page 5 担任の先生と学園の魔女 【前半部】
プロローグからの再開なので、ここからでも読めるようになっています。
個人的に特に名前が気に入っているあの人物が・・・?
私帰 ののか ・・・ 主人公。無事家に帰りたい。1年萌木組。秘密は4話ラスト。
茅吹 かざね ・・・ ポニーテールの親友。陸上部で三段跳びが得意。背中が無防備がち。
上津原 美桜 ・・・ 鬼の風紀委員。偽モノ悪モノ汚れモノが嫌い。ゆるふわミディだけどブルコワ。
学校の制服は紐リボンのセーラー服。
水の底、水の底。
住まば水の底。
深き契り、深く沈めて、
永く住まん、君と我。
黒髮の、長き亂れ。
藻屑もつれて、ゆるく漾ふ。
夢ならぬ 夢の命か。
暗からぬ 暗きあたり。
うれし水底。清き吾等に、
譏り遠く 憂透らず。
有耶無耶の心ゆらぎて、
愛の影ほの見ゆ。
( 夏目漱石 『水底の感』(1904))
―― 文庫本なんて閉じて、朝のホームルームまでに疲れを少しでもとるよう、教室の自分の机にぐったりと突っ伏す。
わたし、私帰ののかは、
桜の薫り満ちた高校2日目、
見事勝負に勝った翌日でもあるのに……、
超~~~憂鬱な気分になっていました!!
それは、正門前からずっと道の左右で列を成し、呼びかけてきたり寄ってきたりする、あの厄介なコンコンチキたちのせい。
昨日の恐ろしい七不思議……ではないんですけど、私からしたらアレそっくりです。
センパイたちからの、部活勧誘……!!
にぎやかだしいいんですけど、も~~ちょっと歩きやすいようにしてくれないかなぁ。
実は私、人から見られるのを克服してから高校生活をスタートしたんですが、まだああいった状況は苦手で…。幸い電車とバス通学だから人混みに紛れられたんですけど、それでもこのグロッキー状態ですよ。
私……、昨日知り合った茅吹さんや上津原さんと違って、まだ入る部活決まってないんですよーー! キャッチ通りと化した学校入口は、その私の悩みを煽られるようでもあって…。だからついこんな本まで開いてしまって……。
―― 1年の教室は、更信高校最上階の4階。萌木組での私の席は、
黒板に向かって左から2列目の、一番後ろの席です。座席はひとまず出席番号順にあてられていて、私は11番だから、窓に近いそこです。
……どんよ~~り……。
まだ足りないぜ…。マンガで落ち込んだ時にかかる効果線、垂れ線まで乗っけてやらぁー!
「はぁ……。l l l l 」
「―― 背中に気をつけて!!!」
「……ふぇ?」
私の背後から、昨日親友になったポニーテールの陸上女子、茅吹かざねさんが、私を何かからかばうように覆い被さってきた。私の机に両手をドンとつく。
「え…? え…!?」
まさか茅吹さんに机ドンされるなんて思いもしなかったけど……。
間近から耳をくすぐる茅吹さんの澄んだ声。
「…あれ? この黒いのって、天井トラップじゃないんだ? てっきりののかに落っこちる寸前なのかと」
…? あぁ、この効果線のことか。忍者屋敷は引っ張らなくていいんだっつの。
茅吹さんが、垂れ線が体に透けるのを不思議がっている。マンガのこれが背中の危機に見える人なんて聞いたことないけど、身を挺して守ろうとしてくれたなんて……。
「そ…そんなわけないじゃん。お、おはよ」
「んっ! ののかおはよっ!」
机ドンされたまま、茅吹さんと上下で挨拶を交わす。昨日といい、さすが風のごとく颯爽と駆けつけるなぁ、茅吹さんは…。
それよりも……、ここが教室の端っこだからまだいいんですけど、その思いっきり前かがみになった体勢……、背中に気をつけてね、茅吹さん……。けっこーやばいんで……。
page 5 担任の先生と学園の魔女
…ツカ、ツカ…。
私たちの前から女子が1人、こちらに歩いて来た。なんか歩き方だけで誰かわかる気もするけど…。
―― やっぱり、上津原美桜さんだった。
昨日私たちと対峙した、風紀委員志望のクラスメイト。今日はあの不動明王さながらの業火を背中に燃やしてはいない。
上津原さんは私たちがあのまま先生から説教を食らったと思ってるから、どんなイヤミを言われるのかと思ったら……、
「2人してそんな落ち込んでるなんて……。昨日どれだけ説教されたのか知らないけど、さすがに同情するわね……」
どうやら、上の垂れ線のおかげでそんな風に見えてくれたみたいです。私が落ち込んでるのは別件だし、茅吹さんは私をかばおうとしただけなのだけど…、まぁ、結果オーライ?
なぜか上津原さんまで私の机に片手を置いたかと思ったら…、
「はい、これ」
そこには、メモ用紙が2枚置かれていた。書かれているのは……メールアドレス?
