意識を失った。
「愛は〜恋はぁ~♪」
……と、陽気に歌いながら自転車に乗っているのは、谷町晴子49歳。主婦である。彼女の特技は、町中のスーパーやドラッグストアの特売日やポイントデーを全て暗記すること。そのおかげで今日もお得に買い物ができたようで、上機嫌なのである。しかしそうなると、所構わず歌い出す癖があり、息子に「本当にやめてくれ」と言わせている。
「さ~あ、次はあそこのスーパーで卵買わな。今日は特に安いから、もう売り切れてへんかったらいいけど!」
晴子は独り言も多い。周りに人がいようとお構いなしに、突然、思ったことを口に出す。これもまた息子をヒヤヒヤさせている。
目的地へと自転車を走らせていたそのとき。
「いやっ、今里さんやわ。」
前方60m位先に、歩道で信号待ちをしている一人の老婆を認めた。花柄のシルバーカーを押し、白髪に紫のメッシュが特徴的な彼女は、近所に住む今里さんだ。今里さんは決して悪い人では無いのだが、噂話が好きで、一度つかまると最低でも30分はお喋りに付き合わされてしまう。スーパーの特売品を購入するために急いでる今、それはなんとしてでも避けたい。
「今、信号赤になったばっかりやし、このまま追いついたら確実につかまるわ……。しゃあない、一回来た道戻って、時間稼ごか。」
と、自転車をUターンさせようとしたとき。
「うわっ。」
ガシャーンと、派手な音が辺りに響いた。バランスを崩して、派手に転倒してしまったのだ。頭を強く打ち付けたらしく、晴子は意識を失った。