時を越えた物語 ~地元の伝説に出てくる姫が現代にやってきた~
【注】元になった伝説や町はありますが、この小説では名前を変えています。
それでは、どうぞ。
むかし、むかーし。
とある山奥に、千代家という由緒正しき武家が住んでいました。
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5代目当主の千代清治の娘子に夏姫と言う、大層美しい姫が居たそうな。
その夏姫に一目惚れをした、近くの山の主たる大蛇は変装をし、『隣国の大地主の嫡男』として近づいた。
それに違和感を感じた、夏姫の弟の虎次郎はその日も来ていた『彼』に言い寄った。
「お主、実は大蛇ではないのか。」
『……気付いてしまったのなら、仕方ない……!』
大蛇は変装を解き始めた。
その時、お使いに出ていた夏姫が戻ってきた。
大蛇の姿を見て、驚いた。
「貴方様、大蛇だったのね!」
そう言い放った瞬間、夏姫の足場が崩れ始めた。
『奈落へ落としてやろう……っ!』
「虎次郎……っ!」
「夏姫っ!」
二人は手を取ろうとしたが、間に合わなかった……。
[話はここで、意外な方向へ向かう――]
▪▪▪
『夏姫伝説』と言う物語がある。
美しい姫こと『夏姫』が『大蛇』の怒りで地割れの被害で亡くなる話。
その後、亡霊となった夏姫は、大蛇と永遠に『夏姫山 (後にそう呼ばれる事になったと言われる) 』に住むと言うオチだ。
そう、そのオチだったハズなのに。
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「うぅーん、今日も良い天気ね。」
わたしの名前は、高橋あつみ。
『夏姫山』がある、鹿羅町にすむ普通の会社員。
趣味は、山登り。
……で、今日は久々に地元の夏姫山に登ろうと思っている。
登山口の駐車場で車を降り、いざ山登り……
しようと思った矢先。
登山口付近に、着物を着た女性が横たわっているのが見えた。
明らか、現代の着物じゃなさそう。
って、そう思っている暇はない!
声をかけなきゃ……。
「あ、あのぅ。大丈夫ですか……」
身体に触れた瞬間、彼女はいきなり飛び起きた。
「………なっ!いきなり触るとは無礼ではっ!」
「きゃっ……きゃぁぁ!」
大声でそう叫ぶもんだから、思わずビックリしてしまった。
「……はえ?わらわ……生きている?」
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とりあえず、近くにある休憩小屋へ向かった。
ベンチに腰かける。
「急に触ったりしてごめんなさい。わたし、高橋あつみと言います。で、その……貴女は?」
「ああ、わらわは夏姫と申す。……こちらこそ無礼をしてしまった。すまない。」
……えっ?夏姫?
「夏姫って、あの『夏姫伝説』の?大蛇に襲われる話の……。」
その事を話した瞬間、彼女……夏姫は目を見開いた。
「なんで、その話を知っているのじゃ?」
「それは……」
『夏姫伝説』の事を話した。今居る場所もその由来の地と言うことも。
「そうなんじゃな。……じゃがな、一つおかしな事があってな。」
「おかしな事?」
「声が聞こえたんじゃ。『貴女はまだ死ぬべきでは無い』と。」
どうやら、地割れの被害から現代にタイムスリップしたらしい。
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その日の山登りは中断し、夏姫を連れて実家に戻った。
まあ、実家はここらで有名な銘酒の『武松』を作っている酒造りなんだけどね。
今の時間帯は、両親も造りを継ぐ跡取りの弟も家には居ないから、こっそり入れそう。
「その着物じゃ、違和感バリバリだから……こっちの世界の着物を着ましょうか。」
「その、あつみの着ているお召し物がよいな。」
そう言って、夏姫が照れ笑いをした。
「じゃあ、わたしのを貸しますね。」
着替えた後、鹿羅町を練り歩いた。
町の湖である『鹿羅湖』を見に行ったり、名産の蕎麦を食べたり。
名所を色々見て回った。
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「……まさか、こんな良い思い出が出来るとはな。」
夕暮れ時。
鹿羅湖が見える丘で、夏姫がそう言った。
「喜んで貰えて、光栄です。」
夏姫の身体が、消え始めた。
「……あれ、夏姫様?」
「……わらわには……繁栄した町の姿を見れて……満足ぞ……」
そう言い残すと、完全に消えてしまった。
――あつみは、悟った。タイムスリップなんかじゃない。『成仏したかったのかな』、と。
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「カーット!撮影終了!!」
監督が言った。
拍手が巻き起こった。
「後は、編集のみです。演者の皆様、ありがとうございました!」
……実はこれ、町のPR動画の撮影だったのだ。
町の伝説と、名産品の紹介を掛け合わせてみようと計画したものだった。
その後、動画サイトに載せたところ、想像以上の反響があった……とさ。