「昨日のことで何か思うことがあるなら私に直接言ってくれていいし、そのアドレスからメールでもチャットでもいいから書いて送ってほしい。私は別に、2人と険悪になりたいわけじゃないから…。悪いことは悪いと、ちゃんと言いたかっただけだから……。最近ムカつくニュース多いでしょ? それもあってね……。
2人が反省してることはよくわかったから、できれば今日からは切り替えて、同じクラスになった者どうし、充実した高校生活に向けて共に励んでいきましょ! 何か悩み事があったり、勉強でわからない所があったら、いつでも私に相談して! 力になってみせるわ!」
不敵ながらも優しさも感じる上津原さんの言葉に、私と茅吹さんは、ぱあっと華やいだ表情を上下で見合わせた。
…なんだか、上津原さんがこんなにもまっすぐぶつかってきてくれてるのに、私の方は騙してばかりなのが、だんだん罪悪感湧いてきたなぁ…。
「おーーーい!! 窓際にいる人たちーーー!! 今すぐ窓を全部閉めてくれぇーーー!!」
!!?
教卓の近くにいる男子が呼びかけてきたと思ったら、そこにいる女子も別の方を向いて、
「教室の後ろのドアも閉めてくれる!? ドアの近くにいる誰かっ! うん、お願い!!」
え…? えぇっ…!?
「私、いちおう廊下の窓も閉めてくる!!」
「俺も手伝う!! お前はここで見張りを頼んだ!!」
…………はてな?
…まぁ十中八九、いま教壇にいた担任の先生が原因なんだろうなぁ…。
そう思いながら目を戻すと、担任のノッポの男性教員が、ただ立っているだけにもかかわらず、教え子たちからビクビクと警戒され、包囲されている光景が。
キーン、コーン、カーン、コーン…………。
時計の長針が下りきり、8時半。朝のホームルームのチャイムが、校舎中に鳴り渡った。
本来なら、雑談もそこそこに席につき、静かになりゆく30秒間。
現実には、包囲してる生徒も見ている生徒もそのままで、どよめきが沸き立つままである。校舎全体が静かになったから、教室の異様さが余計に際立つ。
確かに私たちの先生は、
サングラスかけてるし、身長は190ありそうだし、髪は長いし、喋りは酔っ払いだし、
先生なのにまるでマフィアだし、煙管までくわえてる(器具だけ?)し、
学校で育ててる動物と植物の世話を愛情もってしてるって言ってたし、
めっっっちゃアヤしいんですよね……。
何よりも……、先生今日もすっごいなぁ……。
ヒドい、という意味で…。
今日も先生の190cmのスーツ姿には、上から下に至るまで、多種多様なケーブルが絡みついていた。足下にもこんがらがったケーブルの束が引きずられている。
昨日は、まるで研究施設を爆破して拘束から逃れた悲しきサイボーグのように、メカメカしいケーブルをごちゃごちゃとまとわせてカッコよかったんだけど、
今日はなんていうか……、田舎の農具小屋?みたいな、のどかで質素な生活感に溢れていて……、
よく見る水撒き用のホースでしょ? あの太いのは、洗濯機かエアコンのホース。あのぺっちゃんこで白いのは、消防士さんが消火に使うホース……。
「って、ホースばっかりやないかーーーーいっ!!」
……花の女子高生2日目、私だってこんなダサくて意味不明なツッコミ、イヤだったんです。心で泣いてます。
教室中が騒がしくて、前に座っている茅吹さん含め、周り数人が笑ってくれたからギリ助かったけど……。恩人だよアンタら…。今のはさすがに人類史上初のツッコミだったんじゃないでしょうか……。
管巻先生は、生徒たちに取り囲まれてるのも意に介さず、気だるそうに普段通りにホームルームを始めた。仕方なさげに声を張り、教室中の私語を慎ませる。
「あ~~~……。いろいろとアレでナンなんだが、みんなおはようー。
この萌木組の担任を務める、"管巻環"だ。今日もよろしくな」
「んじゃ、点呼とるから、お前らもいいかげん席につけー」
「だ、だって…」
「先生っ! 動くなって!!」
「何持ってきちゃってんの!? 先生!?」
引き下がらない生徒たちからギャースカ言われてるけど、私の位置からはよく見えないし、未だに何のことだか…。
口の利き方に気をつけろよ!! とか怒鳴られちゃうんじゃないでしょうか?
管巻先生は、黒いバッグから出席簿と一緒に、200mlの紙パックの豆乳を教卓の上に置いた。
学校の自販機にあったやつだと思うけど、馴染みの緑のパッケージじゃなくて黄色い、喫茶プリン味の豆乳を買っていた。
付属のストローを穴に差して、甘ったるそうな喫茶プリン味の豆乳を一口含んだあと、管巻先生は苛立たしげに口を開いた。
「 お前ら………背中に気をつけろよ 」
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