page 4 私帰ののか VS 上津原美桜 ~背中を取ったら勝ち~
この第4話が 『背中に気をつけて![YOUR6!] 』 プロローグの最後になります。
私帰 ののか ・・・ 主人公。無事家に帰りたい。以下3人同級生。
茅吹かざね ・・・ ポニーテールの親友。陸上部。背中が無防備がち。
上津原 美桜 ・・・ 鬼の風紀委員。ゆるふわミディアムだけどブルコワ。
制服は紐リボンのセーラー服。
―― 今朝、入学式の後にあった教室での学級開き、その時の生徒の自己紹介で、
萌木組ではほとんどの生徒が「よろしくお願いします」と、テンプレの一言だけで着席していた中、
上津原美桜さんは、
「風紀の乱れは許さないのでよろしくお願いします」と、
1人だけ違う"よろしくお願いします"で、クラスのみんなに"挨拶"していた……。
上津原さんは、保健室の個室ベッドの中にいた私たち女子2人を見つけて、もう怒り心頭でした。背中から炎がメラメラと燃え上がっていた。
小動物的な見た目でいて、鬼の気迫をした風紀委員女子。
ゆるふわミディアムの髪はその怒気になびくかのようで、ゆるふわどころかブルコワ。
威圧的に腕組みして、開いたカーテンの隙間から私たちを見下ろしている。
「どーせ誰か浮かれてバカしてると思ったら、案の定。SNSで写真か動画でも投稿した? いっぱいいいねつけてもらった?」
怒りの炎はうねりを上げ、パチパチと火の粉が舞う。
その圧倒的な恐ろしさは、さながら不動明王だ。
「あらかじめ言っておくわね。私がキライなモノは、
偽モノ・悪モノ・汚れモノよ!!」
1年萌木組、出席番号3番、上津原美桜。
「えっと…、その…っ!」
「上津原さん…! あの…っ!」
「…そんなこと言ってる場合?」
上津原さんに目の前で凄まれると、私たちはうまく言葉が出せなかった。
私は泳いだ目で辺りを見回す。窓の外はまだ明るくて、壁の時計に転じると午後4時を過ぎたばかりだった。生徒はもうとっくに出払っているはずの時間だ。
「上津原さん…どうしてここに…」
「それ、アナタたちが言うわけ?」
ゔっ…仰る通りです…。
上津原さんは目をつむって鼻高々に答えた。
「私がここにいるのは……風紀委員だからです!」
……は?
まだ委員も係も決めてないし…。
「でも大体においてそうよ。今回だって、私は教材を買う同学年の生徒を1人1人観察したあと、校内を歩き回って、非行ホットスポットの把握に努めてたんだもの。次期風紀委員の私には、どちらも知っておく必要があったから。この学年で…」
キッと再び私たちを睨み据える。
語勢も火勢も一気にボルテージを上げた。
「"誰がやばいやつなのか"もね!! 茅吹かざね、私帰ののか!! まんまと炙り出されたわね!!」
もうその炎で炙られそう…。入学初っぱなから厄介な人に目をつけられちゃいました…。
「そもそもそのベッド、まさか無断で使ってないでしょうね!?」
「ギ、クッ…!!」
「…はぁ……」
大きなため息をつかれてしまった。
茅吹さんは自分の責任と思っているらしく、
「すみませんあたしが勝手に…」
「いや茅吹さん…一応ちゃんと理由あったじゃないですか。怒られるようなことしてないと思うし…」
「本当かしら? 詳しく話を聞きたいところだけど……私そろそろ塾に行かないといけないのよね。だから1つ、その説明がてら"勝負"をしない?」
「…え?」
「私だって事情を知らずに変なチクりなんてしたくないし、かといって現状だと看過できない事態なのも確かだわ。だから"勝負"」
上津原さんが壁の時計に目をやる。
「今、時計は4時5分。30分までに私に"背中を向けさせたら"、アナタたちの勝ちね」
「え? 背中を向けさせるって…?」
「ようは、私に事情を説明して、私を"納得"させて、帰らせればいいのよ。帰る時、私は背中を向けるでしょ? そういう勝負。ただし制限時間内にできなければ、私は職員室に行って、このことを言いつけさせてもらうわ」
「言いつけられちゃうのかぁ…」
「いや…、いくら私を嫌おうと別にかまわないけど、教室で仲良くしてた女子2人が入学式の放課後に、保健室のベッドから揃って寝起きで出てきた気持ちにもなってみてよ…」
……それはまぁ……。
「勝負だから言いっこなしでしょ?」
「…わかりました…勝負です。上津原さん」
弁明するチャンスがあるのなら…。
「あらためて言っておくわね。私がキライなモノは、
偽モノ、悪モノ、汚れモノ!
