page 1 茅吹かざねの背中①
ここでならやっと笑えるね
ここでならやっと話せるね
ここでなら私たち……
だからつくったんだよ
私たちの帰る場所 ――――
page 1 茅吹かざねの背中①
大事な高校初日。
セーラー服の紐リボンを今一度整えてから、
わたし、私帰ののかは、ある1つの野望を胸に、
新入生歓迎のアーチが架けられた正門をくぐる。
…学校の七不思議の噂を聞いてなければ、素直に喜べたんだけどなぁ…。
歩いてすぐの人だかりに混ざり、私もクラス発表の掲示板を見上げる。
私帰ののか、私帰ののか…、あった!
ここの学校の組分けは色らしくて、私は萌木。出席番号は11番。
うーむ…、当たり前だけど生徒の名前だけじゃどんなクラスか想像もつかない。
―― 今日の私の秘かな野望、
それはクラスでの自己紹介も含めて、かねてからのささやかな夢、
"無事に家に帰ること"を今日こそ叶えることです!
怪我をせず、 失敗もせず、
迷惑かけず、 大恥かかず、
不幸もなく、 喧嘩もない。
いつかそうやって1日を終えられたらきっと最高だろうな~!って、ずっとあこがれてて…。でも、なかなか叶うことがなくて。今日この日を完璧にこなせば、まさしく最高のスタートが切れる! そんなわけでうってつけだと思い、今、燃えています!
実はなんですが、ある下ごしらえをしていまして…、
今日からの私にもう怖いものはありませんっ!
失敗への備えまで万全なんです。えっへん。
とにかく、入学式に始まり、クラスメイトとの会話、クラスでの自己紹介、その他諸々も含めて、全部薙ぎ倒したります!!
「私は帰るんです…。今度こそ…無事に帰ってみせます」
* * * *
……コホン。
わたくしはたいへんいきどおっております。
たいそーおいかりです。
ひどくごりっぷくです。
学 校 の 七 不 思 議 !!
更 信 高 校 の 七 不 思 議 !!
確かに噂には聞いてましたけどぉ~、入学初日で"七不思議"来るとは思わないじゃないですかぁ~! っていうか帰り際までめちゃくちゃ順調だったのに最後の最後で阻止してくるのが"オカルト"ってそんなもん私はどうすればいいんだぁーー! 初日で新入生グレんぞちくしょーーっ!
はぁ……、はぁ……。
グレました。みんな、明日から夜露死苦。
…あれは、教材購入も終え、帰る足取りとなった正午過ぎのことでした…。
本日の勝利を確信していた私は、生まれて初めて扇子が欲しくなったかも…なんて考えながら、ゴキゲンで校内の端の階段を下りていました。
1階に下りると何やら、窓を外からノックしているスーツ姿の男の人がいたんです。
見て見ぬふりをして通り過ぎたら、その先の窓にもノックする外来者が…と思ったら、すぐに異変に気づく。
―― 廊下の奥までずらっと、外窓の1枚1枚をスーツの人が紳士的にノックしている、異様な光景が続いていました……。
不気味に聞こえてくる呪詛のような怨嗟のような繰り言は、ここの学校名だった。ほんと何なんだろう、この学校…。
私はいったん階段室に踵を返す。そうだ、上の階を回って、中央階段から脱靴場へ下りよう。
すると突然、通学鞄の中のスマホが盛大に着信音を鳴らした。階段だけの狭い空間なので、よく響いて焦る。マナーモードにしてあるはずなんだけどな…。
奇妙なので画面は見ずに電源を切り、再び2階に上がろうとすると……、
今度は最大音量に引き上げられた着信音が轟いて、心臓が飛び出そうになった。電源を切ったのになんで……。……どこかへ行くのは許さないってことだ。
謎の集団の不揃いなノックが未だ続いている廊下に戻り、私はへたり込む。こんな理不尽な相手、何をしたってきっと無駄だ。なにがもう怖いものなんて無いだ……、何をどれだけ変えたって私は……。
紳士的な集団脅迫を横殴りに浴びながらうつむく私の背後、階段室から、革靴の足音がコツコツと近づいてくる。
「 ――― さらしな 。」
「私帰さん!! 背中に気をつけて!! こっちへ来て!!」
顔を上げると、今日最も仲良くなったポニーテールの女の子、茅吹かざねさんが駆けつけてきていた。
彼女から差しのべられた手を握り、先立つその背中について私も走る。また鞄の中でスマホがけたたましく叫喚する――。
「しっかりつかまっててねっ!!」
…すごいな…。敵がどこまで続いてるかわからないのに、どんな脅威かもわからないのに、全然迷ったりしないんだ……。
クラスメイトの茅吹かざねさんは、どんなに果てしない世界でも、挫けない強さを持っていた………。―――――
―――――
………
……やってしまったと思いました。私、気が遠くなること考えると、本当に気が遠くなるんですよね。意識まで……。
気がつくと私は茅吹さんに背負われて、元通りになった昼下がりの1階廊下を運ばれていました。
なんでも、私が気を失った途端に全て消え失せたとのこと。彼女から保健室で休むことを提案される。何が最高のスタートを切るだ…担がれてるじゃないか……。
さっきの怪異がうるさかった分、在校生のいない今日の校内が、いっそう静かに感じられる。
……怖かった……っ。
「茅吹さん…っ!!」
思わず抱きしめてしまった。情けない気持ちもあった。彼女のうなじに泣きつく。
「わっと…、よしよし、大変だったね」
彼女は優しくあやしてくれて、
再び歩きだす前に、
「しっかりつかまっててね」
恥ずかしくなっていたけれど、その言葉に甘えてこのままでいさせてもらう…。
擦れ合う新しいセーラー服どうし。
触れ合う新入生どうしの私たち。
だからかどこかぎこちなさもあって、不思議な密着感だった。
茅吹さんが丁寧に歩く一歩ごとに、まだあやされ続けてるかのように揺すれる。
「私帰さん今の気分はどう?」
「最高です」
「え…じゃなくて、倒れてた後だから大丈夫かなって…」
「あわわっ…えっと…っ!」
一気に顔が熱くなる。最後の最後でメッタメタじゃないですか! 今日!
――― 今日一日ずっと、この背中を見ていた気がする。
同じクラスになって、名字が近いから出席番号が並んで、
だから講堂の入学式でも教室のホームルームでも、私はずっと茅吹さんの真後ろにいた。
恐ろしい七不思議にも、手を引いて前を走ってくれて…。
まっすぐな背筋と、けがれなきセーラー服。清涼感のある括った髪。
梳かした髪の毛先が、日だまりの中で微光を透かして、
それが今日の校庭の桜並木の息づかいにそよぐ……。
そんな、茅吹かざねさんの背中……。