍しい!今日は雪が降るんじゃない!?」
朝からこの元気、見習いたいくらいだ。
訓練場に急いで向かうとまだ教官は来ていなかった。
ギリギリ間に合ったようだ。
「おはようアスカ。時間ギリギリなんて珍しいな。」
ライルだ。
何か変な夢を見たせいか、ライルの顔を見ると少し火照ってしまう。
「お、おはよう……。」
「ん?元気ないな、どうしたんだ?」
「何でもないわ。」
こんな時に優しくされると余計に火照ってくる。
そんなアスカをじっと見つめるのはリコだった。
「アスカ……やっぱり……。」
「どうしたのかしら、リコ。」
「ううん、何でもなーい。ただアスカもやっぱり1人の女の子なんだなって思っただけ。」
「どういう意味よ。」
返事を聞くより早く教官が来てしまった。
「お前達、おはよう。今日は座学を中心に行う。学舎の方に全員移動しろ。それとライル、お前は少し残れ。」
「え?分かりました。」
昨日のことだろうか、ライルだけ残すなんてそれしか浮かばない。
「教官、私も残ります。」
「駄目だ、ライルだけでいい。」
「しかし……」
「命令だ、学舎に移動しろ。」
有無を言わさない教官の姿勢に少しイラッとしたが、上官に逆らう訳にもいかず学舎に行くことになった。
「ねぇ、アスカ。」
「何?」
「アスカってさ、やっぱりライルのこと好きなんだね。」
「は?」
いきなり突っ込んできたリコにそう返す。
「昨日で確信した。好きな人の為ならあそこまで怒れるのも不思議じゃないなーって。」
「好きとか嫌いとか……私には分からないわ。」
「経験がないから、でしょ?もう聞き飽きたよそれ。」
リコは少し怒っているみたいだ。
「あのね、別にアスカがライルの事を好きになってもいいんだよ。私も好きだし。でもね、ずっと分からない、で生きて行くの?」
よく意味が分からなかった。
リコがライルの事を好んでいるのは前から分かっていた。
しかし、私がライルの事を?
今、ライルの事を思うこの気持ちが好きという感情なのだろうか。
「私とライバルでいいじゃん。最後に選ぶのはライルだよ。」
「ライバルって……。分からないわ、私にはこの感情が愛なのか、それとも別の何かか。」
「ライルの事を大事に思ってる?離れたくないとか思ってる?」
「もちろんよ。私はライルと共に生きて行きたいと思っているわ。」
「それが愛なんだよ。少しずつでいい、ゆっくり知っていけばいいんだよ。知らない事を知らないままで終わるより、少しずつでも知っていけばいいの。それが愛だと実感した時、世界は変わるよ。」
私はずっと戦うことだけを学んできた。
父上とも、ガロンとも。
遊撃隊の兵士と共に遊んだり一緒に訓練したりもあった。
でも今のような気持ちになったことは1度もなかった。
リコの言う通りこれが愛だと言うのなら、戦う時には必要のない感情だ。
むしろ邪魔になるだろう。
愛を育んで何になる。
子供が出来て、大きくなって結婚して、孫が生まれて……
そんなものトリカゴの中にいる間は仮初めの平和でしかない。
「難しく考えなくていいんだよ。ただライルと同じ隊に入るのはアスカだから。だからライルを死なせないで。」
ああ、そうか。
結局リコはライルの事を案じているのだ。
こんな難しく考えなくていい。
今はライルを死なせない事だけを考えよう。
いつか、本物の平和が訪れた時に、考えればいい。
「任せて頂戴。私は天才。誰よりも優れている。だからライルは絶対に死なせない。」
「それを聞けて安心した!絶対絶対守ってね!私はいつかライルに想いを伝えるつもりだから!」
「貴方こそ死なないように戦いなさい。」
リコは真っ直ぐに生きている。
何事も。
これからもそうでいて欲しい。
ああ、こんな日々がずっと続けば良いのに。
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