論理的かつ倫理的、そして美しく、納得のいく説明をお願いします!
さぁ、あなたたちならどうやって私から背中を取るかしら?」
私たちは勝てるだろうか…。
この明らかな強敵、上津原美桜さんに…。
page 4 私帰ののか VS 上津原美桜 ~背中を取ったら勝ち~
絶対不敵な腕組みと仁王立ち。
背中には迦楼羅炎が轟々と燃え盛る。
「こんな人からどう背中を取れって…」
「さぁ、そんなこと言ってる場合? 今に保健室の先生が帰ってくるかもよ!」
私と茅吹さんはスポーツドリンクの残りで喉を潤してから、言われるままにソファに移動した。
さて、ベッドで一緒に寝ていた理由…の前に、そもそも保健室のベッドを使った理由から示さなきゃいけなそうだけど、
ただ気絶したからじゃ、ましてや学校の七不思議じゃ、上津原さんは聞き届けてくれなさそうだ。
うむむむむ……! かくなるうえは……!
「ていうか上津原さんってかわいいな~」
「やっぱりスケコマシなのね」
「肌もキレイだし」
「やっぱりスケコマシなのね」
「めちゃくちゃ頭良さそう!」
「アナタの性非行が暴かれたわね」
「すでに風紀委員として活動してるなんて偉いよ…。大変だったと思います。がんばりましたね」
「おかげでアナタを補導することができたわ」
「いやぁ~風紀委員にぴったりの人だなぁ。こりゃ決定だ」
「アナタの首を戦果にね」
「ねぇまって、もっとかわいい声聞かせてよ」
「やっぱりスケコマシなのね」
「私が男だったら絶対ホレてただろうな~」
「私ボーイフレンドいたことないわよ」
くっ…!! さすが手ごわい…!! ホメ殺し作戦失敗…!!
「!! ちょっと私帰さん…、アナタもしかして…」
「ふぁい?」
「……私で遊んでない?」
「ぜ、全然そんなこと!!」
手をブンブン振って全力否定する。
どうしよう…上津原さん怖いけど、ちょっと面白い…。
茅吹さんが挙手して選手交代!
「あたしからいいですか?」
「どうぞ、非がある茅吹かざねさん」
「そんな事ないです! 茅吹さんがんばって!」
そして茅吹さんは、ありのままの事情を、真面目に順を追って、上津原さんに説明した……。
―――――
「…ちょっと待って。そんなにたくさんの不審者が校内に野放しになってるってこと?」
「わかりませんけど、気がついたらみんないなくなってましたし、学校の七不思議だと思うので、おそらく大丈夫かと…」
「…………」
憮然とした表情の上津原さんの長い沈黙がものすごく痛い……!
「…バッカバカしい! 学校の七不思議なんてくだらないわ! 2人して何か勘違いしてたんでしょっ! 初日で疲れてたんじゃない?」
これを逃したらお手上げになってしまうので、私も会話に混ざる。
「更信高校の七不思議の噂、本当らしいってけっこう有名みたいですよ。具体的には、どんな願い事も叶えてもらえる『日出衣麻子による救済』とか…」
「それこそバカバカしさの最たるものじゃない! 決めた! 私が卒業までにその噂とやら、滅茶苦茶にしてやるわ。そのヒーヅルさんがどなただか存じ上げないけど、そいつの無能な実態を暴き出して、その無様を信者どもに見せつけてやる!」
…コエー…。最強クラスの都市伝説にも物怖じしない上津原さんコエー…。
「私がキライなモノ、教えたわよね? あまりふざけないでほしい。今のところ2人の評価は、"もっとがんばりましょう"」
やっぱり上津原さんには七不思議の話は通じなかったか…。本当なのに…。
負けじと茅吹さんが、何か思いついたらしく手を挙げた。リベンジ!
「えっと…、上津原さんは、男女が寝てても怒ってたんですよね?」
「そうね。なんだったら、女子2人の比じゃなく怒ってたかも」
「じゃあ聞くんですけど……、そもそもなんですけど……」
「なんであたしたちが一緒に寝ちゃだめなんですか?」
……!! か、茅吹さん……!!
