スタイリッシュクレイジー乙女ゲーム(2)
「つっても、どうやって? 一体一体頭潰してたらきりがないけど」
「わたくしと一緒に置かれていた棺は全部で十五。それら全てがゾンビとなったのならば、最初と、先程始末したのを引いて残り十二程度。出来ないことはありませんわね」
「うっわ脳筋……」
「馬鹿にしてますの?」
目を細めたエリザベスは、段々と見えてくるゾンビの集団を見て、そして周囲を見た。先程の須美香の考えは当然こちらも分かっている。だからこそ、わざわざここを選んだのだ。いちいち頭を潰さなくとも、始末できる手段を得るために。
「来るよ!」
「見れば分かりますわ」
ゾンビがこちらに飛び掛かってくる。どうやら段々と馴染んできたのか、先程よりも動きが鋭い。だから何だ、とエリザベスはそのゾンビを蹴り飛ばすと、礼拝堂の椅子に転がったそれを纏めて蹴り上げた。ゾンビと、そして重厚な椅子がくるくると宙を舞う。
その物体が行き着く先は、一体の石像。ゾンビがそれに当たり、続いて椅子が同じ場所にぶつかる。衝撃でゾンビの肉体は潰れたトマトのように汁を撒き散らした。そして、石像も激突した箇所が砕け散る。
石像の右腕が粉々になり、その手に持っていた儀礼剣が舞い上がった。ひゅんひゅんと音を立てて落ちてくるそれを、エリザベスは事もなさげに掴み取る。くるくると手で弄び、そして自然体で真っ直ぐに構えた。
「ふっ……!」
横に薙ぐ。月明かりに照らされたその剣閃は、ゾンビの顔面を横に両断した。返す一撃で首を落とし、輪切りになった頭部がぼとりと落ちる。ついでとばかりに胴に剣を突き刺すと、そのまま前に吹き飛ばした。ただの死体に戻ったそれが別のゾンビにぶち当たり、それを皮切りにエリザベスは間合いを詰める。下から上に、真っ二つにしたゾンビをそれぞれ左右に蹴り飛ばすと、当たったゾンビごと袈裟斬りにする。
次、と跳躍したエリザベスは、蹴りで地面に引き倒したゾンビの顔面に剣をねじ込んだ。ポッカリと穴が空いたそれを見ることなく、彼女は残っている動く死体を動かない死体に変えるために剣を振るう。
「さて、と」
ひゅん、と血のついた儀礼剣を一振りすると、椅子に掛かっていた布で残りの血糊を落とす。鞘がないと持ち運びに不便だ、と至極どうでもいいことを考えながら、彼女はゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「この死体、どうしようかしらね」
「いやいやいやいや!」
「何? いい加減あなたのそれが鬱陶しいのだけれど」
「それはごめんなさい! でも言わせて、なんじゃそりゃぁ!」
「うるさい」
ぴしゃりと言い放つ。何度言えば分かるのだと呆れたように零すエリザベスには何の含みもない。別にそれが出来ることに疑問を抱いていない。須美香もそれは先程の話で分かっている。理解はしたが、納得できていないだけだ。
「乙女ゲーの世界のはずが死にゲーアクションRPG的な導入……かと思ったら悪魔が泣き出すマストダイ的アクションやっちゃうし」
ああもう、と頭を抱える。エリザベスとしては自分の意志とは関係なくそれをやられるのが鬱陶しいので、無理矢理主導権を奪い取って姿勢を正した。
「わたくしの邪魔をするのならばいい加減消えてくれないかしら」
「辛辣ぅ!? ああ、いやまあ、言われてることはごもっともですが」
「ですが、何?」
「生憎自分でも消え方が分かんないのよねぇ……」
「……でしょうね」
はぁ、とお互いの溜息が重なり、一つになる。まあいい、と気を取り直したエリザベスは、次からはきちんと邪魔をしないことを須美香に約束させた。
「何だかんだ優しいよね」
「このくらい淑女ならば当たり前よ」
「そっか。んじゃ、あたしも頑張らないとなぁ……」
先程エリザベスが転がっている死体をどうしようかと呟いていたのを思い出す。流石にこれらを処理するのは淑女たる彼女であっても難しいのだろう。ならば、淑女とは縁遠い、前世一般人現世アンデッドたる自分の出番だ。
「……? 何か策でもあるのかしら?」
「策というか、アンデッドの能力というか……?」
先程体と首を繋げた時を思い出す。この体はアンデッド、そしてこちらではどう呼ぶかは知らないが、須美香の知識での呼称はデュラハンだ。自分のことを自覚し、先程の本能ともいえる部分をより深く理解する。
そうすれば、自ずとこの体で何が出来るか分かってくるのだ。無意識に首無しで五感を得たように、首を繋げたように。
チリ、とエリザベスの左目が痺れた。宝石のような碧い瞳が、まるで染まるように鮮やかな黒へと変化していく。
「よし、いける」
す、と須美香が左手を掲げた。それと同時、死体がまるで沼に沈んでいくかのようにズブズブと何かに飲み込まれていく。その全てを飲み込み終わると、彼女はどこか満足そうに小さくゲップをした。
「はしたない」
「あ、ごめんなさい」
「……それで? 一体何をしたの?」
何も残っていない礼拝堂の床を見ながらエリザベスが問う。それに対し、須美香はあははと苦笑しながら、自分でもよく分かってないんだけどと言葉を紡いだ。
「なんていうんだろう……。倒した相手を食らって経験値に変えるというか、消費アイテムにストックしておくというか」
「取り込んだ、ということかしら」
「概ねそんな感じ。エリザベスの体に、というよりはあたしの魂に、かな。だから多分、今手に入れたリソースとか能力とかは、あたし専用っぽい」
その言葉にエリザベスはしばし考え込む仕草を取る。そうした後、考えたわねと口角を上げた。
自分の有用さを目の前で示し、そしてそれをこちらでは使えないことを明言する。そうすることで、多少の粗相を見逃す対価になるわけだ。
「いや、そこまで考えてるわけじゃなかったけど」
「あら、そう?」
「そうそう。考えてたことは、ちょっとはエリザベスの役に立ちたいなーってくらい」
「……はぁ」
思わず溜息が出る。どうやら自分の体に宿った魂は随分と能天気らしい。深く考えるだけ無駄だと結論付け、それならばそれでいいと話を打ち切る。どのみち現状離れられないのならば、このくらいのほうが丁度いい。そんなこともついでに思った。
「さて。問題も片付いたし、修道女の服でも探してここから出ましょうか」
「あ、うん」
「……ところで、あなたはどう呼べばいいかしら? いつまでも体扱いでは不便でしょう?」
「へ? あ、うん……えーっと」
突然の歩み寄り。それに虚を突かれた須美香は、思わず言い淀んだ。素直に名前を告げればいいのに、何故かそうじゃないと思ってしまった。これは名前入力画面的なやつ、とテンパってしまった。
だから、彼女は、それを口にした。つい、言ってしまった。
「べ、ベス! ベスって呼んで!」
「……あなた確か、モモノベスミカだとか言っていなかったかしら? ああ、だからベスなのね」
「一瞬で看破された!?」
「まあいいでしょう。どのみちわたくしも名前を変えようと思っていたところだし……あなたがベスならば、わたくしは」
エリーゼ、とでも名乗りましょうか。そう言って、彼女はどこか楽しそうに微笑んだ。