ヒロインのやべーやつ(1)
ちょっと分割しつつ投稿することにしました
日が昇ってからそう時間も過ぎていない王都の街を、一人の修道女が歩く。その歩みはとても堂々としていて、まるで世界の中心は彼女のためにあるかのように思えた。被っているヴェールのおかげで顔はよく分からないが、ちらりと見える金髪はまるで蜂蜜をとろけさせたような美しさであった。
「てか、シスター服着てるのに、いや着てるからか、すっげーエロいんだけど」
「あなたの妄言に付き合っている暇はありませんの」
ヴェールで隠されているシスターの口から、まるで二人の人物が会話しているような言葉が飛び出す。幸いにして通行人はまばらで、彼女の奇行を気にする者もいない。もっとも、彼女はそんなことを気にしないであろうが。
ともあれ、その修道女、エリザベスと須美香改めエリーゼとベスは、首担当であるエリーゼを主導としてとある場所に向かっていた。その途中、街一番の広場に立ち寄る。ふん、と鼻を鳴らすと、彼女はすぐさま踵を返した。
「……ここで首落とされたの?」
「美しい令嬢が殺される瞬間をこの目で見たいという腐った連中はごまんといるものよ」
「美しいとか自分で言うんだ……。いや確かにすげー美人だけど」
それで、何故ここに。そんなことを問いかけようとした最中、女性の声が聞こえてきた。何やら切羽詰まっているようで、それは半ば悲鳴に近い。ん、とその方向に思わず視線を向けてしまったベスは、エリーゼが呆れたように溜息を吐いたので思わずごめんと謝った。
声の聞こえてきた場所へと向かう。広場から繋がっている路地の、少し奥まった場所。そこには案の定、ごろつきらしき男に囲まれた一人の少女がいた。気丈にも真っ直ぐに男達を睨んでいるようだが、それがまた彼らの欲望を刺激させているらしい。下卑た笑いをあげながら、男達は彼女の服へと手をかける。
「――へ?」
その直前、男は横薙ぎに吹き飛んだ。地面と平行に飛んだ男は路地裏の箱へと突っ込んでいく。あれダンボールっぽくない? というベスの脳内ツッコミは当然誰にも聞こえないのでスルーされた。
一方の吹き飛ばした方である。エリーゼは腕組みをしたまま、蹴り飛ばした足を地面におろした。そのポーズによって押し上げられた胸と、そして修道女服のスカートから伸びる太ももがとてつもなく扇情的である。ヴェールで顔が見えないのもまた、そそった。
「おやおや。こんなところでシスターがなんの御用だ?」
「ひょっとして、俺達の相手をしてくれるわけ?」
「……いやさ、あたしが言うのも何だけど、今吹っ飛んだ仲間見てその反応できるってどんだけ股間で物事考えてるわけ?」
「……あ?」
思わず呟いてしまったベスのそれに、男達が反応をする。不意打ちでどうにか出来たからって調子に乗っているな。そんなことを言いながら、別の男が修道女の服に包まれた魅惑的な巨乳を鷲掴まんと手を伸ばした。後はそのまま、強引にでも組み伏せ楽しめばいい。そう思っていた。
「生憎と」
「え?」
がしりとその腕を掴む。ミシミシと骨が鳴る音を立てながら、男の腕が小枝を手折るように捻じ曲げられた。
「わたくし、猿以下の下等生物とよろしくするような雌豚とは違いますの」
男が悲鳴を上げる直前に口を塞ぎ顎を揺らす。ゴキリと音が鳴ったような気がしたが、エリーゼにとってこいつらの価値など路傍の石にも劣るので何の問題もない。どさりと倒れる男を見て、残っていた二人の男はゆっくりと後ずさった。
その二人の腕をしっかりと掴む。確かに価値は最底辺だが、利用できるのならば利用したほうがいいというベスのアイデアを採用することにした。とりあえず逃げるようなら足を折ると脅しておく。意識のない男達の回収を命じ、次いで聞きたいことがあると述べた。
「ここ最近の王都の情報を、教えてもらえるかしら?」
「お、王都の、情報……?」
「ええ。具体的には、エリザベス・マクスウェルが処刑されてからの様子を」
エリザベスの名前を出した途端、男と、そして背後で助けられた少女がビクリと反応したの分かった。どうしてと聞き返す男をひと睨みで黙らせると、彼女は男の話す内容を顎に手を当てながら聞いていく。
「……まあ、所詮ごろつき程度の情報網ではその程度でしょうね」
第二王子を手に入れようとしていた悪女は見事成敗され、街には安堵のムードが漂っている。その一方、公爵令嬢は嵌められたのではないかという噂も囁かれていた。第二王子と仲がいい一人の令嬢は男爵位、下級の貴族がのし上がる策略をしていても不思議ではない。むしろ既に他国と内通しているのではないか。否、それこそ件の悪役令嬢エリザベスがそうなのだ。そんな風に市井の噂は枚挙に暇がない。
「まあ、いいでしょう。わたくしが起きるまでの短期間でその噂が出るということ自体、何かが暗躍しているのは間違いないでしょうから」
「うへぇ、きなくせぇ……」
「そんなものよ。だからこそわたくしは、淑女の嗜みを鍛えたのだもの」
一人で何やらブツブツと喋っている。そんな感想を抱いた男達であったが、もういいという言葉に間抜けな声を上げた。次はないからとっとと去れ。改めてそう言われたことで、男達は気絶した二人を担いで一目散に逃げていく。
ふう、とエリーゼは息を吐いた。これは中々に面倒だ。仕返しをするとしても、表面上の連中をぶん殴ったところでこれは気分が晴れそうもない。そこまでを考え、でもやることはやっておこうと小さく頷いた。
「さて、と。そこのあなた、こんな時間に、こんな場所で。わざわざ襲われるような行動を慎みなさ――」
「エリザベスさま!」
「は?」
がばぁ、と少女はエリーゼに抱きついた。何がどうした、と一瞬思考が停止したエリーゼであったが、ベスの呼びかけで即座に調子を戻すと少女を引き剥がす。そうしながら、何故いきなり名前を呼ばれなくてはいけないのだとその顔を。
「あら。あなた、腐れ雌豚ではありませんか」
「ルビも単語もどっちもひでぇ!」