あの時の胸の高鳴り……。
あの時のふれあい……。
あの時のあたたかさ……。
思い出す。思いが出るから思い出なんだと…。
「う…うるさいっ!! そんなのに納得したら、私が風紀の乱れを許すことになるでしょっ!! 当たり前のこと言わさないでよっ!!」」
「え~? ちょっと納得しかけてません? 顔も真っ赤でーす」
「そんなわけないでしょっ!! って! そういえばアナタたちなんで揃ってスポーツドリンク買ってるわけ…!? ま…まるで何か"スポーツ"でもしてたみたいじゃない…!」
「え…? 上津原さん、どういう事…?」
「…なんでもないっ!!」
* * * *
「万策尽きたようね……! 30分! 勝負あり! …あっ!」
何かを見つけて顔をほころばせた上津原さん。
たちまち勝ち誇った澄まし顔に変わる。
「お二方? どうか背中にお気をつけください」
「え?」
「え…」
「これはいったいどういう状況!?」
白衣を羽織った眼鏡の女性がバタバタと、大きめの白衣も、ツインの縦ロールも揺らしながら帰ってきた。保健室の先生だ。
上津原さんが意気揚々と私たちのことをビシッと指さす。
「聞いてください先生!! この人たちは同じクラスの仲良し2人組なんですけど、入学式の日にしてさっきまで保健室のベッドを使って一緒に寝ていたんですよっ!! どう思われます!? 今こうして問いただしているところだったんですっ!!」
ちっくしょ~~!! いざこうなるとむかつく~~!! くやしい~~!!
「と、とりあえずそこの2人は担任の先生の所へ連れていくから、そこに座ってなさいっ!! 相手してくれてたあなた、ありがとうね」
「あ! 私、今日入学した萌木組の、上津原美桜といいます!」
よそゆきの声のトーンで名前の売り込みしてる!?
「みおちゃんありがとうね!」
「はい先生! それでは私は塾に行きますので、茅吹さん、私帰さん、また明日…ね。フフ…」
嫌味も余裕もたっぷりに、上津原さんは優雅に帰っていった。
「あ、あの…! あたしたちは私帰さんが…!」
「茅吹さん…説明はもういいよ…」
「だって…! 話したらわかると思うのに…!」
「大丈夫です。私たちの勝ちですから」
「…へ?」
「この人、私の"家来"だから」
「……へ?」
「エスカマリ、ごくろうさま」
「おきさき様、ご無事で何よりです♪」
「え……ののかってホントにおきさき様だったんだっ!!」
「あっ、茅吹さんまだ大声出さないでー…。聞こえちゃう。
ほらぁーー!(小声) やっぱりその呼び方だとこーゆーとき勘違いされるじゃねーかー!(小声)」
「おきさき様はおきさき様です♪ 」
エスカマリは無視して、私は部屋の隅っこの丸椅子を持ち上げる。保健室を出る前に、書き置きを残すためだ。
「でもどういうこと?」
「私たちはね、代わりのものを手配するのが得意なの。為す術が無かったから、上津原さんが職員室に行ってしまう前に、味方であるエスカマリに保健室の先生に扮して来てもらったのよ」
「名前…外国の方…?」
「コードネームですよ♪ 日本人です♪ おきさき様、素敵なお友達できたんですね~♪」
「ま、まぁね…! じゃあ、ベッド使ったこと書いておくか…ら…? あいったぁーー!!」
背もたれ無いんだったぁ……。あ…たんこぶできてるぅ……。
「背中に気をつけて…ののか…」
別にこっち側だけ勝つ必要なんてないんだ。
これなら両者勝利。どっちも負けてない。
私は帰らせてもらいますから。
先生からの説教もくらわずに。
「たとえ勝ったとしても…背中に気をつけてね、上津原さん」
「おきさき様もです♪」
「あっ! いま生意気言ったなてめーー!」
「あははっ!」
笑う茅吹さんは相変わらずかわいい。なんかこれで全部許されるんじゃないかと思うくらい。
―― ここで私は、今日の目標を振り返ってみる。
怪我をせず ← ✕ 失敗もせず ← ✕
迷惑かけず ← ✕ 大恥かかず ← ✕
不幸もなく ← ✕ 喧嘩もない ← ✕
「フッ……」
「フッ…って……ののか……かっこいい……」
茅吹さん…違うし、たんこぶできてて締まってないんですけど……、まぁいいです。
更信高校 新1年生
萌木組 出席番号11番
兼
秘密結社レプリカ
学生部 特殊システムユニット "クイーン"
―――― 私 帰 の の か